低燃費少年の勝ち方

唐変木

第1話

 訓練のために作られた街の中で銃声が響き渡る。

 その街の中のビルの一角、暗闇の中で大きなあくびをする男が一人。

 実践形式の訓練中にも関わらず全く緊張感を持っていないその男の名は成瀬瑛里人。西洋人のような美しい顔立ちをしているが、手入れされていない黒い髪のせいで台無しになっていた。

 身長は百七十五センチほどで今回召集された訓練兵の中でも平均的な高さだった。

 訓練中と言うことで他の訓練兵が街中を忙しなく駆け回る中、一人だけ訓練開始と同時に一つのビルに身を隠し、脱落者が増えるのを気だるげに待っていた。

 しばしの時が流れ、銃声が止んだ。成瀬がそっと窓から外を覗くと、訓練兵は一人を除いて脱落していた。

 成瀬は訓練用に改造されたスナイパーライフルを構え最後の一人を狙撃した。直後、訓練終了のアナウンスがなった。



「今日も卑怯な手で一番になりやがって! 一人しか脱落させていないお前がなんで一番なんだ成瀬!」


 訓練終了後、昼寝でもしようかとのんびりしていた成瀬に怒りをあらわにする男がいた。

 彼の名前は音無走。名前とは裏腹に声は大きく溌剌としていて、大人しさのかけらもないような男だ。

 全能力が平均的な成瀬に対して体力、筋力、持久力、瞬発力、など多くの面で一番の成績を誇り、加えて百九十センチ台の大柄な音無が放つ威圧感は相当な迫力だった。


「そんなの簡単だろ。最後まで残ったのが僕だからだ」

「それが納得いかないんだ! 俺は昨日の訓練でも今日の訓練でも一番脱落者を出してる。にも関わらず、最後に遠くから一発打ってるお前が一番なのが気に食わん!」

「いかにも実践的でいいじゃないか。本当の戦場では最後まで生きていた奴が勝者だろ。そこに至るまでの過程なんてどうでもいい」


 感情的に怒鳴る音無に対し、やる気のない雰囲気のまま取り合う成瀬。

 直情的で体育会系であるが故に揉め事の多い音無だが、無気力な成瀬とは特に衝突が多かった。


「そんなんじゃ戦争で勝てないだろ! 全員がお前みたいにぼーっとしてたら勝てる戦争も勝てなくなる!」

「そんなぼーっとしてる奴に二日連続で同じような負け方してるくせによく言うぜ」


 成瀬は淡々と、だが的確に音無をさらに怒らせる言葉を重ねていく。


「どんな気分か教えてくれよ。能力的に見たら絶対に負けるはずがない僕みたいなやつに成績優秀な音無が負ける気分を」

「……!! ってめぇ!」


 煽られてさらにヒートアップした音無が手を上げようとした瞬間、音無の後ろから「やめておけ」と声がかかった。

 音無の後ろに立っていたのは教官だった。


「口喧嘩程度なら見逃してやるが暴行なんかしたら重い罰を与えるぞ」


 教官に止められ流石の音無も上げた拳を下ろした。


「音無よ、そんなに成瀬が気に食わないなら、明日の私の訓練で発散しろ。明日はフォーマンセルを組んで更に実践的な訓練をする。お前達の強さの哲学を証明するために組む相手はお前達が決めていいぞ」


 教官は成瀬と音無の顔を見てニヤッと笑った。


「わかりました。俺は明日徹底的にこいつを倒します!」


 大声で宣言した音無は早速メンバーを集めるためにどこかへ走っていった。


「まためんどくさい事にしてくれましたね」


 成瀬はあいも変わらず気だるげにしていた。


「明日の訓練で直接的な決着がつけば、これ以上音無が突っかかってくることもなくなるかも知れんだろう?」

「だといいですけど。僕のメンバーは教官が適当に決めといてください。誰と組んでも一緒なんで。それから僕にメリットが少なすぎるんで、勝ったら教官の訓練免除くらいは融通してくださいね」


 そう告げると大きなあくびをしながら成瀬も去っていった。



 翌日、フォーマンセルの実践訓練が始まった。

 音無は自分を中心に成績上位のメンバーを集めた。中には射撃の成績トップの者もいた。

 それに対して成瀬のチームは成瀬と同じくらいの実力、つまるところ平均的なメンバーが集められていた。


「今日こそ成瀬をぶっ飛ばすぞ!」


 やる気満々な音無のチームに対して成瀬がリーダーという事もあり意欲的でない成瀬のチーム。実力差、チームの士気共に音無のチームに軍配が上がっているように見えた。


「あー、君たち。やる気のなさはそれでいい。ただ昨日までの意識は捨ててくれ」


 よくわからない成瀬の発言にメンバーが首を傾げていた。


「昨日までは『被弾しても脱落するだけ〜』くらいにしか思って無かっただろうが、今日は被弾は死と同義という意識でやってほしい。よく考えろ。相手の能力は自分達より圧倒的に上、そんな奴と戦場で正面から敵対して勝てると思うか?」


