夢鑑之猫
序─
「年月明鑑 序文」
夢 鑑
読み終えて、ふう、と息を付きました。同時に張りつめていた糸が切れ、その瞬間に現実の世界に引き戻されるのです。
織紐を巻きつけて、本を棚の中に戻しました。
室内は
いいえ。
確かに窓はあるのですが、それは躙口の《にじりぐち》ようなもので、明かり取りの役目は果たしていません。
二畳ほどの狭い座敷の壁面は全て棚になっていて、棚の中は全て本でした。
本と言っても洋装本の
彼女が言うには、
此書は霊簿
これらの書物は
題を年月明鑑とす。
さながら霊廟とも言えるこの部屋の中には、いったい
実際に数えてみたことはありません。
でも。
読みました。殊の外、時間は掛かりましたが、棚の中に並んでいる本はあらかた目を通しました。
決して読み易い文章という訳ではありませんでした。読み慣れない、古典のような文体で綴られていたのです。その上、本はその方の命日の前夜からしか読んではいけないという作法の所為もありました。
廻る此日、夜夜、語り弔いて追善回向を為すが本書也。
不思議な作法です。読みたいときに読めないというのはとてももどかしいものがありました。
とは言え、読んでいる時、本に書かれている人物は過去にちゃんと生きて暮らしていたのです。直接お目に掛かったことはないのですが。
読む度に、そのような想いに駆られていました。
兎に角、残るは─。
目を落とすと、そこには、
何故、柩のようだと思うのか。
それは。
上蓋に置いてある
短刀の鞘には、銘木として名高い
それは、とても美しい
眠り猫を起こさないように、そっと畳の上に置いて、櫃を開けました。
中には、
そこから、壺を取り出して、畳の上に置きました。
蓋に手を掛けようとすると、動悸が激しくなります。
彼女には中のものは読まなくていいと念を押されていましたが、どうしても中が気になってしまいました。読むなと言われれば、読みたくなるのが道理なのです。当の本人が眠っている今なら。
ちら、と猫を見て、それから窓の方に目を向けました。
【後略】
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