第柒話 ファルラ嬢とルクレツィア嬢―中堅の場合
ああ眠い。
朝っぱらから人の道に外れた所業だと想いはするものの、欠伸が出るのは仕方がねえ。
こちとら日が落ちてからまた昇るまでを商いの時間とさせていただいている、娼館の
「先々の、時計になれや
お天道様が昇ってる間は、大人しく寝ておくのも仕事のうち。
どうにも全てを隈なく照らすお天道様の光は落ち着かねえ。
獣脂や蜜蝋でつくられた蝋燭が燈す灯りの方が、自分達の時間だという実感がわく。
もっとも「
麝香やらの香りが立ち込めているのが「娼館」ってもんだからしょうがねえ。
なにごとも
とはいえ播種待ち月である今頃は、毎年お国への「序列更改」のための資料提出が義務付けられているから、こうしてらしくもねえ残業をする必要がありやがる。
――この国には公的な娼婦の序列がある。
王都で店を構えているような娼館に所属している娼婦たちは、当然ながらみな所謂「公娼」で、年に一度序列更改が行われるって寸法だ。
地方都市になってくると「私娼」も多いが、さすがに王都じゃ見かけねえ。
序列は単純に六段階。
「
「
この前別件でリスティア嬢をとっちめはしたが、俺が「
「
あいつらが一番俺の無実を知ってやがるくせに、面白がってやがる。
身内は身内で、中堅になる際に仕込まれるとか、トップ10入りしたら仕込まれるとか訳の分からん噂もありやがるらしい。
――冗談じゃねえ。
本当に俺がそんな娼婦を化けさせるような
これでも君子のつもりじゃいるんで、危うきには近づかねえことにしてる。
序列更改についちゃ「
ぶっちゃけ直近一年で稼いだ額で評価され、当然のことながら「
はっきりいや普通の人気嬢としてたどり着けるのは、この「三枚花弁」が上限と言っていいだろう。
つっても「三枚持ち」となりゃどの箱だってトップクラスの
まあ箱の
過去一年の実績そのまんまと言えるからあながち間違っちゃいねえ。
中にゃ
酔っ払っててわからなかった奴はしらん。
罵られて萎えるなり、目覚めるなり好きにしてくれとしか言えねえ。
逆に「
まあ今度「
まあ夢の無い話をすりゃ、そういうとびっきりの新人は店の方でお得意様に紹介するから、時間売りで偶然掴むってのは実際にゃほとんどねえ。
だが稀に田舎から出てきた嬢ちゃんが、一年の間に化ける事もあって侮れない。
そういうのは原石見つけて磨いたお客様の勝ちで、俺ら店側の人間としちゃ恥じ入るばかりだ。
冗談じゃなくお客様の中にゃ、そういう
すぱんと落籍されちまって、店としちゃ涙目になることが多いがそりゃ仕方がねえ。
最初にその嬢の
実際大変なのは「
「
ところが「
他所の箱の看板嬢が「
「
「
この国で「
「
どこの箱に居たってなれる嬢はなれるもんだと思いはするが、一方で「
推薦状に必須なその嬢の「御贔屓様」――一定以上の社会的地位をお持ちでなけりゃ話にもならない――は、箱によっちゃどうしようもない部分ではある。
貴顕がご贔屓にしてくださる店ってのは、思いのほか少ないもんだ。
娼館通いなんてえと確かに外聞はよろしくなかろうし、立場が上になればなるほど万一のトラブルの際に失うものも多くなる。
いきおい慎重にならざるを得ないってのは、よくわかる話ではある。
その点「
この国に所属するお客様であれば、「通っていてみっともない店」には絶対にならない。
その点はガイウスの旦那に、ひいては王弟殿下を骨抜きにしちまったルナマリアに感謝するべきところだな。
シルヴェリア第一王女とジャリタレ、アレン王子については除外する。
ありゃどっちかってえと、正直害の類でしかねえ。
上得意様に王宮関係者は山ほどいるし、
今回「
娼館としちゃ、「花弁持ち」が増えることはいい事だ。
店の格と売り上げに直結するし、マイナス要素はないに等しい。
だが「推薦状」を書くからにはその嬢らが何か馬鹿やった時に「
「
一度「
なった直後は当然
娼婦を
それだけ値打ちのある「序列」だけあって、勢い「推薦」も慎重にならざるを得ない。
今俺の執務室に、らしくない緊張の面持ちで座っている二人。
一人はファルラ嬢。
今現在は「
