2-14 夢の中で



 玉兎ぎょくとでの出来事以来、少陰しょういん太陰たいいんのふたりとは、何度か夢の中で意識を共有していた。この地で朱雀、老陽ろうようも加わったということで、無明むみょうは改めて四神の三人の名を呼ぶ。


「玄武、太陰たいいん様、白虎、少陰しょういん様、朱雀、老陽ろうよう様、」


 名を呼ぶと同時に、それぞれが姿を現す。最後に現れた老陽ろうようが、無明むみょうに対して拝礼を始めると、同じように他のふたりも前で腕を囲い、深く頭を下げ出した。


 正直、これに慣れない無明むみょうは、慌てて自分も四神に対して拝礼してしまう。


「神子、あなたはそんなことをしなくても良いのですよ?様も要りませんし、」


 太陰たいいんは小さく笑みを浮かべて、無明むみょうにそのように告げる。


 毎回同じようなやり取りをしている気がするが、今生の神子は自分の価値を低く見すぎているせいか、いつまで経っても出会った時のままだった。


「そうじゃぞ? わらわたちが、神子に対して拝礼をするのは当然のこと。神子は堂々と構えておればいいんじゃよ」


 少陰しょういんが白い猫耳をぴくぴくさせながら、腰に両手を当てて胸を張り、「堂々」の見本を見せてくれる。幼女姿の彼女は、満面の笑みを浮かべて尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「神子、少し顔色が悪いな。あまり無理をしないことだ。儀式まではまだ日もある。君が倒れてしまっては、本来の目的も果たせなくなるだろう」


 ものすごく近い距離で老陽ろうよう無明むみょうの頬に触れ、その妖艶な美しい顔で見下ろしてくる。うん、大丈夫だよ?と無明むみょうは首を傾げて答えていることから、彼の距離感に関してはあまり気にしていないようだ。


 少陰しょういんは、はあぁあと大きく嘆息し、無明むみょうの腕を引いて老陽ろうようから引き剥がすと、


「それよりも、なにか話があるからわらわたちを呼んだのであろう?」


 と言って、本題に入るように促す。


「そうそう、あのね、皆の力の使い方を教えて欲しくて! 使うって言っても、部分的って言うか····制御する方法というか······例えば、太陰たいいん様の水の力をちょっとだけ借りて防御したり、少陰しょういん様の地の力を借りて相手の動きを鈍くしたり、とか」


 符や笛を使ってもいいのだが、それだと複数人相手では不利な気がする。反射的に術を発動できたら、その方が早いし、制御ができれば相手に怪我をさせる事もないだろう。


「できると思います。私たちを直接召喚するより、あなたの負担は減りますし、効率も良いかと。やり方なら、簡単です。神子が望む形を想像すれば、それは術となって現れるでしょう」


「そうじゃの、例えば、わらわの地の力は重力じゃから、目の前の複数人に対して"地に沈め"と願えば、文字通り地に這いつくばるしかなくなるじゃろうな」


 天響てんきょうを使ってそれをすると、大変なことになることを無明むみょうは思い出し、少しだけ指先が震えた。


 あの時は自分の意思ではなかったにしろ、白笶びゃくやを傷付けた。目覚めてから完全に怪我が治るまで、かなりの時間がかかったのも事実。


 宝具を使わずにするのが、やはり妥当だろう。

 あくまで自分と蓉緋ゆうひを守るのが、今回の目的なのだから。


「ねえ、それって、この夢の中でも練習できるかな?」


「はい、それも可能かと思います。あくまで夢の中なので、身体の負担も少なくて済みますし、ある意味、神子自身の鍛錬にもなるかと」


 それを聞くと、無明むみょうは明るい表情を浮かべて、「本当!?」と太陰たいいんを覗き込むように見上げた。その勢いに一歩後ろに思わず下がってしまった太陰たいいんだったが、主の期待の眼差しには勝てなかった。


「じゃあ、今日から毎日、鍛錬する!」


「神子、あまり無理をしないで。毎日は、さすがに君の身体に負担がかかる」


「え、そうなの? じゃあ三日に一回とか?」


 頬を膨らませて、不服そうに無明むみょう老陽ろうようの方を見上げる。

 が、その顔が愛おしすぎて、老陽ろうようは思わずぎゅっと無明むみょうを抱きしめてしまった。逢魔おうまに言われたことは、もはや頭の片隅にもないようだ。


 しかし、意外にも無明むみょうの反応は鈍く、寧ろきょとんとしており、老陽ろうようはなでなでと頭を撫で始める。


老陽ろうよう様って、みんなの"お兄さん"って感じだよね! 太陰たいいん様はしっかりした"真ん中のお兄さん"で、少陰しょういん様は、」


「妹! じゃろ?」


 うん? と無明むみょうは首を傾げる。どちらかといえば、逢魔おうまがよく彼女を呼ぶように"姉"という印象だったが、本人がそう言うなら、それ以上はなにも言えまい。


「ふふ。みんな仲良し、いいなぁ。俺、みんなのこと、好きだよ」


 三人はそんなことを恥ずかしげもなく言う主に、不思議な感覚を覚える。それは、かつての神子とはまた少し違う、感覚。記憶のない、引き継がれていないからこその、また違った感覚。


 それは、どこまでも心地好く、生みの親であり唯一無二の主である神子としての言葉というよりは、無明むみょう自身の言葉だからか。


「あ、あとね、俺のことは無明むみょうって、名前で呼んでね。神子って呼ばれるの、なんだかいつまでも慣れないからさ」


 何度も言っているのだが、どうしても「神子」と四神たちは呼んでしまうので、無明むみょうは頭ではわかっているのだが、やはり自身の名を呼んで欲しいとも思うのだ。


「では、無明むみょう、始めるのじゃ!」


 少陰しょういんは右手を掲げて、躊躇いなく一番にその名を呼んだ。


 そして、夢の中での鍛錬が始まる。

 神子としての力を高め、四神の力を宿して、制御する。それは、思っていた以上に器用さを求められ、無明むみょうはひとつずつ確実に基準を満たしていく。


 鳳凰の儀まであと二十日。



 夢の中で、無明むみょうは少しずつだが神子としての本来の力を取り戻していく。それは、自分でも驚くほどにその身に馴染み、十日後には完全に自分のものにしていた。



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