第8話 新たな家臣と後ろ盾

「字をおしえてくれ」


 時が経ち、3歳になった俺はナーリャに、この世界の文字を教えて欲しいと伝えた。


「ファリー様は文字を学びたいんですか!?」


 ナーリャは俺が勉強したがっていることに喜んでいる。


「しかし、ファリー様に文字を教えるとなると、家令様に教師をお願いしないといけませんわ。傅役の夫に伺ってみますね」


 ナーリャ曰く、俺が文字を勉強するためには、家令に報告して教師を用意してもらわなければならないらしい。そのため、傅役のユクピテ卿を通じて遣り取りする必要がある様だ。


 乳母夫であるユクピテ卿は、俺が3歳になったことで正式に傅役に任じられた。ユクピテ卿の妻であるナーリャも乳母の役目を終えたものの、俺の世話係の女中たちを取り仕切る役目を与えられている。

 ナーリャが乳母を御役御免となってからは、ナーリャとテトは自邸に戻っていった。俺が乳離れしてからは、ナーリャ親子は自邸に帰ることが度々あったが、本格的に居を戻したである。

 ナーリャ親子は基本的には通いで奉公することとなった。まぁ、何度か泊まっていくこともあるが。

 ナーリャとテトに代わり、傅役であるユクピテ卿が俺の側に詰めることが多くなった。そのため、ユクピテ卿は自邸に帰る機会が少なくなってしまう。なので、ナーリャはユクピテ卿が帰宅する際の交代として、泊まっているのだ。



「ファリーさま、あそびましょ」


 ある日、乳兄弟であるテトが俺を遊びに誘う。テトは俺の部屋にある木馬の玩具がお気に入りだ。

 木馬の玩具などは俺が誕生日に家臣たちなどにプレゼントされたもので、その他にもいくつかの玩具を貰っている。試しに何度か使ってみたものの、大人の精神を持つ俺はすぐに飽きてしまい、テトの遊び道具になっていた。

 俺が貰った誕生日プレゼントではあるが、テトばかりが遊んでいるので、ナーリャは困り果てていたが、俺は構わない旨を伝えている。


「きょうは、なにをしてあそぶ?」


「わたしは、おさんぽがしたいです」


 俺はテトに何をして遊びたいか尋ねると、外ヘ出て散歩がしたいそうだ。俺としてはテトと何をして遊びたいとか思いつかないため、彼に何をしたいか提案させている。

 俺はユクピテ卿へ目を向けると、困った表情を浮かべながら頷く。散歩しても問題無いらしい。


「じぃ、わたしはさんぽがしたい」


「若様、畏まりました」


 茶番ではあるが、私はユクピテ卿に散歩がしたい旨を伝えると、ユクピテ卿は同意する。

 以前、テトが遊びたいことに乗っかってばかりで、俺がしたいことをするべきだと注意されたのだが、俺がしたいことなど魔法の勉強ぐらいで、俺の年齢では明らかに早い。俺は特にしたいことが無い旨を伝えると、テトの意見をそのまま実行するのでは無く、テトの献言を受け、自身の意思として表明する様に教えられたのである。

 そのため、この茶番は一種の儀式的なものとして、次期当主である世子に必要な行いではあるのだ。


 俺はテトとともに、ユクピテ卿たちに護衛されながら、町を眺められる壁上へと向かった。因みに、ユクピテ卿が俺の傅役になったことで護衛の数が増えている。

 壁上に向かう途中、中庭を通るが馬丁や兵士たちに挨拶されたり、声を掛けられ様になっていた。

 幼くとも、世子として家臣たちに対して、どの様に振る舞うかを傅役ユクピテ卿から教育されている。


 そうやって、家臣たちへの対応をしながら、壁上へと辿り着く。目の前には、クヴァファルーク家の城下町が一望出来た。

 テトの住むユクピテ邸は、目の前の町にある。小さな町なので、やや大きめのユクピテ邸はすぐに見つかった。テトは嬉しそうに俺に町について教えてくれる。俺は城から出たことが無かったので、テトの話を楽しみにしていた。


 テトと町を眺めていると、誰かが近付いてきた。ユクピテ卿や護衛が誰何をしないということは、見知った人物なのだろう。

 俺はそちらに顔を向けると、向こうから家令が近付いてきていた。家令は何人かの部下を引き連れている。


「若様、御機嫌麗しゅう」


 家令は俺の前まで来ると挨拶を述べた。俺に会うのが目的なのだろうが、部屋では無く壁上とは珍しい。


「家令殿、どうなされた?」


「若様の御部屋を訪ねたのですが、壁上へ町を眺めにいかれたと聞いたので、差し出がましくも参りました」


 ユクピテ卿が何用か尋ねたところ、俺の部屋に行ったがいなかったので、俺が壁上にいると聞いてやって来たらしい。


「若様が文字を学びたいとのことでしたが、教える者の候補者を連れて参りました」


「何と!?先日話したばかりなのに、もう見つかったのですかな?」


 ユクピテ卿は家令に文字を教える者を頼んでいた様だが、思っていたより早く見つかった様だ。


「こちらへ」


 家令は同行者の一人を呼ぶ。そこに現れたのは眉毛だけ白髪の少年だった。


「この者は、私の三男でハジャサヴァルと申します」


「ハジャサヴァル・ザス・グゥトンドゥレックと申します。以後、お見知り置きを」


 家令はその少年を自身の三男として紹介し、ハジャサヴァルは自己紹介をする。


「家令殿の御子息でしたか。されど、教える役目を担うには、些か若過ぎるのでは?」


「息子は13歳と若いですが、親の贔屓目にもなかなかの出来者だと思っております。若様に正式の教師を付ける前に文字を教えるには適任かと。また、息子を若様付きの従僕にしていただきたいのです」


「確かに、正式な教師を付ける前に教える分には問題は無いですが……。若様の側仕えが足りていないとは言え、御子息を従僕に付けてもよろしいのですか?」


 ハジャサヴァルは13歳らしい。家令が優秀だと言うぐらいだから、本当に優秀なのだろう。俺の従僕にするのが目的で、文字の教え役にしたい様だ。

 それに対し、ユクピテ卿はハジャサヴァルを従僕にして良いのか尋ねている。従僕となると私的な下級使用人だ。家令の子息で優秀なら、文官として採用した方が良いのではないかとユクピテ卿は言いたいに違いない。


「若様はクヴァファルーク家の次期当主でございます。早い内からお支えする臣下が必要にございましょう。そのため、息子を若様の従僕にしていただきたいのです」


「家令殿……。忝ない……」


 俺の周りがユクピテ卿の一族しかいないため、息子を俺の従僕にすることで、家令が俺を支持していると言う後ろ盾になってくれるのだろう。世子でありながら冷遇されている俺に対して、家令が配慮してくれたことにユクピテ卿は感謝を述べる。


 ユクピテ卿は、俺に対してハジャサヴァルを従僕として迎えたい旨を述べると、俺に目で合図をした。俺はそれに応じて、ユクピテ卿の献言を受け入れる旨を伝える。

 そして、ユクピテ卿からハジャサヴァルへ俺の従僕として迎えられたことが言い渡された。


「以後、忠勤に励みます」


 ハジャサヴァルは俺に対して忠誠を誓った。こうして、俺は新たな側近と家令の後ろ盾を得ることが出来たのであった。

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