第陸話 ルクシュナ嬢―新人の場合 

「ベタだなおい」


 思わず口に出ちまった。


 目の前で、間違いなくまだ二十歳にゃ届いていねえだろう別嬪の嬢ちゃんが、俺の台詞に肩をすくめる。


「……そういう理由ではだめですか」


 いや、すまん。

 責めてるつもりはねえんだ。


 駄目なことは全くねえ。

 それどころかよっぽど信用できる。


 なにより嬢ちゃん――面接書類によると名はルクシュナ――みたいな別嬪さんが「胡蝶の夢うち」で働きたいと言ってくれるのは、正直ありがてえ。


 ただあんまりにもテンプレな「志望動機」に思わず声が出ちまっただけだ。


 というか、声にでも出さなきゃやってられねえ。

 まあ娼館で働こうってな若い別嬪さんの「志望動機」なんざだと相場は決まっている。


 娼館の支配人マネージャーをやってる俺が、今更天を仰ぐようなことでもねえ。

 そうやって俺は稼がせてもらってんだし、「胡蝶の夢うち」のが一人増えるかもしれねえってだけのこった。


 本来であれば今頃の時間帯は夢の中むにゃむにゃなはずの俺が、昼一から起き出しているのにはもちろん理由がある。


 今日は不定期に行っている、「胡蝶の夢うち」の新人面接の日だからだ。

 その面接対象者が、今俺の目の前で肩をすくめているルクシュナ嬢って訳だ。


 一人の男として見ても、支配人としての立場から見ても、久々に来た上玉と言える。


 見てくれやちょいとしゃべった感じも申し分ないが、なによりもの人間じゃないってところがでけえ。


 「胡蝶の夢うち」に面接に来るような嬢は、他所の箱じゃナンバーワンでもはれるようなのを筆頭に、まあ人気嬢クラスであることがほとんどだ。

 実際そうでもなきゃ、申し訳ないが不採用にさせてもらう事がほとんどだしな。


 だが極まれに今回のルクシュナ嬢のような、うちの業界の人間じゃない上玉が面接に来ることがある。


 こいつは、はっきり言やだ。

 

 娼館ってなあ、どれだけいい女を揃えていても目新しさも必要だ。


 必須と言っていい。


 他所の箱から移籍して来てくれる嬢はお得意様ひも付だからありがてえが、たまにゃあこの業界で「誰も抱いた事のねえお嬢さん」ってやつをするってのも大事なことだ。


 それが無いと、が澱む。


 大箱であれば、抱えている娼婦の数が桁違いだから、その辺はまあ自然と回る。

 だが「胡蝶の夢うち」みたいな小箱だと、意識しておかないとあっという間にそうなる。

 シビアな話だが「定期的な嬢の入替」ってのは必要だし、本来の規定数を越えても「この嬢ちゃんは確保」っていう判断も時にはある。

 それこそルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢の今現在は不動のトップ3であっても、それが永遠に続く訳じゃねえのが「娼婦」ってもんだ。


 ――やがて枯れるからこそ、花は美しい。


 やかましいわ、といいたくなるがそれは確かに事実なのだ。

 

 めったにゃねえ事だがが別嬪さんで、あまつさえ万一処女だったりした日にゃ、「初魅せ」――「初めて」を売ることをそう呼ぶ――にはとんでもねえが付くことになる。

 

 救えねえ話だとも思いはするが、それが苦界じゃ当たり前でもある。


 いま目の前で所在無げに肩を竦めているルクシュナ嬢は、そのめったにゃねえ事に当てはまるっぽい。


 俺のユニーク魔法は、申し訳ねえがその特性からがなんとなくわかる。

 んなわきゃねえのに新品サラに見えっちまう奴もいるから、完全じゃあねえんだけどな。

 

 まあルクシュナ嬢に関しちゃ、ほぼ間違いねえだろう。

 なんでだか本人はその事をにするつもりはねえみてえだが。

 

