第23話 ピールのゴブリン可愛がり

「若様、本日は魔物を倒していただきます」


 俺とテトの武芸指南役であるピールが、今日の訓練内容を伝える。今日は、遂に魔物を倒すそうだ。

 この日まで、俺とテトは子供用の剣の鍛練をしてきた。主に素振りや取り扱いではあるが、最低限の動きは出来ると思いたい。

 一応、訓練は傅役のユクピテ卿が監督しており、今日も目を光らせている。なので、俺やテトの安全は確保された訓練なのだろう。

 俺たちは、ユクピテ卿やピールたちとともに、裏庭の訓練場へと向かった。


 俺たちの前には、丸太に縛られた魔物がいる。小人の様な姿をしており、俺たちと同じぐらいの背の魔物だ。肌は緑色で、目は濁っており、耳は尖っていて長い。そして、鷲鼻と黄ばんだ乱杭歯が特徴の醜い魔物であった。

 この目の前にいる魔物こそ、彼の有名な「ゴブリン」である。


「グギギギギィ……」


 目の前にいるゴブリンは、縛られて身動きが取れないものの、こちらを憎々しげに見ていた。


「反抗的な態度だな……」


 ピールは、ゴブリンの態度が気に食わないのか、いきなり殴り付ける。ピールは愉しそうな表情を浮かべながら、何度か殴ったところで、ゴブリンは怯えた様子を見せ、大人しくなった。


「ピール、やり過ぎるなよ。若様の練習台になる前に死なれたら困る」


 ユクピテ卿が練習台のゴブリンに死なれたら困るので、ピールに注意をする。


「ユクピテ卿、まだ練習用のゴブリンは何匹か捕まえてあるんだから、良いではないですか」


「仕方ないヤツだ……。なら、その弱ったのは、お前が手本として実演しろ」


 ピールは、ユクピテ卿の注意に不満気な様子を見せた。俺たちの練習用に、まだ何匹かいる様だ。

 そんなピールの態度に呆れたユクピテ卿は、ピールが喜々として殴っていたゴブリンを手本に実演する様に命じた。


「えぇ……、こんな弱ったのを殺しても楽しく無いじゃないですか……。イキの良いのを甚振ったほうが心地良いですし……」


「五月蝿い。弱らせたのはお前だろう。良いからやれ」


 ピールはイキの良い魔物を甚振るのか好きらしい……。ドSな性格なのかもしれない……。要注意人物だな……。

 ユクピテ卿はピールの相手をするのが嫌になったのか、サッサと実演をするように促す。


「仕方無いですね……。では、魔物の殺し方を実演します。

 いきなり殺すのでは勿体ないので、若様たちには私と同様に斬っていただきます」


 そう言うと、ピールは剣を抜き放ち、ゴブリンへと向ける。そして、右腕に斬りつけ切断した。


「グギャァァァァ!」


 右腕を切断されたゴブリンは大きな悲鳴をあげる。その悲鳴を聞いたピールはイヤらしい笑みを浮かべ喜んでいた。

 切られたゴブリンの右腕からは血が流れているものの、切断された腕は縛られたロープに引っ掛かっている。

 すると、ピールはゴブリンに近付き、切断面に手を翳すと、火の生活魔法を唱え、切断面を火で炙り止血した。

 ゴブリンは痛みのショックからか、放尿と脱糞をしており、周囲には据えた臭いが漂っている。


「弱っていた割に、良い声で鳴きますね」


 ピールは不敵な笑みを浮べながら、左腕、右足、左足の順に切断していった。切断した後は、火魔法で炙って止血するのを忘れていない。


「ゴブリンの四肢を切断しました。実際に若様たちにも斬っていただきます。実際に切り落とすことは難しいでしょうが、骨ごと切ることの難しさを経験していただくことが目的です」


 ピールの説明では、殺すだけでは勿体ないので、各部位に斬りかかることで、その部位を切る感触や難しさを経験させるのが目的な様だ。

 俺やテトと同じくらいの体格のゴブリンを切ることは、対人戦を想定した際にも、自分と同体型の相手を切る経験は後々、役に立つらしい。

 そのため、ゴブリンを子供の訓練に使うのは、貴族では一般的な様だ。平民たちも子供に戦闘訓練をさせる必要がある場合には、ゴブリンを使うことがあるとのこと。

 なので、俺やテトの前でピールがゴブリンを甚振っても、止めることは無い。ゴブリンとは言え、生きて捕まえて連れてくるのは大変だから、なるべく無駄にしないように使い尽くさねばならないのだ。


「最後は胸を突き、首を刎ねます」


 ピールはそう言うと、ゴブリンに突きの構えで剣を向ける。しかし、その構えは、肋骨に沿って剣身を横にしたものでは無く、敢えて肋骨に当たるように剣身を縦にしていた。


「はっ!」


 ピールは勢い良くゴブリンへと踏み込むと、剣身に当たった肋骨を砕きながら、ゴブリンの胸を貫く。


「グギギギ……」


 ゴブリンは今にも息絶えそうな弱い声を上げると、ピールは素早く剣をゴブリンの胸から引き抜き、ゴブリンの首を刎ねる。

 ゴブリンの頭部があった切断面からは血が吹き出し、刎ねられた首はテトの前に転がってきた。首だけとなったゴブリンの顔は苦悶に満ちた表情をしている。

 テトは、そんなゴブリンの頭部を動揺した様子も無く眺めていると、頭部を蹴飛ばして、身体の方へと転がした。

 テトは意外と図太くて、大物然としてるんだよな。まだ、勉強も魔法もイマイチだけど……。


「では、若様たちにもゴブリンを斬っていただきます。新しい練習台を持ってくるのでお待ちください」


 ピールはそう告げると、俺付きの家臣に合図をして、ゴブリンを取りに行かせた。

 いよいよ、俺とテトは初めて生物を切ることになる。それが魔物でゴブリンだとしても、武者震いせずにはいられないのであった。

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