第3話 まずは母 2
「父上……」
「ノエル! どうした?」
セレスタンは久しぶりに息子が話しかけてくれたことにホッとした。
「母上が……」
そう言ってノエルは泣きだした。
「食事を食べさせてくれていたハンナを叩いて、屋敷から追い出すというの。僕、ハンナがいなくなるの嫌だよ」
「大丈夫だよ、ハンナはどこにもやらないから安心しなさい」
「父上、本当? 本当に母上からハンナの事守ってね?」
「わかった」
ノエルは部屋を出ると無表情に戻り、父に撫でられた頭を乱暴に手で払った。
セレスタンは沈んだ顔で近寄って来たアマリアに声をかけた。
「どうした?」
「ノエルが……」
「ああ、やっと口をきいてくれたな」
「え?」
「食事が摂れたそうじゃないか。ハンナの事は大目に見てやりなさい、彼女のおかげでノエルがもとのノエルに戻ってきたのだから」
「ノエルが……そう言ったのですか?」
自分には一言侮蔑の言葉を放っただけだというのに。
「あなた……私、あの子に何かしてしまったのでしょうか」
ポロポロ泣くアマリアに
「しっかりしなさい、お前がそんなのでどうする」
「わたくしが悪いとおっしゃるの⁈」
「そんなことは言っていないだろう。ハンナはメイドとして半人前だがそれがかえって子供にはしゃべりやすいのだろう。ハンナに八つ当たりはするな」
「……わかりました。」
セレスタンは唇をかんで去っていくアマリアを見つめた。
母が大好きだったノエルが、アマリアに一切寄り付かないのを見て、セレスタンはアマリアが陰でノエルにきつくあたっていたのではないか、だから様子がおかしくなったのではないかと疑い始めていた。
庭にいるノエルにアマリアが、笑顔を浮かべてやってきた。
ノエルはため息をつくと、家に向かって歩き始めた。
「ノエル! 待って! どうしてお母さまを避けるのか教えて!」
それでも黙って返事をしないノエルの肩を掴む。
「なんとかいいなさい!」
「……触んなよ。気持ち悪い」
「お、お母さまに向かって! どうしてあなたは!」
ノエルはちらっとアマリアの後方を確認すると
「……あばずれのくせに母親ぶるな」といった。
思わず、アマリアはノエルの頬をぶった。
「アマリア! お前は!」
後ろから走って駆け寄ってきたセレスタンはノエルを抱き上げる。
ノエルは大声で泣きながらセレスタンにしがみついた。
「もしやと……まさかと思っていたが、お前がノエルを虐待してたなんて! お前はしばらく部屋で謹慎だ、わかったな⁈」
「ち、違います……虐待だなんてしておりません!」
「目の前でノエルを叩いておきながら、しらじらしい!」
「あれはノエルが……わたくしを侮辱したのです。」
アマリアは泣いて夫に縋ろうとする。
「母が大好きだったノエルがか? ともかく、今後ノエルはお前には会わせない」
「あなた! わたくしを信じてください!」
セレスタンは泣いてしがみつく息子の背を撫でながら踵を返した。
アマリアは妻に手を差し伸べず去っていく夫の後ろ姿を見送った。そして夫の肩口から顔を出し、こちらを見てにやりと笑ったノエルが目に入った。
全身が震えるような恐怖を感じ、アマリアは悲鳴とも叫び声ともわからない甲高い声を上げながら走り寄りノエルにつかみかかった。セレスタンは、錯乱して息子を害そうとする妻を押さえつけ使用人に部屋に閉じ込めるように指示した。
セレスタンは赤く腫れた息子の頬を冷やすようにメイドに命じた。
「ノエル、もしかしていつも母様に叩かれていたのか?」
「……うん」
「そうか、気が付かなくて済まなかった。これからはもう大丈夫だからな?」
ノエルを抱き寄せて慰めた。
(まずは一人……)
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