 その辺は本人の好きにすりゃあいい。

 ただし俺は、それに大層な値が付くことをきっちり説明せにゃならねえが。

 「志望動機」からすりゃ、売れるモンは極力高値で売るべきだと思うしな。


 他所の業界で通用していたような別嬪さんが娼婦で稼ぐことを決めるとくりゃ、その「志望動機」は大概がと相場は決まっていやがる。

 

 ルクシュナ嬢の現在のお仕事は踊り子。


 王都グレンカイナでも五本の指に入る大手酒場「黄金の豊穣アルム・フェルティリタテム」の、といってしまっていいだろう。

 それこそこの見た目だ、ルクシュナ嬢を目当てに「黄金の豊穣アルム・フェルティリタテム」に通っているお客様スケベヤローは相当な数がいるのは間違いない。


 面接って事で、一応は下着姿になってもらっているのは役得とでも言っておきゃいいか。

 花のかんばせだけ拝んで、はい採用って訳にゃいかねえお仕事でもあるし、そこは勘弁してもらいてえ所だ。


 恥ずかしくはあるだろうが俺がトチ狂って手を出しちまうってな、その手の心配は不要だ。

 万一があったとしても、どうせ三人ばかし寝とけばいいものを「監視」してやがるんだろうしな。


 まあルクシュナ嬢クラスであれば、かんばせだけで採用は間違いねえが、スタイルや肌、纏う雰囲気もひっくるめてにゃ影響する。


 下賤極まりねえ話だが、も俺の大事な仕事だ。

 躰張って稼ぐ嬢たちにとっても、ある意味一番大事なところだろうしな。


 所有者オーナーから「胡蝶の夢」の支配人マネージャーを任されているからには、おざなりにしていい事じゃねえ。


 ――脱がせるための理論武装じゃなくてな?


 艶のある白金色プラチナブロンドのストレートの髪に、蒼く澄んだ瞳。

 美しさと可愛らしさを兼ね備えた顔の造形は、その意志の強そうな瞳のせいで少し美しさよりか。


 この顔が微笑んだり、己の動きに合わせて蕩けるってんなら、相当な強気の値付けでもお客様は付くだろう。


 背はそんなにゃ高かないが手足は長く、「踊り映え」は相当なものだと思われる。


 一曲踊ってもらってみてもいいところだが、下着姿で躍らせたりした日にゃ、監視役が乱入してきかねないからやめておく。

 若く艶めかしい褐色の肌に包まれたその肢体は、踊り子というイメージから想像する程引き締まってはいない。


 腹筋でも割れてるもんかと思ったがそうでもないようだ。

 ルクシュナ嬢曰く、いかにも鍛え上げられましたという躰は踊り子としてあまりよろしくないとのことだ。


 ――まあ確かに女の子にを求めるお客様は多いわな。


 一見していかにも女性らしく柔らかそうに見える表面は、鍛えた上に食事調整でうまく脂肪が様にする技術が存在するらしい。

 どこの業界のものでも、その手の技術には感心させられる。


 ――なるほどねえ、鍛えた躰であっても、そうは見せない事こそが重要って事もあるもんなんだな。


 どうぞというので触らせてもらったら、柔らかな脂肪の一層下には引き締まった筋肉が確かに存在していた。


 ――こりゃあ人気出るわ。


 俺が腹筋から脇あたりを触った時に、思わず出した声も初心っぽくていい。

 それを聞いて執務室のドアがなんか雑音出したが、まあ聴こえなかったことにしておく。

 

「結論から言や、採用だルクシュナさん」


「よかった……」


 「胡蝶の夢うち」の採用基準が厳しいという事は、話に聞いて知っていたのだろう。俺の言葉にほっとした表情を見せるルクシュナ嬢。


 だがそれは、この人気の「踊り子」さんが、今日から「娼婦」になることを意味する。

 

