灯明守の猫



 じきに夜が来る。

 こうを焚け。

 火を灯せ。

 朝まで絶やしてはならぬ。

 暗闇を近づけてはならぬ。


   ◇


 広間の奥に白木祭壇を据えて、その中頃に六灯がぼんやりと点してある。

荘厳そうごんなこと、この上ない。

壇上を飾っているものは、野辺のべ送りと言われる風習を色濃く反映している。

 輿こしに乗る座阿弥ざあみの表情に薄らかげりが見えた。

その慈悲のまなざしで、いったい、何を――。

憂いているのだろうか。

 このような薄闇ごときに、御身おんみ光明こうみょうを侵すことなど叶わないと言うのに。

 手を揃えて、長四角い箱の上に寄り添いながら、私はそう思っていた。その傍らには更紗さらさの鞘袋に包まれた短刀が一口ひとふり添えてあった。

 その箱は、ひつぎである。中には人間ひとむくろが眠っている。

 人間は弱い。

 おぼろげであいまいな存在になっているこの瞬間が一番、迷いやすい。闇に付け入られてしまう。

 御仏はこれを憂いておられたのだ。

 だからこそ、灯明とうみょうは絶やしてはいけない。

 その明かりは道標なのだ。

 行き先を見失わぬようにと、言う戒め。

 私はそう理解して、そのために待っているのだ。


 【後略】

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