3-5 四天



 晦冥崗かいめいこう。その土地は草の一つも生えない陰の気に満ちた岩と土だけの枯れた土地で、その奥深くに見える先端が鋭い岩が幾重にも重なって、一つの山のように盛り上がっている。


 伏魔殿。晦冥かいめいの地に唯一存在する建造物で、太陽の光も届かない薄暗い雲が常に空を覆っているような場所。内部は一層暗く、蝋燭の灯りが所々になければ、真の暗闇になってしまう。現に灯りがない場所は底の見えない深淵のようだ。


 薄暗く冷たい空気が漂う陰気な場所に集った四人は、玉座を前に跪き、そこに立つ者に対して各々想うところがあった。


 四天してん


 邪神に蝕まれし始まりの闇神あんしんが、自身の意思に反して愛する神子と交わり生み出させた存在。四天してんが邪神に従うのは唯一の主と信じている闇神あんしん黒曜こくようを取り戻すためであり、そのためならばどんなことでもすると誓い合った。


 彼らは神子から生み出されたという事実を伏せられたまま、あの日あの場所に存在していた邪神や妖者と共に封じられていたが、十五年前に目覚めた後、邪神と取引をしてその配下に下った。


 黒曜がなぜ消えてしまったのか、それが本人の意思であったこと、神子がそれを叶えるために自身の魂ごと伏魔殿に封じたその真実を、彼らは知らない。自分たちが邪神に利用されているだろうことは、少なからず理解している。


 それでも可能性があるのなら、自分たちの主を取り戻す。そのためだけに従っているのだ。


 傀儡使い、春の天、蒼天そうてん

 殭屍きょうしや妖者を操る力を持つ。


 蟲笛使い、夏の天。昊天こうてん

 妖獣の中でも妖蟲を操る力を持つ。


 幽鬼使い、秋の天。旻天びんてん

 幽鬼を操る力を持つ。


 妖鬼使い、冬の天。上天じょうてん

 現在、特級の妖鬼であるきょうを使役している。


 四天してん同士は仲間意識もあり、同じ目的のために存在している。しかしながら個性的な面々のため、仲が特別に良いというわけではなかった。


金華きんかの地で行われる仙術大会。各地の一族の代表者や公子、実力のある術士たちが集まるこの行事を利用して事を起こします」


 繊細な蔦の模様の漆黒の飾り縁が付いた、長方形の灯篭を手に持ち、青い鬼面を付け黒衣を纏った青年が彼らの前で告げた。


 空いた玉座に座るでもなく、その横に立ったまま、四天してんを見下ろす形で立つ青年。その手に持つ灯篭の中の紫色の光。それこそが、身体を失った邪神の本体であることを、その場にいる者たちは皆承知している。


『青龍との契約を終えれば、神子は完全な神子としてこの世に存在することになる。お前たちの主である黒曜こくように取り入り、黒方士こくほうしとして身分を欺いていた始まりの神子。俺たちの邪魔ばかりしていたあの生意気な神子。それらがひとつとなって完全な神子となり、今生に生まれたこと。俺たちにとってこれ以上の僥倖はないだろう』


 直接頭の中に響く邪神の声。四天してんたちは不快に思いながらも、あの時の出来事を思い出し、各々眉を顰めた。


 黒方士こくほうし


 主である黒曜こくようがあの者に執心していたのは知っている。あの時まで。胡散臭いとは思っていてもどこか憎めない存在。なによりも主の想い人であったあの者に対して、心から憎しみを抱くということはできなかった。


 その意味を、理由を、彼らは知らないのだ。


『完全な存在となった神子を奪い、俺のものにする。そして再び今生に闇神あんしんを生み出せば、お前たちの望みも叶うだろう』


 その言葉に、四天してんの中でも一番背が高い、青年のような身なりの上天じょうてんが、頭から被った黒衣の奥で眼を細める。その口元には赤紫色の紅が塗られており、体格に反して口調や仕草はまるで女性のよう。


(それは、はたして私たちの望みといえるのかしら? 私たちが望んでいるのは黒曜こくよう様を取り戻すこと。闇神あんしんを生み出したところで、黒曜こくよう様が戻ってくるわけではないんじゃない?)