 これだけの器量で、王都でも有名な大手酒場「黄金の豊穣アルム・フェルティリタテム」の看板を張っていたのだ、収入が少ないなんてことはねえ。

 ルクシュナ嬢目当てで呑みに来るお客様も多かっただろうし、それこそいろんな男に口説かれてもいたはずだ。


 中にゃあ、お貴族様もいただろう。


 それが娼婦になろうってんだから、じゃどうしようもない状況になっちまったってこった。

 

「あの、私は今日からでも働けます。お給料とかどうなるんでしょう?」


「ああ、そりゃ今から説明する。大事な事だからな。――もちろんうちの条件がルクシュナさんの希望と合わなかったら無理にうちに来てくれなくてもいい」


 「胡蝶の夢」にゃ、自分で選ぶことなんざできなかった、売られてきたような嬢も当然いる。

 だがルクシュナ嬢はそういう訳じゃねえから、条件にあわなきゃ止める選択肢も当然ある。

 状況的にそんな選択肢が無いからこそ、此処にいるんだってことは置いてもだ。


「――そうだな、ルクシュナ嬢ならうちの中堅どころ以上ので売り出せる。ルクシュナ嬢の詳しい取り分は後でうちの店員スタッフから説明させるが、書類にある希望額は間違いなくいけるから、そこは安心してくれていい」


 俺の言葉に、隠すことも忘れてほっとした表情を見せるルクシュナ嬢。


 もろもろの日々にかかる費用を計算して、その上で必要な額をに貯めようと思ったら、面接書類に記載されている程度の額は確かに最低限必要だろう。


 そしてその額はどれだけ人気とはいえ、「踊り子」で稼ぎ出せる額じゃあねえ。

 それだけの人気を誇ったルクシュナ嬢が、躰を売ってこそ稼げる額。


 「胡蝶の夢うち」でも、ただ採用されただけの新人にはまず無理な額が、ルクシュナ嬢の希望額だ。


「まあ躰を壊したりしなけりゃ、一年以内にルクシュナ嬢の希望額は何とかなるだろうよ。躰に関しちゃ、「胡蝶の夢うち」の一員になるからには俺が壊させねえ。事情が事情だからちっと無理めなシフトもある程度は容認するし、その辺のケアは任せてくれ」


