4章:懺悔

4-1

 自首をしよう。僕は暗い道路を歩みながら考えた。

 みんなは疑うだろう。しかし、部屋を探せばペットボトルや灯油の残りが出てくるし、アリバイもない。そしてあの時僕は、油をペットボトルに詰め込んで、先に新聞紙を詰め込み火を点けた。方法と火元場所は僕ぐらいしか知らないだろう。

 僕はずっと、父のような人間にはなりたくないと思い続けていた。しかし僕も、所詮あの父の息子だった。エゴに塗れた血がこのからだを巡っているのだ。

 『逃避するのはよくない』。そうだな、モドキ。僕は間違っていた。

 ふと顔を上げると、遠くに弁当屋の明かりが見えた。最近めっきり日暮れが早くなった気がする。母の分の弁当も買っておかなければ……。今日と、自首する明日の分と。僕が父を殺したと知ったら、いよいよ母は狂ってしまうかもしれない。

 弁当屋の狭苦しい店内では、中年の女性店員が暇そうにテレビを見ていた。


「すみません。A弁当を三つ」

「三つ……ああ、はいはい……」


 完全にテレビに気を取られたままのおばさんは、奥の棚に引っ込んで何やらごそごそしていた。しかし、訛りの強い口調で、


「すまんねえぼく、Aセットは今一つしかないみたいなんよ。追加分がすぐできあがるから、待っといてな」


 それなら別のにしますと言いたかったが、おばさんに店内のソファを勧められたので、仕方なくそこに腰掛けた。マガジンラックから新聞を取る。


 地方紙の一面は、政治家の不正献金問題や、本土の隣市治安悪化についての記事などがいくつか並んでいた。テレビをザッピングするように新聞を捲っていたが、ある一点に、瞳が吸い寄せられた。父の療養所が燃えてしまった、あの日についての記事だった。

 まあ記事が載ったっておかしくないよな。僕は記事を読み始めるものの、記事のタイトルが引っかかった。


『このようなガス爆発事故を防ぐための方法を探る』


 爆発事故? 息が詰まるのが分かった。意図せず眼球に力が入ってしまう。さらに記事を読み進めた。

 記事は、療養所が燃えた事件を『プロパンガスの爆発』として扱い、施設の管理体制や、不完全な消火設備を野放しにしていた地元行政・消防について糾弾するシリーズ連載だった。

 書いてある内容はもっともだが、前提がおかしい。馬鹿な。あれは僕が火種をばら撒いて引き起こした事件なんだ。どうして、『プロパンガスの爆発』なんてことに仕立て上げられているんだ!?

 僕は新聞をマガジンラックに突っ込んで立ち上がった。店先の固定電話を借り、文島家に電話を掛けた。何回かのコールの後電話がつながり、周二に取り次いでもらった。家族で夕食中だったらしい彼は、不思議そうに聞いてくる。


『谷崎さん……? どうかしましたか』

「もしもし、周二さん、今お時間よろしいでしょうか。さっき新聞で見たんですが、希さんが亡くなった火事の原因は、何だと聞かされましたか?」

『何って、プロパンガスの爆発と聞いていましたが』


 問い詰められ、周二が弱々しく答えた。


『警察や他の人から、聞かされていなかったんですか? 新聞でもそう報道されていますよ』

「いや、つい先日、新聞を解約したんです……」


 それにしたっておかしな話だ。紅神様祭りの翌朝、火事の原因について母は確かに放火だと言った。それがなぜ、今更ガス爆発なんてことになっている? そんなもの、現場の有様を見ていれば、間違えるわけがない。


「プロパンガスって、そんなはずはないのに! あれは人為的に引き起こされた事件なんです」

『ええっ……僕はそうは思いませんが……。もし療養所全焼が事故ではなく事件だとしたら、もうとっくの昔に犯人は挙げられていると思います。小さな町、限られた時間の中での犯行ですし……』


 周二はぼそぼそと呟いた。


「周二さん! もう焼け跡には行かれましたか?」

『ええ、あの日の帰り道に、希の好きだった花を供えようと思いまして。捜査も忙しそうでしたし、手を合わせたくらいで、そんなにじっくりとは見てはいませんが……』

「ならあんただって分かるはずだ! 事故のはずない!」

『えっ、そんなこと僕に言われても困ります……』


 電話口から分かるくらい、彼は狼狽えていた。周二さんの性格とこの口調からして、嘘をついているようには思えない。


『お気持ちは痛いほど分かります。僕も希の死について聞かされた時、疑いを捨て切れませんでした。ですが、希はもういないんです。あなたのお父さんも』


 ――違う、そうじゃないんだ。

 いくら地方紙でも新聞は本当だし、誤報としても周二の言い分がある。だが、療養所に放火したのはこの僕だし、母だって放火と口にしていた。矛盾が生じている。

 犯人が見つからないので事故として捜査を切り替えた事も考えられるが、放火をプロパンガスの爆発に、というのはこじつけが過ぎている。冷や汗が出ていた。

 とりあえず、今はここにいる場合じゃない。


『谷崎さん?』

「ありがとうございました。変なことを訊いてしまってすみません。あとでお話聞かせてください」


 僕は電話を切り、店員も気にかけず一目散に外へ飛び出した。

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