 当初の話とは少し違うことに気付いたのは、上天じょうてんだけではなく他の四天してんたちも同じだった。しかしここで反論したところで言いくるめられるだけだろう。他の三人も言葉を呑み込むように押し黙っていた。


(邪神は今はあんな状態だが、災厄の神であることに変わりはない。今、この場で馬鹿みたいに取り乱して、自己主張したところでなんの意味もないし、そんな間抜けは俺たちの中にはいないっての!)


 黒衣を纏う四天してんの中でも少年のような身なりをしている小柄な昊天こうてんは、唇を噛み締める。おそらくわざと邪神はあのような事を言ったのだ。自分たちの中に裏切る者がいれば簡単に見限るだろうし、最悪、見せしめとしてこの手で誰かを殺すことになるかもしれない。


 そんなことになっては本末転倒。なんの意味もなくなる。


(ああ、はいはい。そういうことですね。まあみんなも動く気なさそうですし、だったら私がなにかすることもないってことです)


 昊天こうてんの横で口元を緩め、黒衣の奥で穏やかな表情のまま傍観を希望する青年姿の蒼天そうてんは、やれやれと小さく肩を竦めた。


 邪神のことなど最初から信用すらしていない。ひとつの可能性のために従っていただけだ。それが完全に無とわかれば、次に自分たちがとる行動は示し合わせずとも合致していることだろう。


(だがまだ可能性の話でいえばないわけではない。神子の力次第では砕け散った魂ごと呼び戻せる奇跡もあり得る。そのためには直接あの神子に会う必要がある)


 四天してんを纏める立場にある旻天びんてんは冷静に状況を把握する。皆も想うところはあるだろうが、それを口にしないでいる。腐っても四天してん。主を失った状態で、自分たちの存在さえも曖昧な。故に、あのような者と手を組んでまで在り続ける。


 あの時、神子が言った言葉の意味。真意。


「君たちは何も知らないんだね。いや、都合の悪いことは何も語らず、利用できるものは利用する。それが、邪神のやり方なのかな?」


 対峙した旻天びんてんだけが感じたこと。神子が煽るためだけにあんなことを言ったとは思えなかった。そのままの言葉であったなら、自分たちはいったいなんのために生み出されたのか。主、と自分たちが崇拝する度、黒曜こくようはいつも困ったような顔をしていた。


 その本当の理由さえ、知らないまま。


 目覚めた時、半身を失ったかのような喪失感を覚えた。他の三人も同じだったようで、それが主であった黒曜こくようの消失が原因であることに気付くのに、時間はかからなかった。


「私たちの目的はそれぞれ違いますが、己が目的のために手を組むのは悪い提案ではありません。その先がいつかたがえたところで、誰も文句は言わない。しかし裏切りは別です」


 青い鬼面に覆われたままの青年の表情は、四天してんたちには見えない。ただその声はどこまでも柔らかく、紡がれた台詞とは裏腹に優しささえ含んでいる。この者を信用していないのは、そういうところがあるからだ。


四天してんであろうが、夜泮やはん様の邪魔をする者は赦しません。最終目的である神子の奪取までは、こちらに従ってもらいます」


 その後、今回の件での各々の動きを確認し、解散する。伏魔殿には四天してんだけが残り、青い鬼面の青年と邪神は去って行った。お互いを利用し合うその関係は、どちらかの力関係が変化すれば簡単にひっくり返るような脆い関係だ。


(あの邪神の目的は自身の器となる身体を取り戻し、神子を我が物とすること。復讐やこの国をどうにかするというわけでもなく、ただそれだけ)


 黒曜こくようを蝕んでいた邪神。その執着は底知れない。

 その闇は光を強く求めるくせに、すべてを覆い尽くすだろう。


 言葉は要らない。

 望むのもの。

 求めるのは、自分たちの存在意義。


 ただそれだけなのだと。



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