第玖話 クーラ嬢―引退者の場合
「いらっしゃいませ!」
「「「いらっしゃいませー」」」
入口の大扉を開くと同時に、
即座にそれを追うように、広い店内を注文取りや配膳に動き回っている女性店員たちの声が唱和された。
結構混んでいる上、自分も忙しく動き回ってる割によく見ているもんだと感心する。
まあこの手の接客商売で、お客様がみえられたときに歓迎の挨拶をするのは基本中の基本だ。
そこを
それは
――お客様は神様です。
お客様が言うことじゃあねえとは思いもするが、店にとっちゃ忘れちゃならないことだ。
女将の声に即座に全員が追従するあたり、女性店員たちの教育も行き届いているようで、さすがだというべきだろう。
元
この酒場の大将、ガイルの旦那の奥さんでもある。
忙しい酒場を取り仕切るのに少々くたびれてはいるようだが、まだまだ看板娘と言っても通るであろう美貌は維持されている。
少しくすんだような
気の強そうな細面に、切れ長の瞳はあいも変わらずお美しい。
大型酒場の女将として働く日々はハードな反面、体型維持に気を配ってもいられないのだろう、
娼婦としての体型維持と、大型酒場の女将として必要とされるタフさはまたまったく別のものなんだろうしな。
別に娼館じゃあるまいし、女将が体の
正直に言わせてもらえば、今くらいのほうが
ちょいと崩れ始めた、もともととびっきりの躰ってのには妙な魅力があるものだ。
――腐る直前の桃が一番旨い……なんて例えた日には張り倒されるから口にはしねえが。
まあ少々崩れたとはいえ、多くの
娼館とはまた違った
自分もその範疇に含まれているからあれだが、男ってなあ変わった生き物で、直接的ではないエロってやつにもキッチリと需要がある。
どうあっても直接的な娼館だけで、男のすべての欲望を満たすのは無理なのだ。
――触れられないからこその愉しみ方ってやつは、上級向けとでもいやいいのか。
娼婦はとっくに
今頃厨房で一生懸命鍋を振るっているだろうガイルの旦那も、相も変わらずあのでけえ尻に敷かれてんだろうなあと思うと、あんまりうらやましくもならねえ。
『昼間鍋振って稼いだ金で、夜腰振りに来る』ってな、ガイルの旦那が
うまいこと言うもんだと苦笑いしていたもんだが、結果きっちりクーラ嬢を嫁にしたんだから、どっちとも一生懸命振った甲斐があったってもんだ。
いや振ったからクーラ嬢落とせたってわけでもねえんだが。
客の入りは八割方ってところか。
この時期この時間帯としちゃ充分な
商売繁盛で何よりだ。
元「
「
五大と称される他の酒場は、吟遊詩人による歌唱、踊り子によるダンスなどのショー、綺麗な姉ちゃんが酌をしてくれるサービスなんかも提供している。
その中では「
ガイルの旦那の料理は旨いし、値付けも適正よりゃちょっと安いくらい。
酒の
そこには当然仕掛けがある。
くるくると店内を動き回っている女性店員たちは綺麗どころを揃えている。
彼女らは別に踊るわけでもなけりゃあ、隣に座って酌してくれるわけでもねえが、その衣装はかなり扇情的だといっていいだろう。
とはいっても、ただ露出している肌面積が広いってわけでもない。
露出度で言うのなら、踊り子なんかの衣装のほうがよっぽど肌面積は広い。
だが極端に胸を強調したデザインのトップスと、かなりのミニスカート、そしてその
「絶対領域」ってやつは、異世界になっても通用するもんだと感心させられたもんだ。
まあ見えそで見えない、プラス運が良ければごく偶に見えるの組み合わせに破壊力があるってのは、男であれば認めざるを得ないところだ。
運よく見えた時のために、下着はお貴族様か高級娼婦でもなきゃ身に着けることはないような代物を用意してるしな、ガイルの旦那は。
――これは別に俺が
正しくはヒントくらいにゃなっちゃいるんだろうが、ガイルの旦那ほか数人と酒飲み話で、それぞれが思う「そそる格好」で盛り上がったのを元に、ガイルの旦那他数名の現地の方々が具現化させた代物だ。
衣装担当したガイルの旦那の友人は、今じゃ結構有名な仕立て屋になっている。
うちの嬢たちの衣装を頼むこともあるしな。
酒場として適正価格で酒と肴を楽しみながら、そういう格好をした別嬪さんらと軽い会話程度を楽しめるというコンセプトが、まあ有体に言えば
