1-26 姚泉の思惑
「申し訳ございません、
現宗主の妻となれば、
「そんな心配はこちらもしてはいないわ。別にここの主であることに執着はしていないの。それよりも、あなたと話がしたい。若宗主殿とどこで知り合ったのか、とか。その幼子は誰の子なのか、とか」
この幼子が誰の子か。
予想はしているが、それが真実かどうかで今後の動きが変わる。
「
娘は淡々と自分の問いにすべて答えてしまった。
「他に何かございますか? なければ私たちはそろそろ失礼します」
「お待ちなさい。最後にひとつ、お願いを聞いてもらえるかしら?」
跪いていた娘は立ち上がろうとしていた動作を止め、再び膝を付いた。頭から被っている赤い衣の奥で、娘が首を傾げているのがわかる。
「その顔を見せていただける?」
鳳凰の儀に参加することもない
娘の横で、幼子がこちらを見上げてくる。あの若宗主に似た、人を試すようなその瞳を見て確信する。この幼子は、間違いなく
でなければ、あの
あの者が手籠めにした娘の素顔に興味があったというのもあるが、それを知っておくことでこちらの駒の動きも変わる。
「構いません。鳳凰の儀の習わしが多すぎて、あなたに隠す必要はなかったのを忘れていました。今までの無礼をお許しください」
娘は頭に被せていた衣に両手をかけ、覆っていたものを剥いだ。
そこに在ったのは、想像していた以上に美しい容姿と、大きな瞳。今まで見たことのないその瞳の色に、息を呑む。その翡翠色の瞳は真っすぐにこちらを見上げてきた。
長い黒髪は高い位置で赤い髪紐で結ばれ、赤い衣の下に纏う黒い上等な上衣は、なぜか男物であったが······どう見ても十五、六歳くらいにしか見えない。幼子の母とは思えないくらい、娘の姿は若く美しかった。
「······そいういえば、名前を聞いていなかったわ。なんと呼べば良いかしら?」
娘は再び頭から衣を被り、ゆっくりと立ちあがる。腕を前で囲い、腰を軽く折って頭を下げながら、娘はひと呼吸おいて、ゆっくりと唇を開いた。
「名は······
それを止める権利はこちらにはなく、
「
「それは止めたわ。どうも一筋縄ではいかない娘のようね。さすが、あの難攻不落の若宗主殿を落としただけはあるわ」
先程名前を聞く前に、娘だけにある
だが、いくらでも方法はある。
鳳凰の儀まであとひと月。
まだ十分に時間はある。
宮女たちは主のその表情を目にし、ぞくりと背筋が凍るような感覚を覚えた。それはまるで、ひととは思えないほど美しく妖しげな笑み。この
「本当に、面白い娘ね。思い通りに事が進まないのは、久しぶりだわ。その隙も与えないなんて、解っていてここに来たのでしょうね」
こちらの誘いに乗ったのは、自分を見定めるためか。それとも、ただ挨拶を交わしに来たのか。いずれにせよ、計画はすでに変更された。
「夕刻になったら、彼らを呼んで来てちょうだい。私は少し奥で休むわ」
予定では、明日、朱雀の
本来は、朱雀へ嫁入りするという儀式に則って、舞人に選出される前にこの朱雀宮に集められるのが習わし。
しかし今回はすでに朱雀の
鳳凰の儀を行う
彼女の正体に疑問を持つ者は、この
そう、誰一人として。
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