3-8 償い
成長してこの
ひとつは
入れ替わる前、あの子と最後に交わした約束。母親のことを守って欲しいという願いと共に告げられたそれは、遺書の処分。
いつ死んでもおかしくないその身で、ひとの目を盗んで必死の思いで埋めた箱の中に。書いたのはいいが、結局は母親を悲しませるだけだろうと思って隠したもの。
瞳は朱であったが、その頃の
薄暗い中、箱を開けて中に入っていた文を取り出す。小さな手の平の上にぽっと生まれた小さな朱色の火は、一瞬にしてその文を灰にした。
(····これで、あなたとの約束は叶えたわ。今生の未練は捨て、輪廻転生の輪に加わるといい。もうひとつの約束も必ず守るから心配は無用よ)
灰は風に乗って舞い上がると、灯篭の灯りでぼんやりと照らされた庭の花々に見送られ、やがて闇の中に消えてしまった。
(
さっきここにやって来た
(本当に不思議な子よね。私なんかのために、)
もはやひとですらない特級の妖鬼として存在する、自分。
悪いこともたくさんしてきたし、その行いによって死んだ者もいる。
それでもこの手を取ってくれるのなら、これからはあの子のために生きようと決めた。
誰でもないあの子のために、今更だけど善行をしても遅くはないのではないか。新しい身体を手に入れたばかりで、馴染むまでは少し時がいる。いつか、必要な時に役に立てるのなら本望だ。
土で汚れた手を池の水で洗い、持っていた可愛らしい布で拭く。少しの疑念も持たせてはいけない。ただ花の様子を見にいく、そういう約束だったから。邸内に戻ると、母である
「おかえりなさい。用事は終わった? お菓子を貰って来たから、一緒に食べましょう、」
「うん。ねえ、お母さん。私、お手紙を書きたい。この地の守護聖獣さまがお戻りになられたとみんなが話していて、ぜんぶ神子さまのおかげだって言っていたわ。私ね、神子さまに御礼のお手紙を届けたいの」
ちょっと強引な理由かもと自分でも思ったが、
ふたりでお菓子を食べた後、筆と紙を用意してくれた
「神子さまはとてもお優しい方のようだから、きっと受け取ってくれるわ」
「でも、私なんかが会えるかな? どうしたらお手紙渡せる?」
「手渡しをしたいの? そうね····明日、護衛の方に事情を話して、
「その時は、
そうね、そうしましょうと、
(これで、よし、と)
それは
いつもの如く、魂が完全に定着すれば本来の力も戻り、姿を消して逢いに行くことも可能なのだが、如何せんこの子の身体は弱い。鍛える必要があるが、明確な理由がなければ母親が危険なことはさせたくないはず。心配をかけるのはこの子との約束を破ることになってしまう。
とにかく制約がありすぎるので、このようなやり方しか今はできないのだ。
後は半分運任せだ。ゆっくりと足音を立てないように寝台に戻ると、横で穏やかに眠る
ひとだった頃。視界に映るモノがぐにゃぐにゃに歪んで見え、正しい形を成していなかった。天涯孤独だったあの頃、妓楼の姐さんたちが唯一の家族だった。顔もよくわからないので、声とそのぬくもりだけが記憶に残っている。
(母親か····色んな身体に魂を移し続けてきたけど、まさかこんな風に普通に生活をする日がくるなんて、考えもしなかったわ)
いつだって、自分の憎しみのために力を頭を使ってきた。最低な男どもを最悪な死に方にさせるため、様々な謀をしてきた。そんな自分が、まさか普通の子どもとして母親に抱かれる日が来るなんて。
(私の策のせいで死んだ男たちに対して罪悪感なんて微塵もないけど、彼女に対しては少し想うところがある)
だからせめて、
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