その結果、「
最近では
この手のある種高尚()な趣味が受ける素地があるのは、グレンの王様が頑張って平和を維持してくれてるおかげと言える。
荒くれ者が多いこの国で、お預けくらうようなコンセプトに文句言うような層は、冒険者にしても正規兵にしても女将絡みの
冒険者ギルド長と王国元帥が「たまに顔を出す」店で馬鹿やろうって
まあ中には
おかげで娼館通いや他の大手酒場で姉ちゃんに酌してもらうのは
こういうコンセプトを楽しめる連中は冒険者、正規兵を問わずいるようで、結構な大物も
今日はたまにゃあ外で呑むかってことで、ルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢と一緒にお邪魔させてもらった。
ここの常連さんたちはたまに俺が
せっかく外で呑むのに、個室に引きこもってたんじゃあ意味がねえし、かといって勝手のわからない店に
その点、大将も女将も俺たちをよく知ってくれていて、常連さんらも慣れてくれているここは居心地がいい。
「こりゃまた珍しいじゃないか、
女将自らが俺達四人を奥よりの空いた席に案内してくれながら、話しかけてくる。
その一角は常連ばかりで固めているので、俺たちが呑むのにもちょうどいい。
幾人かは顔見知りがいて、軽く会釈をしてくれるが、ルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢が一緒にいることに少々驚きの表情を見せても騒ぐような方々はいない。
一応三人ともフードとか被っっちゃいるしな。
「そういうわけじゃねえけどよ。たまにゃあ外で呑むかってことで、お邪魔させてもらったよ。――相変わらず商売繁盛のようで何よりだ」
特に今日は何かがあってってわけじゃないのは本当だ。
ただちっと気になる噂を俺が耳にしたってのはあるが、三人は俺が呑みに行くと言ったら当たり前のようについて来たってだけだ。
この三人に揃って休まれるのは
定期定休日以外じゃ年に何度もないことだが、
店が開いている限り、
幸い自分のユニーク魔法のおかげで、体調不良でお休みってことだけはありえねしな。
「おかげさんで。……しっかし相変わらず仲がいいねえ。「
確かにそれはそうだろうな。
――まあ役得だ、役得。
「自分の店を安酒とか言いなさんなよ」
「王宮の夜会と比べっちまえば、五大酒場揃って安酒場さ。料理の腕と酒の
女将は豪快に笑い飛ばす。
ガイルの旦那の腕と目利き、自分たちのサービスの質を卑下しているわけじゃない。
確かに王宮の夜会で出される素材は桁違いだし、そこに参加することが可能な三人を連れてる俺に対する冗談の一つか。
「まあ誰か一人だけと行った日にゃ、大騒ぎになるんだろうからしょうがないか。――あんたらもブレないねえ」
それは確かに後が怖いな。
女将の言葉に、三人は苦笑いだ。
大先輩の前では、この三人でも普通に小娘みたいになるから可愛らしい。
――思ってみりゃ、俺はこういう三人を見るのは好きなんだな。
「まあゆっくりしてっておくれな。申し訳ないけど
「ああ、ガイルの旦那にゃよろしく。あとは好きに呑んでるから気にしねえでくれ」
「はいよ」
ひらひらと手を振りながら、女将は仕事に戻ってゆく。
くそ忙しそうではあるが、楽しそうでもある。
自己満足ってことはわかっちゃいるが、正直なところでもある。
だからこそ、俺の立場でできることはできるだけしたいとも思う。
「いつ来ても大変そうじゃが、いつ見ても格好いいのう、女将さんは」
「ねー。
「こういうのも憧れますよね? 私たちも考えちゃいます?」
前の妄想の続きかよ。
確かに三人ならサマにはなるんだろうけどよ。
俺の役どころがねえぞ。
ガイルの旦那みたいに料理なんざ出来ねえからな俺は。
「ふむ、料理は私が作るし、酒はリスティアが専門じゃしな。ローラは女性店員率いて今の女将さんのポジションがぴったりじゃろうし、ありかもな」
そういう配役かよ……
「お酒のことなら任せてください。オリジナルのお酒も造りますよ!」
そんな特技持ってたのかよリスティア嬢。
えらい値が付きそうだな、それ。
ただそれ真っ当な酒なんだよな?
