第6話 密林の王
猿の群れと行動を共にしてしばらく経つ。縄張りの境界を教えてくれたり、群れの順位を教えてくれた。もちろん、会話は出来ないけど、なんとなくそういうことかなって。シィさんの通訳なしでも感じ取れるもんだ。
その感覚が育ってきたある日、視線や適度な距離で何かが近くにいることを知る。ワタシがその方向をじっと見つめていると、ボス猿がワタシの肩に手を置き、ちらっとワタシの顔を見る。刺激しないよう促しているようだ。そりゃ、そうだよな。この密林に猿だけが住んでいるわけではない。多種多様な野生生物がいる。原住民だって
生物だし、ちょうどいい距離感でお互い生活しているんだから。
しかし、若いオス猿数頭はそうではなかった。血の気が多いし、いずれはボスの地位についてハーレムを形成したい。それが、ここのオス猿たちにとっての当たり前の習性だろう。猿の縄張りを越え、他種族の縄張りに侵入した。
ガァァァァ!
密林に響く叫び声。警戒しているし、怒りの感情も分かる。ワタシに懐いていた子猿がその声に怯えさすがに母猿の元へ逃げていく。ボス猿と数頭のオス猿が縄張り境界に向かう。ワタシも一定距離を保ちながら恐る恐るついていく。
「あぁ、やられてるじゃん」
大きな岩の上で、若いオス猿が首を噛まれた状態のまま、猫科動物がこちらを見ている。シィさんが言う。
「あの真っ黒なジャガーがさ、この密林の王なんだよ。ボス猿は知ってるから、縄張りという境界を守る。お互い戦いたくないからね。命のやり取りに必ずなってしまう」
「自然の掟みたいなもんだから、何も手出し出来ない。あの若いオス猿は、もうダメだろう。ぐったりしてる。シィさんの仕事じゃないの?」
「もう済ませてる。ちゃんと、連絡したよ」
グガァ゛ァァァ!
縄張りを侵され、怒りが収まらないジャガーは、ボス猿にじわじわと接近している。周囲にいた猿は、ササッと距離を取り、逃げる準備をしているようだ。
それから、あっと言う間にジャガーが飛びかかり、ボス猿との戦いが始まった。素早い動きで撹乱し翻弄しているジャガーが優勢で、打撃が当たれば、べらぼうに強いボス猿だが、剛腕を振り回しても当たらない。引っかかれ噛みつかれ、次第にボス猿が流血箇所が増えてくる。
ホァ゛ァッ!
ボス猿の左肩に噛みついて離れないジャガーに対し、ボス猿もジャガー左前足に噛みつき返した。その痛みから双方噛んだまま、身動きが取れない状態になっている。
それを見て、ワタシは歩き出していた。シィさんが言う。
「また、余計なことするんじゃねぇよな?」
「余計なことだろうけど、何か出来そうな気がするし、やらなきゃいけないと思う」
そう返事した後、ワタシは双方をゆっくり引き離し、ボス猿の傷口に両手を当てていた。手がぼんやりと光り、出血が止まった。
次にジャガーの傷口に触れようとすると威嚇される。
「うるさい、とっとと手を出せ」
強引にジャガーの傷口を両手で挟み込み、手当てをした。ジャガーの方は骨が折れていたが、手当てをしているとズズッと骨が動き、傷口もふさがった。ただ、毛は生えてこない。そのうち、戻るだろう。
そして、ボス猿、ジャガーのそばに座って、話し始めた。
「あのね、お互いの縄張りがあって、守ってたと思うんだ。今回は、若いオス猿が約束を破ったことが悪い。ジャガーが怒るのは当然。それで、ボス同士がケンカして同じようにケガしたことで、今回の騒動は終わり。遺恨は残るかもしれないけど、お互いの生活があるので、戻ろう」
シィさんは、黙って横にいるだけ。
「シィさん、伝わったかな?」
「おそらく」
次に話し始めたのは、ジャガーだった。
「アンタ、人間なのに我々に言葉伝わるんだな」
「え、理解できんの?」
「あぁ、密林の王って呼ばれるようになってから、そこの精霊みたいな存在に他種族との会話できる力を分け与えられた。でも、そこの猿は無理だ。『怒りっぽいから、まだ会話できない』って聞いた」
「いろいろあるんだね。ところで、ワタシの話は納得してもらえた?」
「分かっている。深追いして命を落とすわけにはいかない。それに、傷を治してもらったからな、今回は引き下がる」
「ありがとう。ワタシがね、余計なことしてる気もするんだが、今、猿の群れと一緒にいるから、ケガ猿増えるのは困るんでね」
この後も、少々ジャガーと話し込んだ。蚊帳の外なボス猿は困った表情をしている。
「しかし、人間よ。何をしているんだ、猿共と生活していくのか?」
「ワタシは、よその場所から、この見知らぬ土地にさらわれてきた。帰りたいが、ここがどこなのかが分からない」
「ここは、島だ。他にも、いくつか島があるが潮流が複雑で、外に行くのは難しい」
「うっすら感じてたけど、島かぁ」
ジャガーが近づいてきて、ワタシの頬に鼻でツンとくっつけた。
「また会おう」
ジャガーは自分の縄張りに戻っていった。その後姿、黒い毛並みは猿の毛質とは全く違い、優雅さがあった。
ちらりとボス猿を見ると、少しイジけているようだ。
「ボス、戻ろうか」
ボス猿と一緒に群れまで戻る。縄張りを侵した若いオス猿数頭は、結局帰ってこなかった。
夜になり、数頭ずつ肩を寄せ合い猿たちは眠りについた。ワタシは、眠れなかった。
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