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朝の宣言で、私は針の
というのも、先輩の取り巻きたちに『内紛』が起きたからだ。
先輩と私を見守ろうという
そのおかげで私に対する嫌がらせにまで手が回らないようで、今のところ何もされていない。個人的には穏健派に勝利してほしい。そうすれば私に平穏が戻る……と思う。
もっとも、全校生徒にカミングアウトしてしまって
あんなとんでもないことを言い放った後でも、彼らの中で先輩は神格化されたままだ。
その信仰の対象の前で『神』に
そう、危害と言えば。
私に頭突きを二つもプレゼントして断髪式まで開催してくれた例の上級生は、先輩の取り巻きたちから
個人的には頭突きも断髪も過去のことで今となってはどうでもいいが、彼女が次の『私』にならないかは少し気になっている。非難されて
とにかく、取り巻きたちがそんな短絡思考に
「でも、本当に先輩は怖いもの知らずですね。驚きを通り越して呆れます」
図書館閉館日の仕事を終わらせた後のティータイムの席で、私はため息混じりに言った。
数週間ぶりの先輩の紅茶は相変わらずいい香りがして、落ち着くと同時になんだか懐かしくて心の奥底にじんわりと染み入るようだった。
つい先ほど強硬派の取り巻きたちが「二人きりになんてさせない!」と図書館に押しかけてくるという騒ぎがあったが、先輩が「邪魔しないでください」と誠心誠意を込めた真顔でお願いすると全員ダッシュで退避したので、今は司書室には私と先輩の二人しかいない。元々切れ長の鋭い目と端正な顔立ちをしているせいか、無表情になると途端に凍てつくほど冷たい印象になって恐ろしささえ漂わせるのが
「あんなことをみんなの前で宣言して、全校生徒から敵視されたらどうするつもりだったんですか。信仰は裏切られると
「んー? それは考えてなかったなー」
ふふっ、ととぼけるように微笑んでから、私と同じ椅子に座っている先輩は紅茶のカップを傾けた。この様子だと手のひら返しはないと確信していたようだ。多分、なんらかの根回しを行った上での
「ん、
紅茶を上手く
今日はティータイム復活記念とかで、何とかいう高級な
というか、小さな椅子に二人で座っているせいで狭いし密着するし顔が近いのでじっくり味わう余裕がない。いつまたキスされるかわからない距離だ。本当に周囲の目というタガが外れた先輩のスキンシップは度を越している。
まあ、それを受け入れている私が悪いのかもしれないが。
「私はね、ヒナ。あなたを愛していられるだけでいいの。そばにいられるだけでいいの。他の誰かから恨まれたって嫌われたって構わない。ヒナがいれば、それでいいの」
「……重いです」
「えっ、あっ、ごめんね。ダイエットしなきゃかな?」
ギャグか、天然か。先輩のようなパーフェクトプロポーションの女性がダイエットしなきゃなんて言うと嫌味にしか聞こえない。
「いえ、物理的な重量の話ではなく。ともかく、公私をきちんと分けて、私を
「どうして?」
「私にばかり構って他の人を
「えっ……ヒナが私の心配をしてくれるなんて……やだ、嬉しい」
「いやそういうのはいいです。真面目な話をしているんですよ」
芝居がかった仕草で感激してみせる先輩に心底無感情なツッコミを返すと、先輩は
「別に評価なんて気にしませんけど? ヒナがいてくれれば、そんなのどうでもいいです」
と先輩は不機嫌顔のまま私のあごの下を指先でくすぐる。
だから私は猫じゃないってば。
「じゃあ言い方を変えます。先輩の評価が落ちたら私が困るんです。なので周りの人との付き合いもちゃんとして、今までどおりの『みんなの甲矢神先輩』でいてください」
「うーん……ヒナがそう言うなら、そうする」
「お願いします」
言って頭を下げると、先輩はよしよしとその頭を撫でた。みんなのことを心配するなんてヒナは優しいね、などと
単純に、先輩が私以外の人間を蔑ろにすると、私が先輩を
それが原因で取り巻きの過激派に今以上に恨まれていやがらせを受けるのは勘弁してもらいたいし、それで先輩が
それより何より、私のせいで先輩の経歴に傷が付くのが我慢ならない。
だからこのお願いは私の個人的なワガママであって、決して優しさなんかじゃない。先輩が思っているような他人を思いやる気持ちなんて持ち合わせていないのだ。
