1-2 白獅子



 朱色の柱で支えられた門の前に、高貴な身なりの男がいた。白い羽織には銀の糸で描かれた一匹の白獅子。羽織の下に纏う衣もまた白で、腰帯も白だが、帯を飾る長綬と短綬は薄青だった。


 長い黒髪は上の方だけ団子にして纏め、それ以外は背中に垂らしている。その男はこちらに気付くと、穏やかな笑みを浮かべて手を振って来た。


「伯父上!」


 竜虎りゅうこが思わず声を上げる。門の前に立っていたのは、金虎きんこの宗主である飛虎ひこの兄、五大一族からは白獅子と呼ばれている存在。無明むみょう竜虎りゅうこにとっては伯父である彼の名は、虎斗こと


 飛虎ひこの三つ上の四十一歳である兄の虎斗ことは、厳格で凛々しい顔立ちの弟とは違い、優し気で穏やか。すべてに秀で、誰からも頼られる弟と、すべてに秀で、誰にでも等しく優しい兄。どちらが金虎きんこの宗主になってもおかしくなかったが、虎斗ことは自由を求めて紅鏡こうきょうを離れた。


竜虎りゅうこ、三年ぶりかな?大きくなったね」


「伯父上が光焔こうえんにいるって聞いていたんですが、本当でした!」


 石階段を駆け上がって、いち早く竜虎りゅうこが抱きついた。頭ひとつ分背の高い虎斗ことは、よしよしとまだまだ甘えん坊な甥の頭を撫でた。


 そんな光景を無明むみょうは不思議そうに眺め、白笶びゃくやは背筋をすっと伸ばして両手を胸の前で囲って重ね、ゆっくりと丁寧に拱手礼をし、清婉せいえんも慌てて腕を前に囲むように掲げ、頭を必要以上に深く下げた。


「伯父上? って?」


金虎きんこの宗主の兄君で、虎斗こと殿だ」


 白笶びゃくやはひとりだけ解っていないだろう無明むみょうに、そっと呟く。もちろん、無明むみょうは初対面で、話だけは聞いたことがあったが、実際その目で見るのは初めてだった。


竜虎りゅうこがいつも目を輝かせて語っていたひと、か)


 幼い頃から竜虎りゅうこはそのひとに憧れていて、よく話には聞いていた。しかし聞いていた話とはだいぶ印象が違っていたので、無明むみょうは目の前にいるひとがそうだと理解するのに、少し時間がかかったのだ。


(あんな細身で優しい感じのひとが、ひと振りで十体以上の殭屍きょうしを倒しちゃう白獅子?)


 竜虎りゅうこが話を大きくしていた可能性もあるが、それにしても····と無明むみょうは首を傾げる。


「君が無明むみょうか。初めましてだね。私は虎斗こと。今はここの居候なんだ。私が皆を宗主の所まで案内するよ、」


 四十代とは思えない見た目の若さもそうだが、その全身から放たれる見えない高貴な雰囲気は独特で、それは飛虎ひこが持つ雰囲気とはまた違う圧がある。金虎きんこは五大一族を統括する一族。その宗主になるはずだった彼が、なぜその座を捨てて放浪しているのか。


 その本当の理由を、誰も知らない。


「ようこそ。の一族の朱雀宮へ」


 門が開かれる。その先にさらに階段があり、その左右には様々な種類の木々や花々が咲き乱れていた。金木犀、躑躅ツツジ石楠花シャクナゲ、牡丹、その他にも多々。季節問わずに咲いている木々や花々は、この朱雀宮を美しく彩っている。


 そのさらに先にあるいくつかの建物の中でも、一番高い場所にあるのが、宗主の住まう鳳凰殿だ。白獅子を先頭に竜虎りゅうこが続き、無明むみょうたちがその後について行く。竜虎りゅうこ虎斗ことに懐いており、ずっと上機嫌だった。


「····白笶びゃくや、」


 白笶びゃくやの薄青の袖を引き、無明むみょうが不安そうな表情を浮かべる。白笶びゃくやは足を止めずに視線だけそちらに向ける。


「大丈夫だ」


「······え、」


「君がいつも言う言葉」


 白笶びゃくやはそう言って、小さく笑みを浮かべた。無明むみょうはその不意打ちに驚きつつも、ひと呼吸おいて満面の笑みを白笶びゃくやに向ける。


「うん! ありがとう、白笶びゃくや


 長い袖で隠すように握られた手と手。あたたかくて、優しい手。

 大丈夫。きっと、今回は、誰も、悲しいことにはならない。させない。


「俺は、俺のすべきことをやるだけ」


「私は君を守る。それだけだ」


 灰色がかった青い瞳は、ただひとりだけを映している。今までも、これからも。


 ふたりはゆっくりと近付いて来る鳳凰殿を見上げる。その名に相応しい緋色の建物は、その所々に金色の鳳凰が装飾されていた。他の建物とは違い、この建物は趣よりも豪華絢爛さの方が強い。


 この先に待つものがなんであっても。

 絶対に、離れない。

 握りしめた指先に、永遠ほどの誓いを込めて。


 ふたりは、その一歩を共に踏み出すのだった。



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