「――ありがとうございます!」


 安心のあまりか、自分が下着姿であることも忘れて勢いよく椅子から立ち上がる。

 いろんなもんが揺れるのが目の毒だ。


 慣れちまってる自分に、ため息つきたくなるが。


 ルクシュナ嬢が「踊り子」を辞めて「娼婦」になる覚悟を決めたのは、もちろん金が要るからだ。


 ――何故要るのか。


 両親ともに先立たれて、互いに互いしか身寄りのない弟が病にかかったからなんだとさ。


 ほんとにベタで、テンプレで――救えねえ話だ。


 その病は不治の病って訳でもねえが、完治させるにゃべらぼうに金がかかる。

 病を進行させないように、日々服用するべき薬代もちっと洒落にならねえ値がついてやがるしな。


 ぶっちゃけ庶民が罹ったら、諦めるしかねえ病だと言ってもいいだろう。


 ただルクシュナ嬢は、自分の躰に弟の病をなんとかできるだけの値が付く可能性に縋り、今それが俺の言葉で保障されたって訳だ。


 娼婦をすることが確定した緊張よりも、安堵が勝るほど大事な弟さんって事だ。


「覚悟は決まってるみたいだから、余計なことは言わねえ。すぐにってんなら今晩から稼いでくれても「胡蝶の夢うち」はまったく困らんというか、願ったりだ」


 ――だが。


「――頑張ります!……あ、あの、娼婦の作法とか私全然知らないんですけれど、それは……支配人マネージャーが、その、し、仕込んでくださるのですか?」


 俺が言葉を続けようとしたところに、とんでもない台詞をかぶせてきやがった。


 ちょっと待て、誰にそんなこと聞いた。


 なんだ、世間様じゃ俺が「胡蝶の夢うち」の嬢たちに娼婦の作法仕込んでるって事になってやがんのか。


 ――冗談じゃねえぞ。


「んな訳ねえだろ! そういうのはうちの嬢らが教える決まりだ。俺は「胡蝶の夢うち」の嬢たちにゃあ手なんか出さねえよ!」


「ごめんなさい!」


 あまりの剣幕に、ルクシュナ嬢がびっくりして小さくなってしまった。

 いや悪いのはルクシュナ嬢じゃねえ、その噂の方だ。


 絶対に出どころを突き止めて報いをくれてやる。


「いや、すまん。ルクシュナ嬢は悪くねえ。悪いのはそんなうわさだ。ふふふふふ」


 暗く笑う俺にルクシュナ嬢が少し引いている。

 執務室の扉の外が何やら騒がしいが、まさかお前らじゃないだろうな噂の出所。


「いや、ほんとにすまん。で最後に余計な事を一つだけ」


 予想外の言葉に取り乱したが、これは言っておかなきゃならん。


 目的のために金が要る相手には、それを手に入れられる可能性をきちんと提示する。

 もちろん娼館としての「胡蝶の夢うち」も儲けられることが大前提ではあるが。


 これは情に流された人助けでもなければ、自己犠牲の同情話でもねえ。

 女としての魅力を金に換えるっていう、娼館としてのビジネスの話だ。


 下賤な話じゃあるが、これから仲間になるルクシュナ嬢にはきっちり自分でもらう。


「ルクシュナ嬢が自分は経験済みだってんなら「胡蝶の夢うち」はそう扱う」


 面接書類にゃそう書かれているからな。

 俺じゃなければそのまんま通すしかねえところだ。


 いや世の中にゃ俺みたいなユニーク魔法に頼らずに、そういうのを見抜ける御仁もいるのかもしれねえが。


「だがひでえ話ではあるが「新品サラ」にはそれに応じたが付くのも確かなんだ。この仕事をする前に、想いの相手に捧げたいってんなら止めはしねえが、ルクシュナ嬢の「新品サラ」にはかなりの値が付くのは保証する。具体的に言や、ルクシュナ嬢が必要としている額を貯めるのに必要な期間が、まず間違いなく半分にはできるだろう」


 俺の台詞にルクシュナ嬢が驚いた表情を浮かべる。


 そりゃそうだろう、自分が一年間娼婦として働く額の半分が、だけで付くと言われればさもありなんだ。


 でも世のお客様方スケベヤロー共ってなそんなもんなんだよ、ルクシュナ嬢。


 そしてこの話は、稼げる額よりも付く客が変わるって方が、実はでかい。


 バカげた高値を出すのはまあ、貴顕の連中だ。

 そう言う連中は独占欲も強く、自分が買った「新品サラ」には執着するのが常だ。

 いきなりとびっきりのお得意様を摑まえるようなもので、そのままみたいになっちまう場合だってある。


 ルクシュナ嬢みたいな場合なら、その実利は大きいだろう。

 そう言う売り出しをするなら、うちのトップ3あたりがきっちり時間も確保できるしな。


 「胡蝶の夢うち」としたってでかく儲けられる以上、懇意にさせていただいている上得意様の中から、相当いい相手を用意できる。


「……な、なんでわかっちゃうんですか?……サ、新品サラだって」


 ――そっちかよ。


 下着姿になる時もいうほど動じなかった割に、今は顔を真っ赤にしている。

 そういうの当てられるのは恥ずかしいものなのかね?

 