 全員が無理だとわかっている。わかっているからこそ負けを確信して士気が上がっていないのだ。


「勝てないことがわかってるんだったら対策は簡単だろ。まともにやり合わなければいい。わざわざ僕達が相手の土俵に上がってやる必要はないんだ」


 成瀬のチームメンバーは、それができれば困っていないといった表情で成瀬を見ていた。


「この訓練、僕の指示通りにやれば勝てる。今日だけ、この訓練中だけ、僕を信頼してくれ」


 元々勝てる気なんかしていなかったチームメンバーは少しでも勝てる可能性があるならと、成瀬の作戦に耳を傾けた。


「僕の予想では僕を倒すために音無は一人で行動し、射撃が上手い奴はこのポイントに隠れているだろう」


 成瀬が示したのは訓練場で最も狙撃のしやすい高いビル、ではなくそのビルを狙撃しやすいポイントだった。


「相手側のスタート地点からも近いし、まず間違い無いだろう。だから一人はここでそいつを狙撃してほしい」


 次に成瀬が示したのは先ほどのポイントを狙撃しやすいビルの隣だった。


「ここじゃちょっとズレてて狙撃できないんじゃないか?」


 当然生じる疑問に成瀬は答えた。


「相手は射撃ナンバーワンだぞ?自分が構える場所を狙撃しやすいポイントをまず一番に警戒する。だから少しズレた場所で構えるんだ。そしてうまく遮蔽物を使って体を隠すだろうがそれも心配ない。僕があえて相手に見つかる。でも身を乗り出さなきゃ狙撃できないような場所に隠れる。攻撃に意識を割く時、その分防御面は意識の外にいく。その隙を狙撃できるようにあらかじめ構えておいてくれ」


 相手の行動、思考パターンを踏まえそれを越える作戦を立てて行く成瀬に次第に士気を得ていくチームメンバー。


「それから、残りの二人は二人組で行動するだろう。一人で行動するのは原則タブーだからな。それを理解してない奴らじゃないだろう。ではそんな奴をどうするか。答えは簡単油断させて奇襲で勝ちだ。射撃する奴の指示で、さっきのビルを見回りにくると僕は踏んでる。そのビルで見つからないような所に隠れて、見回りが終わったと思わせ、油断を誘う」

「そんな簡単に隠れられるか?」

「それも問題ない。音無のせいでな」

 

薄く笑みを浮かべる成瀬。


「あいつが集めたのは昨日までの訓練で多くの脱落者を出した奴らだ。そういう奴は撃ち合うことが念頭にあるから銃を構えにくい場所の警戒はほとんどしない。そんな奴の後ろからひょいっと爆弾でも投げれば二人とも倒せる。弱者一人で強者二枚抜きだ」


 成瀬の作戦を聞き、いよいよ本当に勝てそうだと思ったメンバーの士気は十分に上がっていた。それこそ音無のチームに負けないほどに。


「あとはいつものように負けることなんて想定してない音無を僕が死角から倒せば勝ち。ただね、この作戦、君達のその熱意が邪魔になる」


 せっかく高くなった士気に水を差す成瀬。


「やる気なんかいらないんだよ。適当にやればいいのさ」


 成瀬がここまで士気を下げるようなことを言うのは理由があった。それは普段の成瀬の振る舞いにも通ずる理由。

 普段成瀬が勝つ方法も、今回の作戦も、自分の強さに甘えた傲慢な奴に弱さゆえの姑息さから生まれる知恵で勝ち取ったものだった。

 自分達が強いと思い始めるとこの作戦は機能しなくなる。

 弱いからこそ徹底的に相手の先読みをしなければいけないし、弱いからこそ、自分の存在を隠せる場所を見つけることができる。

 適当に生きてきて、大した力を得ることができなかった成瀬だからこそ辿り着けた勝ち方だった。



 その真意をチームメンバーに伝え無かったことで、成瀬の狙い通りチームの士気は下がり、成瀬の作戦が機能したことで、、簡単に音無のチームメンバーは脱落していった。

 メンバーが次々に脱落していき焦った音無は周囲の警戒を怠り、あっけなく成瀬に倒されてしまった。


「もう少し考えて生きた方がいいぜ。音無」


 最後まで煽ることを忘れない成瀬だった。



訓練後、成瀬は教官に呼び出されていた。


「訓練免除、考えてくれたんですか〜?」


 成瀬の気だるげな問いかけに不敵に微笑む教官。


「先の訓練。チーム全体の実力差を鮮やかに覆し、勝利へと導いた手腕。見事だった」


 こんなに素直に褒める教官に嫌な予感がした成瀬はすぐさま逃げ出そうとしたが、一瞬遅かった。逃げようとした成瀬を捕まえた教官は嬉しそうに続けた。


「私は感動したよ。すぐに上に報告したさ」


 面倒ごとに巻き込まれる予感がした成瀬は言葉を重ねて逃げ出そうとする。


「あー、作戦立てたのは僕じゃないですね。はい。僕は与えられた作戦通りに動いただけですよ。囮役だってやりましたしね」

「作戦立案の際の会話は全て把握している」

「盗聴でもしたんですか!?」

「いいや、他のやつに聞いた」

「……最悪だ」

「なんで最悪なんて言うんだ。上に掛け合ってやったんだぞ?お前の訓練を免除してやってもいいかって」

「……結果は?」

「オッケーだそうだ。更に喜べ! 他の教官の訓練も受けなくていいそうだぞ!」

「……あなたが嬉しそうにしていてよかった試しなんて一回もないんですよ。今回の訓練だけでそんなことになる訳ないじゃないですか。何か裏があるんですよね?」

「つまらん奴だなお前は。ああそうだ。兵としての訓練を積まなくていい代わりに現総指揮官直属で軍を指揮する訓練をさせるそうだ。大出世だな」

「偉い人直属!? 冗談じゃない。これまで以上にサボれなくなる」

「元々私はそっちの方が向いていると思っていた。明日から早速訓練を始めるそうだ。お前に拒否権はない。私たちの勝利のためにみっちりしごかれてきてくれ!」

「やっぱり最悪だ〜〜……」


 完

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