3-4

 モドキの後をついて森に入り、雨の中をしばらく歩くと、洞穴にたどり着いた。石を組んで作られた階段を降り、木造りの扉を開く。

 扉の向こうには、木目調の六畳一間が広がっていた。部屋の内装はヴィンテージといったところだろうか。あちこちにがらくたが放ってある。


「モドキ、君はここに住んでるのか?」

「どこだって住めば都さ!」


 おんぼろ冷蔵庫からマドレーヌの箱を取り出し、出涸らしの紅茶と一緒に寄越した。僕はマドレーヌを一つ手にとった。


「さて、次は~~ぁ、君の罪を聞こう!」


 なんのことだ。震える声でなじると、モドキは相変わらずのニヤニヤ笑いで僕を見た。


「ちょっと、馬鹿馬鹿ばかばか止めてよねぇ! 此から話をききたいというのなら、まず君から話をするのが常道だろう? さあ聞こうか、君の罪を――告解を――! 全部、見えているんだよ?」


 うっとり楽しそうに目を細める彼女に、背筋が粟立った。マドレーヌを齧り吐き捨てる。


「そうだね。どうせ僕は文島さんに謝らなきゃいけないんだろ」

「なんだ、やっと話す気になったのかい、谷崎? 人生最初の初告白、初公判だねぇ! あぁ、ちなみに今の様子をテレビ中継して島全土に放送! なんてこたぁないから安心していいよ。此はただ聞きたいだけさ」


 はしゃいでいる。モドキの笑い声が酷く滑稽に響いた。


「しんりくんの!! ちょっと汚いとこ見てみたいっ! ざんげ! ざんげ! ざんげ! ざんげ!」


 モドキはハイテンションで囃し立てる。誰も居ないことを確認して、僕は菓子を嚥下し、モドキの金の瞳を見つめた。モドキがまばたきする。

 王様の耳はロバの耳。覚悟を決めて、僕は口を開いた。


「――文島希を殺したのはぼくだ」


 満足したのか、モドキが笑みを深くした。そうさね、と口を開き、


「君は父を大層嫌っていた。そんな時、友人として認めた文島が『彼』と恋に落ちる。父の一件で恋愛嫌いな上、君は『彼』のことを見下していたから、二人が仲良くなるのが許せなかった。やがて君は文島さんの中の女性性に触れてしまい、無意識下で『彼と文島』を『父と弓子』に重ねて憎むようになった」

「憎んでない」

「けれど、二人を邪魔しようとしたのは本当。放火までやらかした。ここ重要」


 言い返せず、僕は押し黙った。無言を誤魔化すようにしてマドレーヌを一口齧る。


「そして花火大会が訪れる。父に罵られた上、弓子さんとの現場を見た君は、父への怒りを爆発させていた。そんな時、都都宮アサヒから渡された花火セットのライターを見て、君は放火を思いついた。警察は花火大会に、療養所スタッフは上階につきっきり、所長の息子とあって建物の構造も分かっている。犯行は容易だ」


 モドキの、新品の磁器のような歯が、マドレーヌを噛みちぎった。


「だから君は燃やした。深い山の奥だし、田舎だからいい消火設備もなくて、小さな火種だったのが結局全焼に繋がってしまった。あの日はちょうど祭りがあったから人の目がなく、情報がなくてまだ足がついていないようだけど」

「本当になんでも知ってるんだな」

「君は底が浅いからねえ。大抵のことは見通せる」

「底が浅いなんてきみのいうことじゃないだろう。文島さんは一つからかうと三十言い返すような、乗せられやすい女だったぜ。だからあんな狼少年に引っかかる。ろくでもないやつだったって最後まで見抜けずに死んでいった!」

「乗せられやすいのは君も同じだねえ?」


 僕は舌打ちをする。モドキは髪を払って、けらけら笑った。しかしその後、一瞬だけ真剣な表情になる。


「だけど不思議なんだ。君の言動は全く罪悪感を感じさせないのに、ふと揺らぐことがある。まるで文島希に謝り、許しを請うみたいに! その気持ちのゆらぎはなんなんだ? 実に興味深い!」

「思春期特有のなんたらだろうよ」

「谷崎、君はまったくもってサイコパスだな!」

「僕の周りの大人もみんなそうさ。さぁ、僕は話した。だから君も話せよ」


 僕は憮然として言った。風でドアがぎいぎいきしんだので、僕は振り返り、ドアを睨んだ。


「ここは風に弱いな」

「どうも風だけじゃあないようだよ?」


 ドアがみしりと反って、次の瞬間大きな音を立てて開いた。雨と暴風が一気に流れこむ。僕は腕で眼鏡をかばいながら、ドアの向こうを見つめた。

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