「そいつは企業秘密。――で、どうするね」


 どういう想いで新品サラじゃないと面接書類に書き込んだのかは聞かねえ。

 俺の質問に黙り込んでいる今、ルクシュナ嬢が胸中でどんな葛藤をしているかも知らねえ。


 俺はルクシュナ嬢が決めたことを尊重するだけだ。


「……支配人マネージャーにお任せ……します」


 長い沈黙の後、ほろりとルクシュナ嬢が答えを出す。

 その短い言葉の中に、俺なんかじゃ思いもよらないようないろんな感情や判断が籠っているんだろう。


 ――だけどルクシュナ嬢は決めた。


 売れるものならできるだけ高価く売って、己のを一日でも早く果たすことを。


 そうなりゃ支配人マネージャーとしては全力でそれに応えるだけだ。


 俺が「胡蝶の夢うち」の儲けの為に動いて、その結果が嬢たちの目的にそうのは当たり前だ。

 支配人マネージャーってなそういうもんだと思ってる。


 他所様のがどうかは知らんがな。


「了解した。最初なんで隠そうとしたのかとか事情は聞かねえよ。「胡蝶の夢うち」は嘘は困るが、隠し事は別に禁止しちゃいない。「胡蝶の夢みせ」や仲間に迷惑かけねえ隠し事は好きにしてくんな。いい女ってな、隠し事があるもんだそうだからよ」


 実績伴った三人が口を揃えて言うんだから間違いじゃないんだろう。


 支配人マネージャーとしちゃ、嬢たちが全てを打ち明けてくれるって状況に憧れなくもねえが、そりゃそれで厄介そうではあるしな。


「はい……」


 感情が全て抜け落ちたような、逆に全ての感情が籠ったような声でルクシュナ嬢が答える。

 浮かべている表情は、笑顔だ。


 今日、いやたった今か。

 ルクシュナ嬢はいろんなものを


 ――どんなに言葉を飾ったところでそりゃ事実だ。


 その代わりに、他の全てを諦めてでも、どうしても自分が譲れないものを得る。

 「娼婦」ってな、そういう娘が多い。


 偽善なんだか、おためごかしなんだか、いい人ぶりたいんだか、そんなこたまあどうだっていい。

 俺は「胡蝶の夢うち」で働いてくれるそういう嬢たちの「譲れないもの」を無くさずに済むように、出来る協力をするだけだ。


 俺が支配人マネージャーの仕事が嫌いじゃねえってのは、そういうところだ。

 自己満足に過ぎねえんだけどな。


 まあ今日からよろしく頼むわ、ルクシュナ嬢。


 腕っ節じゃあ少々頼りにならねえが、支配人マネージャーとして「胡蝶の夢うちのルクシュナ嬢」に対してできることはさせてもらうから、ルクシュナ嬢も頑張ってくれ。


 今はまだ信じらんねえかも知れねえけど、ちゃんと笑えるようにゃなるからよ。



 ――だから無理して笑わなくても、今日はいいんじゃねえかな。












 珍しく俺の執務室の扉が、ノックの音を鳴らす。


 なんだ、常識ってやつは昼間ならちゃんと機能してやがるのか。

 俺の部屋の扉が毎度ノックもなく開け放たれるのは、やっぱ夜だからなのかね?


「開いてるよ」


 誰かは予想が付いちゃいるが、一応返事を返す。

 返事があるまで入ってこねえなんざ、やりゃ出来るんじゃねえか。


 ――毎晩そうしてくれよ。


「邪魔するぞ、支配人マネージャー


「やっほー」


「お、お邪魔します……」


 案の定入ってきたのは「胡蝶の夢うち」のトップ3、ルナマリア、ローラ嬢、リスティア嬢の三人だ。

 三人とも、昼間の格好はありがたいわ。


「ったく寝とけばいいものを。毎度面接補佐ありがとよ」


「なんのことじゃ?」


 ルクシュナ嬢の面接中、執務室の扉の前にいた事は意地でも認めるつもりはないらしい。

 まあそりゃ毎度のこったから、それはいい。


「で、どした?」


「べつにー? ひさしぶりに新人さんのが私たち三人に来たから、お話聞かせてもらおうかなーって」


 お互いわざとらしい会話だとは思うが、まあこの三人が俺の所に来たのはそのせいだろう。


 の事は店員スタッフに伝えてもらった。


「おう、きっちり仕上げてやってくれ。ルクシュナ嬢の「初魅せ」は、オルリィン侯爵家になりそうだから、念入りにな」


「大貴族様ですね……」


 リスティア嬢が少し驚いた顔をする。

 確かに「初魅せ」とはいえ新人にあてるにゃ少々過ぎた家柄ではある。


 ――ルクシュナ嬢の「初魅せ」なら、通用すると思ったんでな。


 オルリィン侯爵家なら、年頃の御長男がおられる。

 ひょっとすりゃひょっとするが、モノに出来るかどうかはルクシュナ嬢次第だ。


 俺はルクシュナ嬢がこれから働く娼館の支配人マネージャーとしてキッチリ儲けを出した上で、ルクシュナ嬢得られるを提供する。

 

