第25話 祝!童貞卒業!(ゴブリン殺しのだけど)
「では、仕切り直して、若様の訓練を始めます」
ピールが脱線してしまったので、いつまで経ってもゴブリンを殺す訓練は始まらなかった。そのため、ユクピテ卿はピールの話を止めると、結局は彼が訓練を仕切り始めてしまう。これは、全面的にピールが悪いので致し方無いのだが……。
「グギャ!ギャッ!グギギギィ!」
俺が子供用の剣を抜いて、ゴブリンへと向けると、ゴブリンは威嚇をする。四肢の腱は切られているとは言え、ピールによる虐待も少ないのか活きが良いのだ。
俺は、これまでの練習を思い返す。俺と同じ体格の敵をイメージしながら練習をしてきた。テトとも木剣の打ち合いを何度も行っている。
そして、ゴブリンを殺すことをイメージしながら、子供用の剣を振ってきた。子供用の剣とは言え、しっかりと研がれており、殺傷能力はある。
家臣たちからは、ゴブリンなどの魔物とは言え生物を斬るので、初めて肉を切る感触に不快感を覚える者もいると助言された。モンスター狩りが一般的で、人の生命が軽いこの世界に生まれても、吐く者もいるらしい。
ピールは、肉を切ったり骨を断つ感触が快感とか気持ち悪いことを言っていたが……。
前世では、料理の際に肉を切ることは当たり前だったので、肉を切る感触は大丈夫だと思うが、いざゴブリンの生命を奪ったとき、自分はどう感じるのだろうか?だんだんと不安な気持ちになってくる。
しかし、何時まで経っても、ゴブリンを殺さなければ訓練は終わらないのだ。俺は改めて決意をすると、刃をゴブリンへと向ける。
「えぇい!」
俺は掛け声とともに、ゴブリンの右腕へと斬り掛かった。だが、ゴブリンの腕に刃が入った感触は想定していたものとは違うものであった。
料理に使われる死んだ肉とは違い、生きた肉は硬かったのだ。ゴブリンが力を入れているため、筋肉は硬く、思ったよりも切り進めない。
そして、ガツン!と固いものに当たって、刃が止まってしまう。ゴブリンの腕の骨に剣身が当たって止まってしまったのだ。
すると、骨に当たって止まった剣は、切り裂いていた筋肉の間に埋もれてしまい、圧力が掛かったことで抜けなくなってしまった。
「グギャアァァァ!!!!!」
俺に斬られたゴブリンは、痛みに悶え苦しんでいる。縛られて身動が取れないものの、痛みに暴れていた。
ゴブリンが暴れ始めたため、尚更に剣を抜くのが難しくなってしまう。なので、俺は片足でゴブリンを踏みつけると、思いっきり剣を引き抜いた。
剣を思いっきり抜いた勢いと、片足をゴブリンに掛けていたために足元が不安定であったため、後ろに倒れそうになる。
すると、後ろで俺を支える者がいたため、倒れずに済んだ。俺が剣を持った方の腕もしっかりと握っており、剣が矢鱈な動きをしない様に支えられており、俺も支えてくれた者も怪我をすることは無かった。
「若様、大丈夫ですか?その抜き方は悪手でしたね」
俺を支えてくれたのはピールであった。クヴァファルーク家で武芸を教える家の一族なだけあり、対処が上手いことに驚く。いつもの巫山戯た様な態度と雰囲気が違ったのだ。
「若様、生き物を斬るってのは、こういうことです。肉も硬く、骨を断ち切るのは難しい」
ピールは俺を諭すと、取り敢えずはゴブリンを斬り付けた傷を火魔法で炙って止血する様に促す。
俺は言われた通り、ゴブリンに近付くと火魔法でゴブリンの傷を焼いて止血した。
当然、ゴブリンは痛みに悶え叫び声をあげる。
「若様、骨が断てないなら、断てないなりの切り方をするんです」
ピールは骨を断たずに、硬い肉を切るコツを掴む様に助言した。骨で引っ掛かるなら、骨に達する前に止めて、傷を与えて弱らせるのが重要らしい。
どんな魔物が相手でも、無理に倒そうとはせず、傷を与えて弱らせ、最終的に勝って生き残れば良いのだと。
その後は、ゴブリンの四肢を斬り付け続けることとなった。そのため、ゴブリンの四肢はグチャグチャになっている。骨に当たる前に止めて、引き戻す。そんなコツを掴む練習の場となった。まぁ、コツが上手く掴めないので、肉削ぎの様になってしまうこともあったが。
当然、死なない様に傷を焼いて止血することも忘れない。
四肢がボロボロになったゴブリンは、すっかり弱っていた。ゴブリンの生命は、もう間もなく潰えようとしている。
「若様、私がやった様にやらずに、肋骨に沿わせて、骨が当たらない様に心臓を貫いてください」
ピールは、自身がやった肋骨ごと貫くやり方では無く、肋骨の隙間に刃を沿わせて心臓を貫く様に言った。
俺は慌てること無く、ゴブリンに近付くと、ゆっくりと肋骨の隙間に剣先を合わせる。そして、ゆっくり心臓へ剣身を刺していった。
ズブリッ!と肉を突き刺す感触が手に伝わる。そして、再び感触が変わったことで、心臓を貫いたのだと実感した。
俺が心臓を貫いて暫く経つと、ゴブリンは動かなくなる。俺は、ゴブリンの生命を奪ったのだ。
特に感慨と言うものは無い。ただただ必死だった。一番最初にピールの様に腕を切り落とすことが出来なかったため、慌てていたことを実感する。
ピールによって冷静さを取り戻した後は、ただ我武者羅にゴブリンを切っていた。なので、吐くことも無かった。
ゴブリンを殺したことで、生命を奪ったと言う感覚は無い。ゴブリンは人間にとって害悪を齎す存在である。そんなゴブリンを殺したのだと、自分を納得させ様としている自分がおり、それに簡単に納得してしまっている自分もいた。
「良い顔してますよ、若様」
ピールは、俺に笑顔を向ける。この時は、やり抜いた男の顔だと褒めてくれたのだと思ったが、後にピールに確認したところ、肉を切ったり殺したことに喜ぶ良い表情だったと言う。若様には、将来有望ですねと言われた時は、同じ仲間にするなと思うこととなる。
俺の後は、テトの番となり、新たなゴブリンが引き出されて、練習台となる。
テトは俺のやっていたのを観ていたからか、覚悟が決まっていたからか、上手く立ち回り、ゴブリンを斬っていた。俺の様に無様に骨に当たって剣が抜けなくなる様なことも無かったのである。
ピールからは、ユクピテ卿の息子なだけあって、武芸の才能があると褒められていた。
こうして、俺はゴブリンを、生物を初めて殺したのであった。
ゴブリン殺しの訓練は、これで終わりだと思っていたのだが、新たにゴブリンが引き出されてくる。
俺たちはまたゴブリンを殺さなければならないのか?
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