もしそれを持っていたなら……友達もなくいつも一人ぼっちでいるはずがないだろうし。
つくづく、私はつまらない人間だと思い知らされる。
「なんで先輩は私なんかを気に入っちゃったんですかね……。性格悪いし、地味を地味で塗り固めたみたいな私のどこがいいんですか」
「全部」
コンマ何秒すらも待たない即答だった。しかも真顔で。
「ヒナを意識したのは、あなただけ他とは違うなと思ったとき。こう言うのもなんだけど、私って取り巻きが多いじゃない? みんな私を聖人君子みたいに扱って
「実際、興味ありませんでしたし」
「
私の返答に先輩はケラケラ笑いながらショックを受けたフリをした。
こういう仕草は多分、他の誰も見たことがないのだろう。
私だけが知っている、先輩の一面。
「逆に私は、私に興味がないこの子はどんな子なのだろうと興味がわいた。いつも図書館にいて、本を読んでいて、無口で、地味で、メガネで……友達いないんだろうなーって」
「正確な分析です」
私の反発を引き出してからかうつもりの言葉だったようだが、事実なのでそのままうなずいておく。
すると先輩は肩透かしを食って苦笑した。
「いやいや。そこは怒るところよ、ヒナ。友達くらいナンボでもおるわアホー! って」
「おっしゃるとおりですので。というかなぜ関西弁」
「なんとなく、ノリで」
ふふふ、と子供のようにいたずらっぽく笑って、先輩はカップを手にとって紅茶を一口含んだ。
あれ、それ私のカップじゃなかったか……と思って先輩を見ると、どうやらわざとやったらしくニヤニヤしていた。間接キスされた私の反応を
大体、何度も直接キスしているのに、そんなことで私が可愛く照れたりすると思っているのだろうか。
「私に友達がいなかったから、先輩は私に興味を持ったんですか?」
「まぁ……そうであり、そうでもない、かな。ヒナに友達はいないんだ、いつも一人ぼっちなんだって思ったとき……じゃあ私はどうなんだろうって。そう思ったのね」
ふ、と先輩の表情が真面目なものに変わった。
私のカップのふちを指でなぞりながら、少し言いにくそうに話を続ける。
「私には知り合いはいっぱい……それこそ全校生徒に近い数の取り巻きはいるけど、彼ら彼女らは『友達』じゃない。休み時間にくだらない話で盛り上がったり、お互いあだ名で呼び合ったり、一緒に帰ったり、寄り道して遊んだり。風紀委員長っていう肩書きのせいもあるんだろうけど、そういうことをしてくれる『友達』は私にはいなかった」
意外でしょ、と私の顔を覗きこむ。
しかし、私はそうは思っていなかった。
特定の誰かと親しくできないのが
「私は彼らの偶像でしかなくて、それ以外の
「……寂しかったんですか」
微笑むように目を細めた先輩の瞳に揺らぎが見えて、思わず訊いていた。
うん、と先輩はうなずく。
「正直言うとね。
「…………」
意外だ。先輩が孤独を感じていたことも、それにひたすら耐えていたことも。
そんな気配は
みんなの偶像として孤独になることを自ら選び、それを受け入れているものだと思っていた。
先輩に興味がなかったときはともかく、二人きりで会うようになっても、先輩はそんなことをおくびにも出さなかったから気づかなかった。
私がちゃんと先輩を見ていなかったから……か?
「私は弱い人間なの。ヒナみたいに強くないんだよ」
「強い? 私が?」
またしても意外な言葉が先輩の口から漏れた。
全校生徒の前で彼らを敵に回すような発言をしても
「そうよ」
先輩は微笑んで私の頬を撫でた。
「あなたは一人でいても、何も揺るがない。強がりで孤独を気取っているような薄っぺらい感じじゃない。本当に一人でいることが平気な人なんだって」
「
「
「ありがとうございます」
実質『ぼっち認定』なわけだが、先輩は悪意を持って言っているわけじゃない……と思うことにしておく。私に悪意を向けるような人ではないし。というのは
「ねえ、ヒナ。私があの閉館日にあなたに会いに来て、最初に言ったことを覚えてる?」
「忘れませんよ。あんなことを言われたのもされたのも、生まれてこの
改めてじっくり思い出すような必要もなく、自分の名前を紙に書くのと同じくらい簡単に当時の光景を思い浮かべられる。
それほど突拍子もない衝撃的な出来事だった。
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