第三話 高架下の出会い

平野が授業を終え昼休みになった同時刻、大和町がある中丸市の隣、徳光市


11歳の永井兼人はその日体調不良で一人ランドセルを背負い学校を後にしていた。


同級生とはあまり仲良くなく、帰宅出来ることに喜ぶも母子家庭であるため迎えに母は来ることができず頭痛と倦怠感でふらふらと歩きながらだった。


外はこんなに晴れてて元気だったら自転車に乗ってゲームセンターにでも行くんだけどな


そんなことを考えてた。


でもずっと寝てるのももったいない、そう考えた兼人はランドセルからなけなしのお小遣いを使い近くにある適当な自動販売機で炭酸ジュースを買うとそのまま河川敷の土手に座った。


目の前の川は緩やかに流れ、太陽の光が緩やかに動いてるように見えその中を魚だろうか、黒い影が動いてるのが見えた。小学校の3年生の時遠足で山魚の手づかみをしたのが懐かしい。ジュースを飲みながら川を眺め一人物思いにふけっていた。


30分ぐらいたったのだろうか。ふと右に向くとすこし離れた土手に一人の女性が紙袋を脇に置きタバコを吸っていた。すらりとした体形に腰まで伸びた艶のある黒い髪。色白な肌を持つその女性に目を奪われた。


綺麗なお姉さんだ・


思わず兼人は見つめてしまった。その視線に気づいてか兼人の方に振り向くと一瞬目が合った。


しばらくするとタバコを吸い終わったのか女性は紙袋を片手に、土手を降りると高架の下に消えていった。


五分ぐらいたったぐらいだろうか生まれてからずっと徳光に住む兼人にとっては、あの何もないはずの高架下で女性が何をやってるのか気になった。


あのお姉さんはあそこで何をしているのだろうか


ふと気になりランドセルを背負うと土手を降りて高架の下を覗いてみた。


誰もいない・・


そう思い降下の下をくぐった時、ふと横を見るとそこには折りたたみ椅子に登り、高架の梁からぶら下がるロープを首にかけ目をつぶる女性が目に入った。


子供の兼人にも何をしているのか一瞬で理解できた。


「何を・・してるんですか・・!」


思わず声をかけてしまった。


「君はさっきの・・何って、子供でも何をしてるか解らない?」


その兼人を見つめる目はさっきとは全く違うまるで氷のような冷たい初めて見る目だった。


「それはわかるけど・・」


「けど何?邪魔なんだけどあっち行ってくれる?それとも何か用?」


「用があるってわけじゃないけど、その・・お姉さんを止めなきゃって思って」


女性は少しイラついていたようだったがそれを聞いてハッとした顔を一瞬するとクスリと笑い


「私がお姉さんかぁ、ありがとう。すぐ近くでタバコ吸ってただけなのによく私が自殺しようとしていたのわかったね。どうしてわかったの?」


「わかったって訳ではないんですけど、この何も無いはずの高架下でお姉さんが何をするのか気になって」


「ふうん、それで見に来たんだ。確かにここ見渡す限り落書きぐらいしかなんにも無いもんね」


そう言うと首にかけていた縄を外すと、縄をほどき片付け始めた。


「あれ、自殺するんじゃ・・」


「さっきまで死ぬ気満々だったけどね。君に話しかけられたせいでやる気なくなっちゃった」


そう軽く笑いながら折り畳み椅子と縄を紙袋に入れた。


「さっきは声荒げてごめんね。今日は学校終わったようだけどいつもこの時間帯で終わるの?」


「今日はその・・風邪ひいちゃって早退したんです」


「え、それ大丈夫なの?土手の上でたそがれてないで帰った方がよかったんじゃないの」


「平気です、家まで5分くらいでs」


そう言いかけた瞬間兼人は足からよろけて、持ってたジュースの空き缶を落とし倒れかけてしまう。その瞬間女性は兼人の両肩を後ろから持つとゆっくりと地面に座らせた。


「おいおい、倒れかけてる時点でぜんぜん大丈夫じゃないじゃん」


そう言うと兼人の額に手を当てた。


「うーん、結構熱ある・・それにしてもよくこんなに熱あるのに迎え無しで帰ろうとしてたね。


命知らずと言えばいいのかすごいよ。家まで送ってってあげるから家教えて」


大丈夫ですと言おうとした瞬間、兼人をひょいとおぶり紙袋を手に持つと土手を軽々と登って行く。


頭が朦朧とする中嗅いだその女性の髪のにおいは風邪のせいか今まで嗅いだことのないいい匂いだった。


「家はそこの道を・・まっすぐ行って郵便ポストのある・・所を右に曲がってすぐの茶色いマンションです」


「わかった、私がそこまで運ぶから休んでて」


そういうと駆け足気味で目印となる郵便ポストを目指して進んだ。


幸い開けた道で少し進んだあたりで郵便ポストが目に入った。


「お姉さん名前は・・?」


「私は美紅、君は?」


「ぼくは、兼人」


「おっけーじゃあ、けんって呼ぶね。家見えたんだけど、けんの家って何号室?あと鍵はどこにある?」


「部屋は三階の301号室で・・鍵はランドセルのポケットについてます」


「ありがとう、あとは私が玄関まで運ぶからもうすこしまっててねー」


「ありがとう・・ございます」


息が少し上がりながらも兼人を一度下ろしランドセルの中から鍵を取り出すとオートロックを開け、再びおぶると兼人の体重をもろともせず颯爽と階段を登って行った。


三階まで上がり急いで鍵を開け、中に入ると兼人を下ろし靴を脱がすと美紅も靴を脱ぐと両脇をつかみリビングまで引きずるようにして運ぶと座布団を枕代わりにして仰向けにして寝かせた。


10分ぐらい立った当たりだろうか。


「美紅・・みくねえありがとうございます」


うつろな目で美紅を見つめていった。


「みくねえ?」


「美紅って呼ぶのもあれだから」


「あーなるほどね。ううん、どういたしまして。けんは体調大丈夫?」


「横になったからか少しは良くなりました」


「それならよかった・・それと友達と話すみたいに話していいよ。なんか堅苦しいしさ」


微笑みながら言うと兼人の頭を撫でた。


リビングには窓から太陽の光が差し込み二人を優しく温める。


生きる意味も無いし死に場所を求めて、わざわざ東京から戻って来たのにもうどうでもよくなっちゃったな


疲れからか少しうとうとし始め、あくびをすると兼人の横に寝転がった。


何年前だろう、ずっと昔まだ生きていたころお母さんの目には私もこんな風に映っていたのだろうか・・


ふと小さい頃のとぎれとぎれの断片的な記憶を兼人の手を握りながらたどっていた美紅の目からは気づかぬ内に涙が顔を伝う。美紅もいつの間にか眠りに落ちてしまった。

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