2-8 銀朱の楽しみ



 無明むみょうの追跡符が、紅宮こうきゅうの裏門の方に移ったのを確認した竜虎りゅうこたちは、表門は銀朱ぎんしゅたちに任せて急ぎそちらへと向かった。


 ちょうど角を曲がった所で、赤い花嫁衣裳が何もない空間から飛び出てきたので、幽鬼にでも出くわしたかのような顔で、竜虎りゅうこは思わず身構えてしまった。


「いや、門があるんだから門から出て来いよ!」


「あ、竜虎りゅうこだ。白笶びゃくやも」


 ふわりと舞い降りるように地面に足を付くと、無明むみょうはにっこりと笑みを浮かべて手を振ってきた。横には幼子の姿の逢魔おうまが、不服そうな顔で無明むみょうの衣裳の袖を握り締めている。

 まだご機嫌ななめのようだ。


「交渉成立だよ。一旦ここから撤退して、次の作戦に切り替えよう」


「本当か!? 人間ならまだしも、よく特級の妖鬼と交渉できたな」


 竜虎りゅうこは感心するように無明むみょうの肩に手を置いた。へへっと無明むみょうは人懐っこい笑みを浮かべ、褒められたことを素直に喜ぶ。


「俺と逢魔おうまはこのまま鳳凰殿に向かうよ。白笶びゃくや銀朱ぎんしゅさんとみんなをお願い」


「わかった」


 傍らに無言で立つ白笶びゃくやを見上げ、無明むみょうは眼を細める。頭に被せた真紅の羽織の向こうに見える白笶びゃくやの表情は、安堵しているようにも見えた。


逢魔おうま、まだ怒ってるの?」


あれ・・と仲良くしないで。真名も呼ばないって約束して?そうしたら、俺の機嫌はすぐに直るかも、」


「うん、名前を呼ぶ時は、一番に逢魔おうまを呼ぶね?」


 あれ・・とかそれ・・と呼ぶ逢魔おうまの事情はわからないが、無明むみょうはくすくすと可笑しくて笑ってしまう。膨れながらそんなことを言う姿は、本当に子供みたいだ、とひとり心の中で呟く。


「じゃあ、夜に珊瑚宮で合流しよう」


 名残惜しかったが、次の行動に移すのが先決だ。四人はそれぞれの目的地へと別れ、役割を果たすために動き出す。竜虎りゅうこ白笶びゃくや銀朱ぎんしゅたちが待機する表門へ。無明むみょう逢魔おうま蓉緋ゆうひが待つ鳳凰殿へと向かうのだった。



******



 竜虎りゅうこ銀朱ぎんしゅ無明むみょうが交渉に成功したことを伝え、これ以上ここにいても敵側に動きを嗅ぎ付けられる可能性が高くなるため、撤退することを決めた。相手の黒幕がこちら側に付いたのなら、証拠など不要だろう。


 あとは蓉緋ゆうひがどう決断するかが、自分たちの動きを決める。市井しせいへの裏道を歩きながら、銀朱ぎんしゅは先に敵側の動きを探らせている者たちの知らせを、待つことになる。


「担ぎ手に扮した者たちの死体は、こちらで葬ります。彼らは運が悪かった。さらにその素行も褒められたものではありませんが、死人に口なしですから。せめてもの同情心で弔ってはあげましょう」


 正直な話、そんな義理はないが、彼らは作戦の犠牲者でもあるので、仕方なく指示を出す。

 福寿堂に戻り、次の段階へと駒を進めるのが優先されるが、どうも今回は予測通りにいかないことが多い気がする。


「それにしても、朱雀の神子様の行動力には驚かされました」


 歩きながら後ろにいる竜虎りゅうこたちの方を向いて、銀朱ぎんしゅが声をかけてきた。それは褒めているのか、それとも嫌味なのか、彼の心は読めない。


「すみません。計画がころころと変わってしまって、ご迷惑をおかけします」


 竜虎りゅうこはとりあえず当たり障りのない言い方で、その場の空気を読んだ。白笶びゃくやはいつもの如く、それに対してなにも言葉を発することはない。


「いえ、いいんです。そういうのが楽しいんですよ、私は。予測を上回るような事が起きれば起きるほど、ね」


 交渉が成立する確率をかなり低く予測していただけに、この結果は本当に驚きである。まさか敵側の黒幕を味方にするなど、誰が予測しただろう。しかも相手は特級の妖鬼ときた。そんな存在がこの地に居座り続けていたこと自体、信じられない事でもあるが。


「"朱雀の嫁入りの儀"は、まあ、途中で邪魔が入りましたが、神子様が蓉緋ゆうひの所に向かっているなら、結果としては成功といえるでしょう。なので、私たちは次の作戦の準備を完璧に整え、本番に備えるのが良いかと」


「そうですね。相手も鳳凰の儀までは、もうなにもできないでしょうし。俺たちもこの後は珊瑚宮に戻って、待機するだけです」


 とえあえずは、集まってもらった者たちと市井しせいまで戻り、いくつかの用意された作戦を頭に入れる必要がある。なにせ、その中心にいる無明むみょうがなにをしでかすかなど、誰も知る由がないからだ。


 福寿堂に戻ると、店に残っていた清婉せいえんが出てきて、こちらに駆け寄ってきた。


竜虎りゅうこ様、お帰りなさい!無事に事は済みましたか?」


 無明むみょうの姿がないことに少しだけ不安そうな顔をしていたが、竜虎りゅうこが頷くと、ほっと胸をなでおろした。


「待っているのは、本当に苦痛です! 心配でどうにかなってしまうところでした」


「まったく、大袈裟だな。夜になったら俺たちも戻るから、それまでに支度をしておいて欲しい」


 はい、と清婉せいえんは頷き、先程までの不安な顔を一変させ、お任せください! と答えた。そして、竜虎りゅうこたちは遅れて戻って来た者たちの情報を基に、銀朱ぎんしゅの作戦をいくつか頭に入れる。



 そうしていつの間にか時間は過ぎ、竜虎りゅうこたちは珊瑚宮へと戻るのだった。



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