1-3

「なぁーによ、その怪我。この前あんなかっこつけた事言っておいて、今度は大怪我で登場? 満身創痍じゃない。あなたこそここに入所したら?」

「君は自己啓発本を読むより、部屋に入ってきた人にいきなり罵倒する癖を改める方が重要だと思う」


 翌週、再度訪れた病室での初めての会話だ。僕の左腕のギブスを一瞥し、文島さんは吐き捨てる。

 優しさいっぱい、笑顔いっぱいの美保さんとはえらい違いである。

 文島さんは自分の髪を指差してみせた。そこには赤い蓮の髪飾りが光っている。


「見て、これ。お兄様が送ってくださったのよ。蓮の花言葉は『神聖』ですって」

「へー珍しい珍しいー。ところで別の話なんだけど、君を担当する新しいボランティアが今日から来ることになったよ」


 僕の棒読みに不満気な彼女だったが、さっと泣きそうな顔になった。まあ適当に言いくるめておけばいいだろう。


「大丈夫、僕の他に追加でもう一人だから。決まった人とだけ話してもコミュニケーション能力は上がらないしね?」

「なるほど、それも一理あるわね。流石谷崎だわ! どんな人なの?」

「でかくて筋肉ダルマで囚人みたいな凶悪な顔つきをしたチンピラ口調の喧嘩っ早い狼男。他人を撥ねる暴れ牛。木偶の坊」


 文島さんはおもむろに枕を抱き寄せ、顔をうずめ、再度顔を上げて真顔で告げる。


「無理ね」

「彼もコミュニケーション苦手な中学三年生だよ! ほら共通点二つ追加」

「共通点があったところであなたとはかけ離れてるわよ! 大体人見知り三人集めてまともな会話が出来る訳ないじゃない! 三人寄れば文殊の知恵って言いたいの? 文殊の知恵どころか、三人寄って衆愚の集まりよ!」

「まあ僕は共通の知り合いだし、そこらへんはうまくやってくれよ」


 文島さんがため息を吐いて、せわしなく髪を掻いた。サイドテーブルから話し方のハウツー本を取り、しきりに手で撫でている。というか文島さん、さっき自分も衆愚に含めたな。

 部屋から出ると、こちらにも死にそうな顔の『彼』が立っていた。でかい図体を小さくすぼめている。


「君、入って自己紹介して」

「なあ谷崎やっぱりやめようぜ。俺繊細なお嬢さんの相手なんかできねぇよ」

「あ、気にしないで。文島さんは繊細じゃないお嬢さんだから」

「聞こえてるわよ!」

「ほら、言ったろ?」


 僕はあごをしゃくった。

 ガチガチに固まった『彼』が病室に入ると、文島さんも同時に身をすくめた。文島さんは条件反射的に『彼』を睨みつけ、『彼』も緊張のせいか強面な顔が更に凄まじい形相になっている。

 『友人に別の友人を紹介』というよりは、不倶戴天の敵が偶然顔を合わせたような張り詰めた雰囲気だ。戦国武将か君たちは。

 『彼』にスツールを勧め、自分も腰掛ける。『彼』は硬い表情のまま、文島さんに目礼した。お互い硬い声で、


「初めまして……」

「ほら、そんなに怖い顔しないで。虚勢張ってるけど、意地悪な子じゃないから」

「虚勢ってどういうことよ!」


 気の強い文島さんはついいつもの調子で噛み付いてきた。そして、しまったというように彼を盗み見る。彼は、おしとやかそうな外見と発言のギャップに目を白黒させていた。文島さんがあたふたと謝罪する。


「あ、あの、すみません」

「いや、構わねぇ。いつもの調子でやってくれたほうが楽だろうし、俺もそっちのほうが落ち着く……し」

「そ、そう……。あの、あなたもそのままの口調で大丈夫。そのうち慣れるから」


 強気な口調に美保さんの面影を見たのか、彼の表情が柔らかくほころんだ。


「すげぇいいとこのお嬢さんって聞いたけど、なんつーかあんまり気取ってねぇな」

「そこの谷崎よりはね。七、八年前からずっと病院で、あまり家族にも会ったことないのよ。だから影響が薄いのかもしれないわ」

「うん、じゃあ、あの……君、休日は何してるの?」

「仕事」


 多分初対面にしては重い話題だ。苦笑いしながら話をそらすと、文島さんが身を乗り出してきた。


「あなた、仕事してるの?」

「ん、あぁ」

「どんな?」

「新聞配達とか、あとは知り合いの店とか旅館とか手伝ったりして金もらってんだ」

「そんなにいい体してたら、さぞ仕事も捗るでしょうね。とても中学生には見えないもの」

「飛び入りでできる仕事ってえと、ここらじゃどうしても力仕事中心になっちまうから、筋肉つきまくってこんなんになっちまったけどな」


 彼は筋肉で張った二の腕を叩いてみせた。文島さんがうらやましそうに目を細める。


「凄いじゃない!」

「そうか……? まぁ、ゆうどき、海の家閉めるついでに海岸の清掃とかすると、すげぇ綺麗なんだぜ。手前もいつか海でも見に行けるといいな」


 さらりと放たれた一言に、文島さんの表情が凍った。

 彼女が地下病棟に繋がれているのは、日光が病気を進行させるからだ。

 その病が複合して発症したものか、彼女を死に近づけているものなのかは知らない。しかし、彼は話を聞いていなかったのだろうか。


「……そうね。海。……行きたいわね」


 そう言って文島さんはぎこちなく笑った。

 それから二人は学校での話に花を咲かせる。僕は派手な学校生活を送っていないので、彼の武勇伝を文島さんと一緒になって聞いていた。


 しかしこの二人、随分と馬が合うようだ。

 僕相手にはおどおどしっぱなしだった『彼』も生き生きとした表情だし、一番拒否していた文島さんがあっさりと彼を受け容れている。僕を挟まないと話せやしない、と泣きそうだったのが嘘みたいだ。


「水分補給してくる」

「いってらっしゃい」


 聞こえよがしに言っても、文島さんは目を細めて手を振ってくる。戻らなくていいわよ、なんて嫌味まで付け加える元気っぷりだ。

 案外効果的だったかもしれないな、僕の荒療治。『彼』との交友経験を元にして、正規のボランティアとも話せるようになるはずだ。そして僕は面倒なボランティアなんかから解放されて自由の身。

 しかし、さっきからずっと気になっていたことがある。この二人を見ていると、酷く喉が渇く。

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