2-12 ありがとう
猪突猛進のごとく、目の前の興味に釣られて
珊瑚宮は来客用の小さめの宮殿だが、そこで暮らしても問題ないくらいの広さと部屋数があり、簡易的な調理用の厨房も湯殿もある。
習慣的に毎日ということはないが、数日に一度は湯につかるのが普通である。身体を拭いたり髪を洗ったりするのもその地ごとに違うだろうが、目に見えて汚れるようなことがあれば、その都度、というのが当たり前であった。
それは自分たちが公子であるからであって、その地の民たちにはまた違った習慣があるようだが。
「普通、身体を洗ったり髪を洗う時は穀物、主に米とかヒエのとぎ汁が一般的だけど、これはどんな穀物が使われているのかな?」
正直、そのひとり言は、
前に
「
「あ、そうだった!
わかった、と
「へへ。なんか、楽しくなってきた!」
「楽しい?」
「うん、
それは不意打ちで、きっと何の気なく紡がれた言葉だと知っているからこその、嬉しさ。思わず口元に笑みが浮かんでいた。
それは、普段無表情な
(君は、私に色んな感情を思い出させてくれる、)
かつての神子といた時のように、たくさんの感情をくれる。神子の代わりなどと思ったことはない。それでも、こういう時に思い出してしまう。同じだけど違う、その感情は、紛れもなく。
「····びゃ、くや?」
ぎゅっと後ろから突然抱きしめられ、
腹の辺りに回された
(俺、またなにかやらかした?)
あの時は、
(顔が見えないから、余計に····なんだか、心臓がおかしい)
例の如く、
「····私といると楽しい、なんて。君は、変」
「どうして?」
急に
「そんなことをいうひとは、
「俺は、また、神子と同じこと言ったんだね、」
少し前なら、その名を口にされるのがなんだか嫌だった。
でも、今のその音は、優しくて、あたたかかった。その変化に、
自分の真名を、呼ばれること。不思議な感覚。記憶はなくても、その"想い"はもうずっと前から"ここ"に在る。
「君は私に、たくさんの感情をくれる。私は君に、なにをしてあげられるだろうか」
耳元で囁かれるその低い声に、触れられているあたたかさに、
「いつも、傍にいてくれる。味方でいてくれる。それだけでじゅうぶんだよ!」
満面の笑みを浮かべて、
「へへ。俺ね、こうやって
万歳でもするかのように両手を掲げて、精一杯の想いを伝える。
大好き。
ずっと傍にいて欲しい。
それだけで、きっと、頑張れる気がする。
「俺ね、知らなかったんだ。
「寂しいとか、悲しいとか、心が痛いとか、泣くってことも。普通のひとが持っているだろう感情を、俺、知らなかったんだ」
笑顔で偽って、仮面で隠して。
それはたぶん、全部、諦めていたから。
友達も、術士としての将来も、なにもかも。
外に出なければ、得られなかった、モノ。
「その全部を、君は俺にくれたんだ」
貰ってばかりなのは、自分の方だ。
「俺を見つけてくれて、ありがとう」
その言葉に、
心のどこかで諦めかけていた、こと。
何度繰り返しても、君に逢えない。
もう、君はいないのかもしれない。
このまま、消えてしまえたら、どれだけ楽だろう、と。
「もう一度、私の前に現れてくれて、ありがとう」
これを運命というなのなら、それでもいい。
あの時、あの場所にいなかったら、その
君が、君でいてくれたこと。
「じゃあ、気を取り直して、実験実験!
「わかった、」
離れていくぬくもりを寂しいと思いつつ、
純粋に、嬉しかったのだ。
そんな風に言ってくれたこと。思ってくれていたこと。この感情は、君にだけなんだと。
わかってしまった、から。
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