1-5
「谷崎くんも大変ね。所長の息子だと、ああいうことがあるんだ、やっぱり。バシッと言ってやればいいのに」
「そういうわけにもいかないよ。美保さん、どこから聞いてたの?」
「エレベーターから出てから」
ほぼ全部じゃないか。
「……誰にも言わないで」
「わかってる。谷崎くん、……あのね、血は繋がっていても、心が繋がってなきゃ家族じゃないからね。お父さんと一緒にいるのが辛かったら、無理に一緒にいようとしなくていいんだよ」
分かったような口をきくな、と跳ね除けられたらいいのだけど、今はそんな気力もなかった。サイダーを購入し、ロビーに置かれたソファに腰掛ける。
「テレビとかで家族は大事、ってしきりに言ってるけど、じっさい、完璧に心が通じ合ってお互いを大事にしてる家族のほうがよっぽど珍しいんだから」
「……ありがとう。そう言えば、美保さんはどうしてここにいるの?」
「ああ、私? あいつが上手くやれてるか心配になって、私にも面会許可でないかナースセンターに交渉しに行こうと思ってね」
「美保さんはなんていうか、凄く世話焼きで、積極的だね……」
『彼』が文島さんに謎プロポーズする前に来てくれたらもっとありがたかったな、と思う自分がいる。美保さんの快活な笑いで、弓子さんに言われた嫌味も少しずつ薄らいでいく。
「谷崎くんも、あの人に何言われたか知らないけど、そんなの気にしなくていいからね。谷崎くんはきっと何も悪くないんだから」
美保さんは紅茶缶の蓋を開いて、一気に飲み干した。
「でも、アイツの付き添いだけじゃないのよ。福祉活動とか興味があったんだけど、なかなか機会がなくて! ここでは何も出来ないけれど、高校生になったら私もボランティアやってみたいな」
「あは……あ、あるらしいよ、港前の清掃ボランティアとか」
「私、来年島を出るんだ。首都の私立高校に行くの」
「首都の私立? どうして」
思わず声が裏返る。美保さんはいたずらっぽく笑って耳打ちした。
「政治家になりたいの。ママやパパみたいに」
耳を疑ったが、笑う気は起きなかった。美保さんは続ける。
「――叶わない夢かもしれないけど、一歩も努力しないまま人生を終えるのは嫌。自分がどこまで通用するのか、試してみたいんだ」
美保さんは秀才だ。地頭のよさと努力を怠らない姿勢で、学校ではぶっちぎりのトップを走り続けている。コンテストや表彰で本土、あるいは首都に渡ったことも多く、町ではちょっとした有名人だ。
大きな夢も、文武両道、品行方正な彼女なら現実味を帯びてくる。
しかし、そんな秀才の彼女がなぜ政治家などを夢見るのだろう。医者でもなんでも、もっと身近な職業でもいいと思うのだが。
美保さんは笑って言う。
「全ては革命意識ね! 辛い状況も、意識ひとつでどうにでも変えられるわ」
「……美保さんは凄いね」
「そんなことないよ。谷崎くんだからいうけれど、私はそう完璧な人じゃないよ」
「どうしてそんなこと言うの?」
美保さんが誤魔化すように笑う。
「谷崎くんも凄いと思うよ」
「そう」
僕ははっきり言って美保さんが苦手だった。全てに恵まれている人間への嫉妬かもしれない。
けれど、完璧人間のように見えた美保さんですら、壮大な夢に向かって必死になっていること、届かない苦しみがあることを知り、美保さんが少し近くに見えた。
『病気だからっていつもひょろひょろで不幸まみれなわけじゃない』、文島さんが放った言葉だ。完璧に見える人間だからって、全てが幸せで満ち足りているわけがない。
「――ごめん、つい話しすぎちゃったみたい。谷崎くんも忙しいのにごめんね。帰る」
「まだ居てくれていいのに」
「うち、民宿だから、夕飯の手伝いしなきゃいけないの、面倒くさいけど。じゃあね」
「あの、……また、学校で」
美保さんは快活に頷いた。去っていく美保さんの後ろ姿を見送る。
こんなやり手の女が幼馴染とあっては、彼がヘタレになるのも仕方ない気がしてきた。
思えば先週から、新たな出会いが多すぎる。文島さん、美保さんや彼。人間嫌いの僕にはキャパオーバーだ。
世界はいつも僕にやさしくないと思っていたが、美保さんは確実に僕に優しくしてくれた。
これからも、僕の世界は変わっていくのだろうか。そう思うと、なんだか無性にわくわくしてくる。
――そういえば、『彼』と文島さんは上手くやってるだろうか。
サイダーの空き缶を捨てて、僕は地下病棟へと向かった。
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