別に
特にファルラ嬢はその美しさに定評のある銀虎族で、「
銀虎族らしく輝くような銀髪と金の猫眼。
引き締まった肢体と、あんのか無いのかわからんようなうすっぺたい胸――睨むなや――が
兎さん系や狐さん系をこよなく愛するお客様の情熱には、時に気圧されるものがある。
あと
俺のユニーク魔法があるので、その辺は最高のコンディションを維持できているしな。
大きな猫瞳と愛嬌もある整った顔に、特徴的な猫耳と髭。
ある種のプレイには恐怖を感じるんじゃねえかと思うんだが、八重歯というには鋭すぎる牙が可愛いっちゃ可愛いのか。
ああ、一晩中尻尾触ってるお客様もいるとは聞くな。
人懐っこいといや聞こえはいいが、高級娼婦としちゃ少々品位に欠ける。
うちのトップ3も俺といるときゃあんな感じだが、
「
ファルラ嬢が「
出来りゃしてやりてえってのが本音の所だ。
もう一人はルクレツィア嬢。
状況はファルラ嬢とほぼ同じで、こっちゃ同じくらい珍しい
中でも一部じゃ「高位種」とも呼ばれている森林長寿族。
まあ俺の知識で言ってしまえば「エルフ」のねーちゃんにしか見えない。
それだけに人気は物凄いが、ある種のお客様にしか耐えられない
俺がエルフにしか見えないというように、抜けるような白い肌と細い体躯、輝く薄い色の金髪は美しく、これまた胸はほぼない。
――事実に基づく、極めつけの毒舌。
極まれにそっちの性癖もお持ちのお客様は、唯一無二の存在となって他の嬢には見向きもしなくはなるのだが。
俺なんかじゃ一発で男としての自信と尊厳を粉砕されそうなんで、正直苦手な嬢ではある。
「はやい」「下手」「独りよがり」なんぞとあの鈴を転がすような声で耳元で罵られながら、腰をふれるお客様は本当にすげえと思うわ。
この手の需要ってのは、常識じゃ推し量れねえ。
初期こそ苦情もあったものの、最近じゃもうルクレツィア嬢は「
――正直俺もちょっと尊敬している。
ルクレツィア嬢が「
一人目は「
一度挨拶したこたあるが、あの人の種族はなんなんだろうな。
どうやら二人は知り合いのようで、対抗意識もあるんだかないんだか。
ルクレツィア嬢は淡々としていて、何を考えているのかいまいち掴みづらい。
接客商売にゃ、まるで向いていないように見えるんだが、この手の需要(以下略
「二人とも俺に呼ばれた理由はわかってると思う。条件的にゃ整ってるから、まあ念のための最終確認と思ってくれりゃあいい」
俺の言葉に二人とも真面目な顔で頷く。
この二人が仲いいってのが意外っちゃ意外だが、正反対なだけに気が合うのかもしれねえな。
あるいはナイチチ同盟か。
「
貴顕のお二方にゃ、こっちで問題ないことを確認取れちゃあいる。
もともとローラ嬢とリスティア嬢の紹介だから心配しちゃいないし、ここのところマメに通ってくだすっているから、先方が気に入ってくれていることは間違いねえ。
ただどうしてもファルラ嬢とルクレツィア嬢が「
「ないです! 今夜も来てくださるって言ってもらってます。
「――ない。メリューはいい声で泣くから好き」
だから俺にさらっとお客様の性癖を話すな。
あとお客様をファーストネームで呼ぶな。
二人っきりの時なら好きにすりゃいいが。
真面目な場で会う事が多いんだから、微妙な表情になっちまったら困るだろうが
――まあお前たち二人の筆頭客となりゃ、だいたい想像もつくんだけどさ。
「ならいい。「推薦状」は
「みんな頑張るって言ってくれてます!」
「それで来れなくなる程度なら、それでいいって伝えてある」
「
とくに「花弁なし」から上がった直後に良く見られるが、その値付けだから通っていたお客様が一気に離れて、「花弁付」の値付けに付いてこれる新規をつかまえられなければそうなる。
一年後に落ちるときに「花弁落ち」として人気が出たりするのが皮肉なもんだが、そういうお客様しかつかまえられない嬢は、上がってこれないってのもまた現実だ。
「三枚」から「四枚」ならそう問題ではない。
熱狂的な御贔屓が付いているからこその「
自分のお気に入りが「
俺が育てたってのは一種の麻薬みたいなもんなのかね?
