2-6 賭けをしない?



 話を聞き終えた姚泉ようせんは、少し難しい顔をして、それからその綺麗な形の口元を緩めた。


「それで? それに協力したとして、私になにか良いことはあるのかしら?」


 無明むみょうもまた、口元を緩めてにっと笑った。


「あなたが鳳凰の儀を邪魔したい本当の目的は、ひとを操って争わせ、それを見て楽しむこと、なんでしょ? 蓉緋ゆうひ様が二年前に起こした下剋上自体は、別になんとも思っていないはず。逆にそのおかげで露呈した、彼に反目するひとたちを言葉巧みに操って、争わせてるわけだし」


 それは正解、と片目を閉じて姚泉ようせんはご機嫌な様子で返す。


 二年前は老師ふたりも含め、ろくでもないが最強と謳われた当時の宗主の暗殺を目論ませ、新たな宗主を卑怯なやり方でその座に就かせた。その年の鳳凰の儀で、白鷺はくろ老師が推薦した誰とも知れぬ者が、一族の頂点に立ったのは記憶に新しい。


「あれは、なかなか楽しめたわ。私は蓉緋あのこ好きよ。だから虐めたいの。あの自信満々の自尊心をぽきりと折ってあげたいのよ。なかなかに大変だけれど」


 あの手この手でこの二年間、色々と画策してみたが、どうも上手くいかなかった。鳳凰の儀は最高の舞台。次こそは地面に膝を付いて、悔しさで歪む顔を見たいと思っているのだ。


「だから、蓉緋ゆうひが見初めたあなたを幽閉して、脅して、その座から引きずり降ろしてあげようと思ったのよ。で、鳳凰の儀で彼らにぼこぼこにされるっていう筋書きだったの。でもほら、あの馬鹿の仲間の馬鹿が、私のことを侮ってあなたをどうにかしようとしたもんだから、色々と順番がおかしくなってしまったのよ」


 はあ、と嘆息して、不服そうに口を尖らせた。


 無駄に力を使って、自分の正体をバラしてしまったようなものだ。これでは、ここにはもう長居はできない。ここの生活はそれなりに気に入っていたのに、と姚泉ようせんは残念そうな表情を浮かべる。


「あなたが特級の妖鬼だと気付いているのはほんの一部だけ。俺が黙っていて欲しいと言えば、黙っててくれると思う。もちろん、これからは悪いことはしないって前提でだけど。それに、蓉緋ゆうひ様とやり合いたいなら、正面切ってやればいいと思う。意外と面白いかもしれないよ?」


「そんなの、私の気分次第ね。面白くないと思ったら、それまででしょ?」


 姚泉ようせんはその提案にかなり気持ちがぐらりと動いたが、もっと目の前の者と言葉遊びを楽しみたいと、さらにふっかけてみる。


「じゃあ、俺と賭けをしない?」


「賭け? どんな?」


 楽しそうに姚泉ようせんは両手で顔を包むように机に肘を付き、身を乗り出すように聞き入る。


「鳳凰の儀で最後に立っているのが、誰か。俺はもちろん蓉緋ゆうひ様に賭ける。あなたはそれを阻止するために、どんな手を使ってもなにをしてもいい。もし蓉緋ゆうひ様が負けたら、俺を好きにしていいよ。最後に立っているのが蓉緋ゆうひ様だったら、俺の勝ち。あなたが俺のお願いを聞く。どう?」


「あら、それは結果的にあなたの提案に協力することになっちゃうじゃない」


 無明むみょうが提案したそれは、鳳凰の儀において、反目する者たちをすべてその場に集め、蓉緋ゆうひと宗主の座を争わせること。誰一人逃すことなく、その場に集めるというのが条件だった。


 彼らがどんな手を使おうが、蓉緋ゆうひは正々堂々と頂点に立つ。それを目の当たりにさせること。その後に本来の鳳凰の儀を行うことが目的だった。


「うん、だから、正々堂々悪いことしていいよ! いっぱい卑怯な手で邪魔しても、誰にも文句は言わせないから」


「それ、あなたが言うの?」


 え? 駄目? と無明むみょうは不思議そうに首を傾げる。もうたまらなく可笑しくなって、姚泉ようせんは声を上げて笑い転げた。


「でも、ひとつだけ約束してくれる?」


 ひたすら笑った後に、真剣な声が聞こえてきたので、姚泉ようせんは再び無明むみょうに惹かれるように、まっすぐに見つめた。


「これ以上、誰も殺さない、殺させないで」


 その慈しむような表情に、思わず言葉が出て来なかった。

 どうしてこんなにも、この目の前の者に惹かれるのか。惹き込まれるのか、自分でもわからない。

 それはまるで呪縛かなにかのようで、けれども心地好いとさえ思える。


 姚泉ようせんは、いいわ、よくわかったと大きく頷いて立ち上がり、無明むみょうに右手を差し出す。そっと乗せられた自分と変わらない大きさの手を引いて、その場に立たせる。


「私が直接、鳳凰殿の前まで送るわ」


 その意味を、無明むみょうは訊ねずとも理解していた。


 交渉が成立し、一連の黒幕であった姚泉ようせんが、今この瞬間から、こちら側に付いたということを。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る