第26話 身体強化魔法の効果
「若様たちには、今度は身体強化魔法を使用して、ゴブリンを殺していただきます」
俺とテトの前に新たに引き出されたゴブリンを観て、まだゴブリンを殺すんか?と思ってしまったが、ピールの話だと先程とは違って身体強化魔法を使った状態で殺す様だ。
身体強化魔法は、生活魔法とともにチャルカンなど魔力保有量の少ない人間でも使える魔法である。単純に簡単な魔法だとか魔力消費量の少ない魔法と言う訳では無い。魔力消費量によって効果が大きく変わる魔法なのである。
そのため、チャルカンの成人と貴族の子供が身体強化魔法を使って力比べをしたら、貴族の子供が勝ってしまう場合もある。立ち合いだと武芸の技量も影響するため、単純な力比べの場合ではあるが。また、貴族の子供と言っても、ある程度の魔力量と魔力操作が必要とされる。それでも、地力や将来性は貴族の子供の方が高い。
身体強化魔法を使用して、先程と同じ訓練を行う訳であるが、テトは7歳になって魔法の訓練を始めていた。
適性検査自体は5歳の時にやったのだが、結果はよろしくなかったのだ。一般的な貴族の子息ではよくあることで、通常は7歳に行う。しかし、乳兄弟である俺が3歳で出来たことが、5歳の自分に出来なかったのが悔しかったのだろう。一時的に、俺に対する態度がぎこちなかった。
余所余所しい態度も次第に軟化したが、テトは7歳の魔力適性検査で結果が出て、ようやく元の関係に戻った様に思われる。
テトは7歳になって魔法の訓練を始めたが、始めたばかりとは言え、身体強化魔法と適性のあった生活魔法は使える様になっていた。
「若様たちには、素の身体能力でゴブリンを殺していただきましたが、身体強化魔法を使うとどれだけ違うのか実感していただくのが目的です。実際に使ってみると、身体強化魔法の有用性を感じることでしょう」
ピールは身体強化魔法を使っていない素の身体能力と身体強化魔法を使っての差を実感させようとしている様だ。
「では、若様から実施していただきます」
先程と同じ様に、俺が先に訓練を行う。俺は、全身に魔力を巡らせ、身体を強化させる。
魔力で身体を強化させることを身体強化魔法と言う。特に詠唱など必要としないため、平民のチャルカンにも使いやすい魔法だ。
身体を強化するイメージをしながら、身体に魔力を巡らせたため、感覚的にも十分に強化したのが分かる。
身体強化は使えたものの、実は数える程しか使ったことが無い。身体強化魔法は身体に負荷が掛かるため、子供の成長に良い影響を与えないとのことで、ユクピテ卿の管理下で無いと使えなかった。
身体強化魔法の負荷は、身体に過度な負担を掛けるだけで無く、身体の成長に必要な適度な負荷が掛からないこともあり、二重の意味で成長を阻害させてしまうそうなのだ。
なので、ユクピテ卿の言われた通りにしか使ってこなかった。しかし、7歳になってから武芸の訓練と合わせて練習が加えられている。
「グギャアア!グギギギィ!」
目の前にいる縛られたゴブリンは、まだ活きが良い様で、俺を威嚇することを止めない。そんなゴブリンへと剣の切先を向ける。
「えぇい!」
俺は身体強化魔法を使った状態で、最初の様に腕を切断するつもりで、ゴブリンに斬り掛かる。
すると、硬かった筋肉を剣が切り裂いていき、骨に達した感触を得た。また骨が断てずに剣が止まってしまうかと思ったが、骨に当たった感覚ともに、その骨を更に切り裂いていく感じを受ける。そして、俺はゴブリンの腕を切り落としたのであった。
身体強化魔法を使う前は、全然切れそうもなかったゴブリンの腕をいともたやすく切り落とせたと言う現実に、俺は唖然とする。
骨を断ち切る際に、抵抗を感じたものの、身体強化魔法を少し強めたら、難なく切り落とせたのだ。
「若様、ゴブリンの傷を炙らねば、血を流し過ぎて死んでしまいます」
俺はピールの注意に、我に返るとゴブリンの残った腕の断面に火魔法を掛けて止血する。ゴブリンは腕を切られた時以上の絶叫を上げたが、先の訓練で聞き慣れてしまったので気にしない。
「若様、身体強化魔法がどれだけ役に立つかお分かりいただけたでしょうか?」
「うむ。先の訓練では肉を切るのも難渋したのに、身体強化魔法を使ったら、いともたやすく切り落とすことが出来た。魔法とは恐ろしいものよ」
「若様の様な童でも、身体強化を使えば、生物の肉を切り、骨を断つことが出来るのです。これこそが、魔法を使える者と使えない者との差です。なので、貴族は魔法を使えない平民たちを圧倒する地位にあるのですよ」
確かに、ピールの言う通り、魔法を使えば平民たちがどれだけ束になって掛かってきても、少数の貴族で制圧することが出来るだろう。
この世界では魔物が跳梁跋扈しており、力無き者は死んでいくのみ。魔力の無い平民ではゴブリンを倒すのも、それなりの労力が掛かる。
そうなると、魔物を倒し、領地と領民を守る貴族が絶対的地位を得ているのも致し方無いのだろう。
「若様、最後は私と同じ様に、ゴブリンの肋骨を穿いて止めを刺してください」
俺は身体強化魔法を使って、ゴブリンの四肢を切り落とし、火魔法で止血した。身体強化魔法無しの時に比べると、あっという間に終わってしまった。
そして、止めを刺す段になって、ピールは自分と同じ様に肋骨ごと心臓を穿く様にと促してくる。
俺はゴブリンの胸へと剣先を向ける。そして、剣身を立ててゴブリンの胸へと剣を刺し込んだ。刺してすぐにゴブリンの肋骨が当たる感触がする。それに構わず、身体強化魔法の力で剣を押し込んでいった。肋骨による抵抗はあったものの、魔法の力で容易く心臓を穿く。
そして、息絶え様としていたゴブリンの胸から剣を引き抜くと、ゴブリンの首を刎ね飛ばしたのであった。
「お見事です、若様。身体強化魔法の操作は魔法の扱いに長けているだけあって御上手でした」
ピールは俺の身体強化魔法を褒めそやす。しかし、俺はゴブリンの首を刎ね飛ばした瞬間の閃きの様なモノに酔いしれていた。ゴブリンの胸を穿いた剣を抜き、ゴブリンの首へと剣を持っていく動きが非常にスムーズで、まるで自分の動きでは無い様であったのだ。
まさに、閃きとしか良いようの無い感覚である。
その後、テトが身体強化魔法を使ってゴブリンを切るが、思ったよりも難渋していた。
テトの魔力操作が稚拙であるため、身体強化魔法が安定していなかったのだ。強過ぎたり、弱すぎたり、一定を保つことが出来なかった。
そのため、身体強化魔法を使っていなかった時よりも、テトは戸惑っていた様に思われる。結果的に、俺が殺したゴブリンよりも、テトが殺したゴブリンの方が悲惨な末路であった。
こうして、ゴブリン殺しの訓練は、身体強化魔法を使っての訓練で終了する。
身体強化魔法を使う前にゴブリンを殺したのと身体強化魔法を使った後に殺したのでは、感覚が隨分と違った。この世界での魔法の凄さを改めて実感させられている。
そして、この世界における魔法を使える貴族の立ち位置を考えると、俺の脅威となる存在は多いのだろう。
俺はこの力が全ての過酷な世界で生き抜くためにも、魔法の練習に励まなければならないと決意を新たにしたのであった。
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