夜街での遊びに慣れたお客様方ってのは、適度な嫉妬も楽しむから手におえねえ。
御大尽のお遊びってな、
それにしたって対照的な「御贔屓」への伝え方だ。
それで「
「もー。ルクレツィアはそういう言い方するから、選び抜かれたお客様しかつかないんだよう。本当は私なんかよりよっぽど人気あるはずなのに」
「――いい。取り繕ってもお客様には必ずばれる。上に行けばいくほどそうだと思う。だったら素の私に、
「えー」
「ファルラはそれでいいの。それが素だから、お客様もうれしい。私とファルラは違う。だからそれぞれのやり方でいいと思う」
「そっかー」
思わず笑っちまった。
「
ほんと「娼婦」ってな、あくまで女の人の一面でしかねえって事がよくわかる。
ルナマリアたちもそうだが、素で話しているときゃ普通の女の子にしか見えねえ。
話題は接客についてってな、生臭いもんなのにな。
「ま、問題ないならそれでいい。ファルラ嬢もルクレツィア嬢も、必要な時と場所で「
「はいです」
「はい」
まあこの感じなら問題ねえだろう。
今年はうちから新たに二人、「
ファルラ嬢はローラ嬢が、ルクレツィア嬢はリスティア嬢が可愛がってるみたいだから、二人に任せりゃ問題あるまい。
「よし、叙任は来月頭位だから、ちゃんとそれ用のドレス作っとけよ。
「頑張ります!」
「出来るだけ、頑張る」
それぞれローラ嬢やリスティア嬢に懐いちゃいるし、憧れてもいるんだろうが、「無理だ」って言わないあたりがきっちり女でいい感じだ。
「あ、あの、
「お話し、おわり?」
――そうだが。
他になんか話さなきゃならんことあったかな?
「私たちこれで、「
上ずり気味にファルラ嬢が確認をし、隣でルクレツィア嬢がこくこくと頷いている。
そりゃルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢を含めても「
とびっきりの
値付けも上がるし、彼女らの取り分も当然増える。
ああ、あと部屋住みの部屋のランクが上がるから引っ越しも必要だな。
だがそういった事でもなさそうだ。
……嫌な予感がしやがるな。
「あの……
「結構楽しみにしていた」
――案の定か。
よし、この前の件といい、一度キッチリ要らん噂の出所を確認して潰す必要がありそうだな。
ファルラ嬢とルクレツィア嬢
なあ、ルナマリア、ローラ嬢?
「そんなもんねえよ! ったくどいつもこいつも、俺をなんだと思ってやがんだ!」
「ええー」
「がっかり……」
お前らに俺が何を教えられるってんだ!
なんならお前らが俺に教えてくれ――なんてこと言うと本気にしそうなのが三人くらいいるから、滅多な事は言えねえな。
「ないもんはないんだよ。はい解散解散。今夜もお仕事あるんだ、とりあえず寝とけ。俺もそうする」
「
「やっぱり
――おい。
無いって言ってんだろうが。
それになんだその、
まさかあの三人、ろくでもないこと言ってるんじゃないだろうな。
いやさすがにあの三人じゃないか。
他の
――どうすんだ、そんな噂ばっか先行して。
何で俺は自分で吹聴したわけでもないのに、確実に肌逢わせた女にガッカリされる状況に追い込められなきゃならんのだ。
俺は魔法が少々便利なだけで、そっち方面は至って
……多分。
まあいいや、むきになって否定してもこういうのは泥沼になるのが定石だし、聴かなかったことにして流そう。
しかしこういう変な噂があるから、
はやいうちになんとかしよう、この手の噂。
「やったね、ルクレツィア! 念願の「四枚」だよ!」
「お互いがんばった」
「うん! おめでとうルクレツィア!」
「……おめでとう、ファルラ」
「でもやっぱりすごいよねえ、
「それは確か。
「私とルクレツィアが「
「
「毎年どれだけの娼館から、どれだけの推薦状が出されて却下されてると思ってるんだろうねえ、
「興味ないから知らないのだと思う。「御贔屓様」の名前で通っていると思っている節がある」
「確かにすごいお客様付けてくれるけどさ。それなら「黄金の林檎」でも「楽園」でもできる事だもんね」
「私は
「だよねえ……そりゃローラ姉ちゃんやリスティアさんがあれだけ懐く訳だよねえ」
「リスティア姉さまやローラさん、それにあのルナマリアさんですら
「シルヴェリア王女殿下が娼館なんかに直接来て口説くくらいだしね。何者なんだろね、
「魔法も規格外」
「もう私、あれなしでは生きていけないかも」
「それには同意する」
「正直、一度でいいから
「
「安売りはしませんかー。よっし、頑張ろうねルクレツィア。娼婦となったからには最高位まで上り詰めて、現トップが骨抜きにされている
「……頑張る!」
こうして要らぬ誤解はまた一つ深まってゆく。
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