第24話 ゴブリンと人間

「では、まずは若様にゴブリンを殺していただきます」


 ピールの言葉に、俺は新たに用意されたゴブリンへと目を向ける。新しいゴブリンもまた丸太に括り付けられていた。

 俺は新しいゴブリンが運ばれてくる様を目にしていたが、ゴブリンは自分で歩くことが出来ず、家臣たちに引きづられていたのだ。何故かとピールに聞いたところ、俺たちに怪我をさせてはならないため、四肢の腱を切断して運んだらしい。そのため、四肢には止血の火傷の跡が残っていた。

 残酷なことをすると思うかもしれないが、貴族の子弟にゴブリン殺しの訓練をする際には、事故を防ぐため行われる一般的な習慣だそうだ。

 平民たちがゴブリン殺しの訓練を行う際には、手間を惜しんでゴブリンをそのまま使い、事故が起こることがあるらしい。

 今回のゴブリンは、ピールが火魔法を使えるチャルカンたちを率いて捕まえてきたそうで、捕まえる際の話を喜々として語ってくれた。


「ゴブリンの集落があったので、必要な数を除いて皆殺しにしてきました」


 ピールはゴブリンの集落を見つけて、捕まえてきたらしい。必要なゴブリンを痛めつけて確保してから、ほぼ一人で集落のゴブリンを皆殺しにしたとか。

 その殺し方を喜々として語るが、虐殺と言っても良い酷い殺し方をしてきたそうだ。

 ピールの話に、ユクピテ卿が顔を顰め、途中で話を止めさせる。結構、倫理観がぶっ飛んだこの世界でも、ピールが行ったことはよろしくないことの様だ。

 ピールとしては楽しい話を途中で止められて不満気な様子を見せている。ピールは結構、人間性に難がありそうだな。剣の腕は確かなのに、子供たちの指南役を押し付けられていることからも、何となくピールの立場が伺えた。


「ゴブリンの集落では、何人かの女も見付けたのですよ」


 ゴブリンの集落では、捕らえられていた女性もいた様だ。ゴブリンたちの繁殖用苗床になっていたのだろう。

 ゴブリンたちはオスだけで無く、メスもおり普通に繁殖するそうだが、他の生物のメスとも交配して繁殖出来るらしい。そのため、ゴキブリ並みの繁殖力な訳だが、特に人間の女を好むそうだ。

 この世界だと、人間とはヒト種の他にも、エルフ種、ドワーフ種、獣人種やその他の相互に言語やコミュニケーションを取れる理性的な種族全般を総称している。

 ヒト種は大抵の種族と繁殖出来るため、他種族を捕まえたり、他種族に捕えられたりしている様だが……。人間界のゴブリンみたいなもんなのかもしれない……。


「ゴブリンに捕らえられていた女たちは、取り敢えずは町に連れ帰りました。引き取り手がいるかもしれませんからね」


 ゴブリンを虐待したり虐殺するのを好む人間性に問題のあるピールも、被害女性たちを保護すると言う良識があるんだなと感心してしまった。


「近場の村に連れて行っても、嘘吐いて引き取ろうとするだけですからね。ゴブリンの苗床にされた女なんて、人間扱いされませんよ」


 この世界では、ゴブリンに捕まって苗床にされた女性たちは、ほとんど人間として扱われない様だ。

 自分の故郷の村に帰っても、ゴブリンの集落で受けたのと似た様な扱いを受けるらしい。

 守ってくれる様な優しくて力のある親や家族がいてくれるなら話は別だが、大抵は村で男たちの慰み者になるか奴隷として売られるのだそうだ。

 そのため、近隣の村に連れて行っても、ウチの娘だと噓を吐いて、村の所有物にしようとしてしまうらしい。

 なので、この辺りでゴブリンから女性を保護した場合は、首邑であるクヴァファルークの町まで連れてきて、兵営に預けるのが一般的だそうだ。その後、保護した周辺の村落に通達が出されるのだとか。

 本当に引き取る気があるなら、首邑まで迎えに来るし、虚言を持って引き取ろうものなら、罪人として捕らえられる。そのため、引き取りては親兄弟などの家族が原則であった。


「引き取り手がなければ、私が儲かりますしね」


 ゴブリンたちに捕らえられていた女性は、解放されて故郷に戻っても、悲惨な末路しかない。ほぼ奴隷落ち確定であった。

 そのため、引き取り手が無ければ、保護した者の戦利品として扱われ、その者の奴隷となるのだ。

 ピールからは、次々にクズっぽさが滲み出てきたぞ……。

 今回は、俺の訓練に使うゴブリンを調達するのが目的であったため、公務扱いとなる。なので、保護された女性たちはクヴァファルーク家で引き取られ、奴隷として領主家の農場に送れるそうだ。

 しかし、ピールには定額の報酬を支払われるので、良い小遣い稼ぎなのだとか。ピール……。

 仮に女性たちを奴隷に出来たとしても、必要なければ売らなければならない。貧しい辺境のクヴァファルーク領では、なかなか引き取り手がいない上に、買い叩かれるのがオチだ。売れるまでの維持費を考えると割に合わないのだとか。なので、ピールは公務の時しかゴブリンの集落を襲撃しないそうである。

 冒険者たちも、ゴブリンから女性を保護しても、兵営に引き渡し、僅かな報奨金を貰って去るのだとか。

 ピールなどクヴァファルーク家の家臣だと、ゴブリンから女性を保護して兵営に引き渡すと、平民たちより多めの報奨金を貰える上に、引き取り手が無かったら追加の報奨金が出るそうだ。加えて、ゴブリンから保護したと評価も上がるだとか。

 そのため、ピールの様にゴブリンを甚振るのが好きな者にとっては旨味があるのだろう。


 ピールが更に余計なことを話そうとするので、流石にユクピテ卿が止めに入る。

 取り敢えず、ピールがゴブリンを殺して愉しむ嗜虐趣味のヤバいヤツだと言うことは分かった。

 ゴブリンに捕まった人間の扱いが思っていた以上に酷いことを知り驚いたが……。ゴブリンに捕まった時点でほぼ奴隷落ち確定と言う過酷な現実があるのだと知ることとなったのであった。

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