飲んだら「竜殺しの英雄」と「賢者の弟子」が我を失って決闘始めるような代物じゃないよな?
「私そういうの得意ー。ここと人気を二分するような衣装も考えちゃうよー」
いいかローラ嬢。
素っ裸は衣装とは言わねえし、それはもう酒場じゃねえ。
可愛い衣装を着たいってことで、艶を売るのは躊躇われるけどそういうところで働いてみたいっていう素人の別嬪さんも集まらねえぞ、それじゃあ。
いや意外とローラ嬢の小物とか正装のセンスがエロ可愛いってのは知っちゃあいるが。
「……俺のやることねえじゃねえか」
思わず口をついて出た言葉に、三人が会心の笑みを浮かべる。
いかんつい本音が漏れた。
どうもシンシアの姉さんの罠にはまってから調子が狂ってやがる。
もっといや、三人で来ない未来予想図で呑んだ夜からか。
「……ほう。
「ふっふっふ、
「い、意地悪いっちゃダメです。
俺にとっちゃ助け舟だが、またしても一人だけ同調しなかったリスティア嬢が二人から責められているのを溜息交じりで眺めることしかできない。
店関係をやるとなったら、今とあんまり変わらねえなあ。
まあ俺のユニーク魔法が疲労回復程度にしか使えない仕事なだけ、今よりゃいいか。
――俺が自分のユニーク魔法が役に立たないほうがいい、なんて思うようになるとはね。
まあそういう下支えの部分をやるのは嫌いじゃねえし、適材適所だな。
意地張ってもしょうがねえから正直言うけど、まぜてもらえるんだったら何でもやりますよ。
食中毒だのなんだの、酒場にとって致命傷な事は俺がいりゃ発生しようもねえしな。
――とはいえ
「俺らがここの商売敵になってどうするよ。元仲間の商売を邪魔することはできりゃ避けねえか?」
「お、
やかましい。
こういう話は真剣にするからこそ面白いんだろうが。
もたもたしてたらほんとに三人とも嫁にしちまうぞ。
「そうなったらへっぽこ冒険者が一押しかなー」
へっぽこいうなや。
まあ確かに討伐クエストとか受けれそうもないけどよ。
「世界を旅して周るのが一押しです!」
それもいいけどな。
そうなると俺は完璧にヒモなんだよなあ。
勤労が美徳とかまでいう気はないけど、最低限は自分で稼ぎたいもんだ。
四人揃って引退後の道楽と考えりゃあいいんだろうけどよ。
どうも最近呑めばこの手の話ばかりだし、呑む機会も以前よりゃ増えてきてる。
まあ俺自身楽しめちゃいるし、それで三人が機嫌よくいられるんならありっちゃありなんだけどな。
――どうにも会話がループしがちでなあ。
まあ酔っぱらいの会話なんてそういうものだと思いもするが、昔馴染みが顔合わすともう何百回したんだって話題で盛り上がるって話とよく似てて、なんだかなという思いもありはする。
ルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢が笑ってりゃあまあいいか。
何より俺が楽しいんだから余計な事はいいとする。
酒呑むときは馬鹿でいい。
そうやって笑って呑んでいると、入り口付近でちょっとした騒ぎが起こった。
女性店員の拒絶の声と、客の下卑た笑い声。
本来この手の酒場じゃ日常茶飯事と言っていい光景なんだろうが、冒険者ギルド長と王国元帥が
――
いい具合に回っていた酒を、自分のユニーク魔法で完全に体内から消し去る。
一瞬で素に戻るこの感覚は嫌いじゃないが、酔っている自分がどれだけ正気じゃないかを思い知らされてぞっとすることも確かだ。
この席まで巻き込まれることはないだろうが、三人を酔った状態のままにしておくのも怖いので、申し訳ないが素に戻させてもらう。
「なんじゃ、やっぱりこの手の騒ぎがあるのを聞きつけておったのか」
「まーまールナマリア。今回は私たちが勝手について来ただけで、文句言うところじゃないよー?」
「
「わかっておるわ。しかしこの店で騒ぎを起こすとなると……」
騒ぎと同時に俺の魔法を三人にもかけたので、俺が今日この店に来た意図を瞬時に理解したようだ。
