4-2
弁当屋を出て向かった先は、島に一つだけある警察署だった。警察署とはいっても、見た目や設備は派出所に近い。海沿いにぽつんと浮かび上がるその建物に滑り込んだ。中はすでにストーブが用意されておりほのかに温かい。額の汗を拭った。
「あの、一つだけ聞きたいことがあって」
「どうしたんかね」
派出所の中では、若い警察官が暇そうに座り、インスタントラーメンをすすっている最中だった。肩で息をしながら言うと、警官は立ち上がり、訛りのある口調で、僕を優しくなだめた。
「夏に、山奥の療養所が燃えた事件がありましたよね」
「あったけど、それがどうかしたんか」
「あれは、プロパンガスの事故だったんですか」
「そうだけど」
僕はくらくらしてきた。警官は不思議そうに僕を見ている。
「じゃあ、あれが事故って本当だったんですか!?」
「そうだよ。新聞読んでないのか?連日特集されてるし、今日の一面にだって出とうたぞ」
「新聞は、ついこの前解約したんです……」
僕はうつむいて、消え入りそうな声でつぶやいた。そしておもむろに顔を上げて、
「あれ、ぼくがやったんです」
警官は、驚きから目と口をいっぱいに開いたが、それをごまかすように笑った。
「あのね、大人をからかっちゃいけんよ。あの火災では何人かが亡くなっておられるんだ。いたずらにしろ、言う内容と相手を選びなさい」
予想できた返答に、腹がちくちく痛んだ。真剣な決意だったはずが、この状況ではただの異常者か悪戯っ子だ。
警官のほうは眉間にしわを寄せていた。大方、世間知らずのクラスのみそっかすが、罰ゲームに駆り出されたとでも考えているらしい。これ以上何か詮索されても面倒なので、僕は素直に謝った。彼は疲れて頬を掻き、僕と扉の外を交互に見た。
「とりあえず、もう外も真っ暗だし、親の人を呼ぼうか。きみ、名前は?」
「親に連絡するのはやめてください!」
あのやつれた母を電話口に出したくないので、思わず大きな声が出てしまった。
「じゃあお巡りさんが送っていくよ。本土の移民のごたごたの余波で、この島も物騒なんだ。最近は妙なガイジンもうろついてるそうだし……」
田舎育ちらしい彼は大きくのびをしたが、それを無理矢理に断った。去り際、頭を下げて謝る。
「変なこと言っちゃってすみませんでした」
詰め所を追い出され、僕は歯で唇の裏をかみしめた。
もう本当になにがなんだかわからない。文島モドキも、あの夜の火事も、全てが夢なのか? そんなはずはない、そんなはずはないんだ……。
■
学校では文化祭の用意が着々と進んでいるらしかった。今日は体育館でステージの設営をしなければならない。校内清掃と同じ割り振りなので、僕はまたあいつと一緒だった。
合唱コンクールで使うひな壇を倉庫から運ぶ仕事である。当然もやしっ子には向いていない。
まず全員が体育館に集められ、準備についての説明を受けた。ここにいる全ての人間が、あの火災を『事故』と考えているならばただ恐ろしい。僕は担任からひな壇の配置図と鍵を受けとった。
「谷崎」
担任に名前を呼ばれ、無言で顔を上げる。
「お前、大丈夫か? 最近休みがちだし、家に電話しても誰も出ないようだし……。お家のこともあって辛いのはわかるが、お前は受験生なんだ。そろそろ三者面談の日程も組まなくちゃいけない。いつまでも事故のことを引きずるわけにもいかないだろ。お前は頭がいい。せっかく能力があるんだから、向上心を持つべきだ。本土の高校でも目指してみないか」
「ごめんなさい。今は、そういうこと、考えられないんです」
謝れば、担任は息をついた。
「行きたい大学とか、夢とかはないのか?」
「まだ考えられないです」
言葉を濁す。担任は意外そうに声を漏らし、腕組みをした。
「ま、まだ中学生だから将来の夢なんかは変わったっていい。ただ、上を目指すことだな。後で選択肢が広がる。俺はな、谷崎は医者に向いていると思うぞ。理系科目、得意だろう」
「父の跡を継げってことですか」
「そういうわけじゃない。お前は人助けをすべきだと思うんだ」
揺さぶられる。まっさらな期待から生まれたその言葉が、純粋に心を掴んだ。
「何か気がかりなことがあったら、なりふり構わず立ち向かうのがいちばんいい。人生は思うようにいかないことばっかりだ。お前が今感じてる苦しみを克服した先輩は、いっぱいいると思うぞ」
担任は僕の肩を優しく叩いて、体育館から出て行った。肩に残る熱が有りがたい。
しかし、学校ではこのざま、家庭内にも居場所はなく、罪を吐露することさえ許されない中、僕が向くべき『前』はどこなのだろう。
気持ちはまた沈みかけていたが、気持ちを立てなおして『彼』を探す。どこでも目立つ『彼』の姿はすぐに見つかった。倉庫の扉の前で待ちくたびれた様子だったので、鍵を開けてやる。しかし扉をあけた瞬間背中を突き飛ばされ、中のマットの上に倒れこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます