1-14 そういう意味じゃない



 珊瑚宮に戻った無明むみょうは、開けた扉の先にいた清婉せいえんを見るなり、その両手で両眼を覆った。

 その行動に、清婉せいえんは首を傾げ、遠目で見ていた竜虎りゅうこは「うわぁ」と心の中で呟いた。


(師匠、言ったのか? あれを言ったのか? でもあいつ、たぶん色々間違って解釈してるみたいだけど)


 自分が煽ったのは事実だが、その光景はどう見ても間違っている気がしてならない。

 たぶん白笶びゃくやも同じ気持ちなのか、困惑した表情を浮かべている、気がする。


「どうしたんです? もしかして目が痛いんですか? ちょっと診せてみてください」


 清婉せいえんは手に職をと思い、白群びゃくぐんの所にいた時に、雪陽せつようから簡易的な医術を学んでいたのだ。

 本当に簡易的なため、怪我をした時の包帯の巻き方や、薬草の見分け方、傷薬の調合の仕方、漢方薬あたりまではすでに学として修めていた。


「わー!? だめだめ! 俺は白笶びゃくや以外······もごっ」


 白笶びゃくやは無表情のまま、咄嗟にその口を片手で塞いだ。その続きはもはや想像するまでもなかった。


「問題ない」


 そして、そのまま無明むみょうの両手首を掴んで眼から放す。わあっと無明むみょうは慌てて眼を閉じる。

 見てられない、と竜虎りゅうこは首を振って嘆息すると、おもむろに立ち上がった。


無明むみょう、そういう意味じゃないと思うぞ」


「へ? どういう意味?」


「そうですよね、師匠」


 目で合図をして、その答えの意味を促す。白笶びゃくやはそれを察して、こくりと頷いた。


無明むみょう。さっきの言葉は、物理的な意味ではない」


 無明むみょうは、あの会話をもう一度最初から脳内再生してみる。


『私だけを、見て欲しい』


 その意味を今更ながら知り、みるみる顔が真っ赤になった。


(俺、馬鹿なの!? え? あれって、そういう意味だったの!?)


 と、きっと心の中で叫んでいるだろう無明むみょうを呆れた顔で眺め、竜虎りゅうこは大きく嘆息する。


(いや、そういう意味以外あるか? なんでそれで物理的な方に考えるんだ?)


 赤くなったかと思えば青くなっている無明むみょうを不思議に思い、清婉せいえんはますます首を傾げた。

 万歳をしたままの無明むみょうは、バツが悪そうに白笶びゃくやを視線の端に映す。


「大丈夫。伝わったなら、それで、いい」


 手を放して、白笶びゃくやは安堵したように頷く。そして部屋を見回して、ふとあることに気付く。


逢魔おうまは?」


 こういう時に一番に茶々を入れてくるはずの逢魔おうまの姿がなかった。それには清婉せいえんが、はいと小さく手を挙げて答える。


逢魔おうま様は、先に行って兄さんと話してくる、と言ってました。どこに行くとまでは教えてくれませんでしたが。御兄弟がいらっしゃたんですね、」


 白笶びゃくやはそれを聞き、すぐにその行先が朱雀、老陽ろうようのいる炎帝えんてい堂であろうと確信する。逢魔おうまであればひとりでもそこへ行けるだろう。


 無明むみょうたちが行くのは明け方だろうから、その前に説得するつもりなのだ。神子みこを目の前にしても、感情のまま動かないように、と。


 無明むみょうはそれを聞いて、逢魔おうまが久々に逢うだろう老陽ろうようと、積もる話でもあるのだろうと考えていた。


(朱雀、老陽ろうよう様······どんなひとなんだろう?)


 少しわくわくする気持ちと、契約に対しての不安が入り混じる。

 誰にも話せていない事。

 白虎、少陰しょういんとの契約の際に知った事。

 この先、それを隠したまま進んでいいのか。


(でもそれを言ってどうなるの? 契約をしないと、この国は、)


 玄武、白虎の宝玉は砕け散ってしまった。この地や次の地の宝玉が砕けなかったとしても、四神の守護は必要不可欠なもの。自分の我が儘で今更止めることなど叶わないし、止めるつもりもない。


「どうした? まだ馬鹿な事でも考えているのか?」


「違うよ! 別になんにも考えてないっ」


 首をぶんぶんと振って、無明むみょう竜虎りゅうこに悟られないように否定する。

 ふーんと疑い深い竜虎りゅうこは紫苑色の眼を細めるが、「ならいいんだが、」と、珍しくそれ以上の追及はしなかった。


「それより、聞いて! あのね、鳳凰の儀式の時の舞なんだけどね、今回は花嫁衣装で舞うんだって!」


「は? なんで? 神子衣裳じゃなかったのか?」


「よくわかんないけど、花嫁衣装だと面紗めんしゃで顔を隠せるからって、蓉緋ゆうひ様が言っていた、ような?」


 いや、それ違う意味じゃ······と竜虎りゅうこ白笶びゃくやは不安を覚える。どうあっても、無明むみょう神子みこではなく嫁にしたいらしい。


「わぁ、無明むみょう様なら似合いそうですね。花嫁衣装はさておき、赤も似合うと思います」


「へへ。清婉せいえんも見ててね、俺の舞」


 もちろんです! と清婉せいえんは答えるが、途中で「あ」と大事な事を思い出す。


「でも、危ないんですよね? 舞の間は大丈夫でも、その後は······、」


 鳳凰舞が終わったその瞬間から、大乱闘に近い宗主争いが行われるのだ。清婉せいえんは不安げに無明むみょうを見つめる。


蓉緋ゆうひ様が守ってくれるって言ってたけど。俺、逃げるのは得意だから平気だよって、断った」


「なんで断るんですか! 守ってもらった方が良いに決まってるじゃないですかっ」


 え? なんで? と無明むみょうは首を傾げる。清婉せいえんは信じられない! という顔で詰め寄って来るので、ますます無明むみょうは不思議そうに見上げた。


 そして満面の笑みを作って、清婉せいえんを黙らせる。


「朱雀の神子みこは、宗主と共にある。危なくなったらもちろん逃げるけど、俺は蓉緋ゆうひ様を守るつもりで舞台に立つ。俺、ここに来る途中の市井しせいを見て思ったんだ。皆があんな風に生き生きしていたのは、きっと、蓉緋ゆうひ様や白鷺はくろおじいちゃんのお陰なんじゃないかって。前に何があったかは後で教えてもらうとして、それが今の俺の考え」


 守られるのではなくて、守る。


 そう言い切った無明むみょうに、白笶びゃくや竜虎りゅうこも自分たちの決意を固める。清婉せいえんは笑顔に押し切られたことを悔やむばかりだった。



 各々の気持ちを置き去りにしたまま、やがて夜が明ける――――。



 

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