別にガイルの旦那や元仲間の女将に頼まれたってわけじゃあないが、最近この店で性質の悪い客が騒ぎを起こしていると聞けば気にもなる。
余計なお世話かもしれないが、気楽に呑める数少ない店の空気が悪くなるのは俺としても好ましくない。
ルナマリアの言うように、この店で騒ぎを起こすとなれば王都グレンカイナの
流れてきた傭兵団あたりだろうと予想していたが、あたりだったようだ。
ガイルの旦那や女将は、勝手にこの国の重鎮たちの名前を出して、厄介な客を追い払うわけにはいかない。
あくまでもそれは
だからこそ、新参者には通用しないこともある。
一方で暗黙の了解とはいえ己の名前を意に介さない存在を、怖いおじいさんたちは容赦してくれない。
時間の問題で怖い人たちが出張ってくるのは間違いないが、知ったからにはそれまで嫌な思いをするお客様や店で働く女の子たち、ガイルの旦那や女将さんを放置しておくこともないだろう。
俺が少々余計な真似をしても、結果としちゃその傭兵団の上層部には感謝されるはずだ。
仕事が欲しくて流れてきたんだろうから、雇主候補と揉めたくなんかはあるまいしな。
「ちょっと待っててくれ。この店のルールを守らないことがどれだけ自分たちにとって不利益か、ちょっとお伝えしてくる」
こういう時は三人とも素直に従ってくれるからありがたい。
どれだけすげえ人たちを虜にしているとはいえ、荒事においてはただの女の子だ。
飛び切り綺麗なだけ、巻き込まれれば事は大きくなるしかないしな。
出来ればここへも一人で来たかったくらいだが、あんまり過保護が過ぎると三人ともへそ曲げやがるしまあしょうがない。
三人を残して席を立とうとすると、常連席に座っていた先客の何人かが先にすっと立ち上がった。
こちらへ向き直り、フードを外して軽く会釈してくる。
――ああ、もう怖いおじいさんが動いていたか。
冒険者ギルドの中でも知った顔だ。
その中の約一名の顔色が悪いのは、つい最近ちょっと怖い目にあったからだろう。
俺があわせたわけじゃないが、トラウマになってなけりゃあいいが。
リスティア嬢が軽く目を合わせると、厳めしい顔がちょっと崩れたみたいだから大丈夫か。
本来この程度の
「……先に動かれておったの。それとも
いやそりゃないだろう。
同じ時期に情報を捉まえていて、即動いたのが今日だったって事だと思う。
この手の情報は正規軍よりも冒険者ギルドのほうが耳が早い。
娼館の
まあ「竜殺し」が出張ってるんなら、お行儀の悪い新入りも素直に引き下がるだろう。
傭兵団の団長殿はちょっと嫌な汗をかく程度で済むはずだ。
ただの娼館の
こうなりゃでしゃばる意味もない。
酔いを消し飛ばす必要もなかったな。
傭兵稼業やってるような連中で、グレンの「竜殺し」を知らないやつなんかいない。
案の定、行儀の悪い新入りはすごすごと引き下がったようだ。
「見直したか?」
「何がですか?」
御贔屓様のかっこいいところ見てどうかと思って聞いてみたが、リスティア嬢はきょとんとしている。
大変だなあ、ラジュリスの旦那。
またのご来店をお待ちしております。
「出番を取られて不満かえ?」
「んなこたねえよ」
余計な事しなくて済むならそれに越したことはない。
積み上げてきた人間関係が、わざわざ言わなくても俺たちの
「じゃー、
「後でお店の衣装でお酌しますから、待っててくださいね?」
そういって、女将のところへ三人揃って交渉へ行く。
あの三人が飛び入りで店員やってくれるってんなら、二つ返事で
「
元仲間のために骨を折ろうってないい心がけだが、実はこの店の衣装を身に付けたいだけじゃねえだろうな。
お客様たちに愛想振り撒くだけ振り撒いた後で、その衣装のままこの席に戻ってくるつもりみたいだが冗談じゃねえ。
どうにか逃げる算段を始めていると、着替えに入った三人の代わりに女将が俺の席にやって来た。
客も増えてきてるのに仕事はいいのか、若女将。
「相変わらずお人よしだね、
余計な世話焼きはばれてるようだ。
「今回俺はなんにもしてねえよ。あいつらはこの店の衣装着てみたかったんじゃねえかと疑ってんだが、どう思う?」