 まあできりゃモノにできるよう、きっちり仕込んでやってくれるとありがたい。


「任せておけ。オルリィン侯爵家あそこはお上品じゃから、あの新人にはあっとるわ。……相変わらずよう見とるの、支配人マネージャー


 そう言ってくれると助かるよ。

 まあこの三人に任せておけばは心配ねえだろう。


「で? 新人の弟御の事はどうするのじゃ?」


 おいルナマリア。


 その話は別に店員スタッフに伝えさせちゃあいねえはずだぞ。

 というかそもそも店員スタッフはそんな情報を知らねえ。


 やっぱり聞いてやがったんじゃねえか――って今更いうのも野暮ってもんか。


「……すでに店員スタッフに手配した。は起きねえな」


 ルクシュナ嬢が「初魅せ」も込みで順調に稼いでも、半年ほどは完治させるために必要な金を溜めるのにはかかる。

 その努力が万一無になったり、その間弟が無駄に苦しむのも寝覚めが悪い。


「お優しいことじゃな。いっそ苦界に身をおとさずに済むようにしてやったらどうだえ?」


「世界中の人間にそう出来るんなら、考えなくもねえんだがな」


 わかっていてルナマリアが鹿を俺に言う。


 俺は決して救世主でも、慈善事業家でもねえんだ。


 所有者オーナーから預かった娼館「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」を取り仕切っている支配人マネージャー


 それ以上でも以下でもねえ。


 他人の不幸を、困難を、無償で救って回るような酔狂者でもねえし、そんな力もねえ。


 だからせめて、覚悟を決めて「胡蝶の夢うち」で娼婦をやってくれる嬢たちにゃ、己の出来る限りをしてやりてえだけだ。


 その順序が逆になるこたねえ。


 ルクシュナ嬢が「胡蝶の夢うち」に採用できるだけの器量もちで、「胡蝶の夢うち」に儲けさせてくれるから、支配人マネージャーとしてできることをする。


 そこを間違うと碌なことにならない。

 俺はもう、それを


「甘いんだか、厳しいんだか、相変わらずよくわからんな支配人マネージャーは」


 ――臆病なんだよ。


 心の中で自嘲する。

 

 俺が大事にできる人間には限りがあって、優先順位もちゃんと付いちまう。

 俺はそういう人間だ。

 

 だからこそ自分なりのルールを自分に課して、よっぽどのことがねえ限りそれを出来るだけ遵守する。


 そうでもしねえと、娼館の支配人マネージャーは務まらねえ。

 

「で、他に用事はねえのか? だったら俺はねるぞ」


「特にはないの。私たちも夜に備えて寝るとするさ。――まあ今晩呑む相手が欲しければ、誘ってくれれば付き合ってやってもよい」


 案の定、甘っちょろい俺を心配してきてくださっている訳だ、トップ3のお優しいお嬢様たちは。

 

 ったく不徳の致すところだな。


「相変わらず上からだな、ルナマリア」


「要らんお世話かえ?」


 男として悔しくもあるので無駄な抵抗を試みて鎧袖一触。

 ああ、我ながら言わずもがなの事を……


「……いや、頼む」


「承知した」


 満面の笑顔で応じてくれる。

 ローラ嬢もリスティア嬢もにこにこと笑ってる。


 感謝してるよルナマリア。

 ローラ嬢に、リスティア嬢も。


 頼りない支配人マネージャーを支えてもらってすまねえな。





 ――ああ、あとの出所についちゃ後で質問するからな。


 ――特に今目を逸らしたリスティア嬢。よろしくな?

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