「それもあるかもねえ」
そこは女将も苦笑いだ。
女の子ってのはどうしてもそういう部分はあるしな。
ああいう露骨に男の視線を意識した衣装であっても、巷で「可愛い」となると着てみたくなるものらしい。
あの三人であればさぞかし似合うんだろう。
それに触れられるとなれば、今晩で
「ま、できりゃあ今回みたいな困ったことがあったら、はやめに教えてくれればありがたい」
余計な世話焼きがばれているんなら、この際本音も伝えておく。
手遅れってことは滅多にはないだろうが、知らない間に事が取り返しのつかない事態になるってのは御免蒙りたい。
「遠慮してたわけじゃないんだけどね。
「そう言ってくれると救われるよ」
女将のいわんとすることはよくわかる。
この国の重要人物たちのとの誼があるだけに、俺の言動はどうしたって実利が絡む。
だからってやらないってのもおかしな話だ。
「
「実はそういってほしくて余計な真似してんだよ」
「はいはい。素直じゃないのは師匠譲りかねえ」
弟子は師匠に似るもんなんで、すいませんね。
素直な俺ってのも大概気持ち悪いが、素直な
お互いに
こんな想像してるなんて知れたら、
俺にとっちゃ何のつながりもない異世界で、それだけがよりどころと言ってもいい。
誰彼かまわずいい人でありたいとは露程も思わない。
俺は身内にさえいい顔できりゃあそれでいい。
あれだけの力を持っている
体調管理くらいしか取り柄のねえ俺なら、なおのことだ。
「優先順位を付けられるってのは大事な事だと思うよ
「こいつはごちそうさま」
「お粗末様。だけど一番じゃなくたって大事なもんは結構あってさ。できるだけ大事なもんは大事にしたいさね。――お互いにさ」
それもよくわかる話だ。
まあ肩ひじ張らずに、助け合えるところは助け合っていけたらいいな、お互いに。
弱ってる時にゃ、愚痴聞いてくれるだけでも助かるもんだしな。
「ま、私が今幸せだって言えるのは一番は旦那のおかげじゃあるけど、
にやにや笑う俺の表情に気づいて、女将の声が尻すぼみになっていく。
らしくもなく、しゃべりすぎたってところか。
それだけこの店が困ったときに、助けようと動いてくれた連中がたくさんいたことが嬉しかったのだろう。
勘弁してくれ、にやにや笑いでも浮かべねえことには、うっかり涙目になりそうだ。
「……
おっと攻撃こそは最大の防御と来ましたか。
しかもよく知ってるだけに、一番弱いところを突いてくる。
「俺にそこまでの甲斐性はねえよ」
「馬鹿だね、無けりゃ捻り出すんだよそんなものは。――男だろ。大体一人を選ぶ度胸もないんだったら、無理矢理でも甲斐性付けるしかないだろ」
――男はつらいよ。
どう言い返そうかと考えていたら、店内が騒ぎに包まれる。
先刻のものとは違い、祭りが始まったときのような空気。
この店おなじみの衣装に身を包んだルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢が店内に姿を見せたからだ。
大したもんだ、場に出ただけでお客様を盛り上げる。
華があるってのは、ああいうのを言うんだろう。
「……あの子たちに惚れられてるってだけで、充分だと思うけどねえ。――
そういうもんかね。
まあ当面は騒がしい日々を続けていくよ。
悠長に見えるかもしれねえけど、俺は今の日々を悪くねえと思ってる。
困ったら泣きつくから、そん時はよろしくな?
「ま、外野の一意見として聞いといてくれればいいよ。――さって、あの子らのおかげで忙しくなるから働いてくるよ。しばらくは寂しいだろうけど、ゆっくり呑んで行っておくれ」
そういって女将は自分の仕事に戻ってゆく。
俺はそれを見送りながら、さてどうやってここから逃走しようかと思案を巡らせ始める。
まああの三人から逃げおおせるなんて、自分でもできるとは思っちゃいないけどな。
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