第閑話 傭兵王の憂鬱

「お父様、わたくしやっぱり苦手です!」


 美しく豪奢な金髪を振り乱し、両腕を下に突き出すようにしてシルヴェリア王女が取り乱している。

 グレン王家の血筋を示す紅の瞳には涙が浮かんでいる。


 ――また行ったのか……懲りん娘だ。


 グレン王国。

 その国王の執務室。


 多くの人間の目に晒される場所ではないが、それでも公務についている時はたとえ王女といえども、お父様ではなく王陛下と呼ぶべき場所だ。

 そんなことは傭兵王の目の前で涙目になっているこの国の第一王女、シルヴェリアもよく解っている。


 わかっていてもできないのなら、それはわかっているとは言わんのだ――と常ならばグレン王も説教の一つもするところだ。


 だが、今自分の愛娘――父親の自分から見ても、グレンの血筋によくもまあこれだけ優しげで綺麗な娘が生まれたものだと思う――が興奮している理由が理由だけに、その厳めしい顔に苦笑いを浮かべるしかない。


『ならば行かねばよいではないか、夜街の娼館になど』


 ――と言うわけにもいかぬしな。


 目に入れても痛くないほど可愛がっている年頃の愛娘を夜街に、しかも娼館へ行かせるなど普通の家でもありえない。


 ましてやシルヴェリアはこの国の王である自分の娘、第一王女なのである。


 「言語道断」といっていい所業だろう。


 それが王である自分の承認を得た上で、公務として夜の娼館に出向いている。

 それも一度どころではなく、もう何度目か数えきれないくらいだ。


 目的は初期こそ娼館の撤廃や、女性の権利と自立などという立派だが地に足がついていない、いかにも年頃の娘が言い出しそうなことを振りかざしていたが、今は違う。


 ――いや違っている訳ではないか。

 

 シルヴェリアは最初の目的を忘れている訳でも、諦めてしまっている訳でもない。

 それと同じくらい、いやそれ以上の「娼館へ行くべき理由」が後発的に生まれてしまっただけの話だ。


 その両立は特に矛盾するわけではない。


 年頃の娘、しかも化粧箱に入れられて育った己の価値観を、否定されることなく粉砕されるという経験は、王女殿下として蝶よ花よと育てられた立場にはさぞやきつかろう。


 そう思うのだが、愛娘シルヴェリアの愚痴はいつも途中から称賛としか聞こえなくなる。


 いかに自分が幼くて愚かで世間を知らないか。

 そしてそれを口こそ悪いが、教え諭してくれるが如何にすばらしいか。


 今も自分の考えなしの発言がの怒気に触れたことを、夢見る乙女の表情で語っている。

 どれだけその表情と口調が恐ろしく、それと同時に雄々しく、凛々しかったか。


 父親相手に、自分がどれだけしまっているかを聞かせていることに、シルヴェリアは思い至っていない。


 男親としては結構な精神的拷問であるといえる。


 ――好きな男にはマゾで、身内にはサドなのかなー、うちの娘。


 そう溜息を付きたくなるのも、無理なからぬグレン王である。


 グレン王の愛娘、テラヴィック大陸有数の大国であるグレン王国の第一王女は恋をしている。


 その恋は親の目から見てもどうやら本気らしい。


 想いが遂げられるとなれば、王族であることを放棄することも厭わないだろう。

 それが現実の厳しさを知らぬ、王族の娘ゆえの甘さであったとしても、その想いは本気なのだ。


 相手は隣国の王子様でも、国内の大貴族の長男でもない。

 あろうことかその相手は、一娼館の支配人マネージャーに過ぎないのだ。

 

 だがそれを大国の王であるグレン王が咎めることもない。 


 現実的に考えれば、この国の第一王女であるシルヴェリアが一娼館の「支配人マネージャー」と直接会うことなど、本来ならばありえない。


 それが自分で好き好んで、いそいそとそわそわと、嬉しそうに出向いている。

 毎回あっさりとあしらわれ、矜持プライドを粉砕されて帰ってくるのではあるが。


 その度にシルヴェリアは涙目になって騒ぎ、王である自分はその愚痴と称賛の聞き役だ。


 正しい情報をつかみ切れていない他国の諜報の連中や、その報告を受けた各国の首脳は、我の頭がおかしくなっていると思いかねんな――とグレン王は思う。


 そもそも愛娘シルヴェリアが娼館撤廃などという現実が見えていない理想論を語り始めた時点で、本来の王の立場であれば一刀両断で否定して然るべきだ。

 よしんば現実を思い知らせるために一定の交渉を認めたとしても、直接王女を交渉させることなどありえない。

 実務面は城の官吏に任せるのが、常識といわれるのもばかばかしいくらい当たり前の事だ。


 それをグレン王は王女に直接交渉させる事を許している。

 しかもその相手は娼館ギルドの長ですらなく、トップ店舗とはいえ一娼館の支配人マネージャーである。


 シルヴェリア王女がその支配人マネージャーと言わせたところで、何が変わる訳でもない。


 せいぜい「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」という娼館が営業停止するくらいだ。


 だがグレン王が第一王女を夜街の一娼館へ、はっきり言えば愚にもつかないとやらに行く事を許す理由は、その相手が一般的に見ればたかが一娼館の支配人マネージャーに過ぎない、その男であるが故だ。


 グレン王は愛娘シルヴェリアに「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」という娼館の特殊性も、そこの支配人マネージャーがいかにグレン王国にとって、いやテラヴィック大陸のみならず、この世界にとってさえ重要人物であるかを語った事は無い。


 わが娘ながら恐ろしい事に、なんの予備知識も持たぬまま「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」の支配人マネージャーを己の理想の交渉相手に選び、勝手に惚れ込んで今に至っているのだ。


 これはグレン王にとっては僥倖といえる。

 「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」に交渉へ行く許可程度、いくらでも出そうと言うものだ。


 ――娼館「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム


 この国に所属しており、一定以上の立場にある人間にとっては手出し不可能な一種の禁域である。


 王族を除けばこの国が保有する戦力として――個人、組織を問わず絶対的な戦闘力という意味において――双璧といえる二人。


 王国魔導軍の軍団長にして王国元帥、「大魔導師」「賢者」ライファル老師。

 冒険者ギルドのギルドマスター、「神殺し」のガルザム老。

 

 「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」に要らぬちょっかいを出せば、確実にこの二人を敵に回すことになる。

 

 形の上ではライファル老師はグレン王の配下となってはいるが、グレン王が彼のルールに抵触すれば王国元帥杖など、枯れ枝の如く返して寄越すだろう。

 冒険者ギルドの長であるガルザム老に至っては、グレン王に貸しはあっても借りはないとばかり平然と刃を向けることは疑いえない。


 ――それも二人とも、でだ。


 ライファル老師もガルザム老も、グレン王がまだ若く、自分の力に振り回されていた頃からテラヴィック大陸に名を馳せていた、「戦士」としての大先輩である。

 

 現在は世に聞こえた傭兵王国グレンの王を実力で担う己がおいそれと後れを取るとは思わぬものの、簡単に勝てると言える相手でもない。


 グレン王と「救国の英雄」として名高い王弟ガイウスが二人掛かりで挑んだとしても、勝率は五割あればいい方だろう。

 いまだ「戦士」として現役である王弟ガイウスはともかく、王としての執務で実戦を離れて久しいグレン王では、年経てなお現役である「賢者」と「神殺し」には後れを取る可能性の方が高い。


 グレン王や王弟ガイウスがそうであるように、この世界では一定を越えた力を持つ者に対して「軍」などは無意味だ。

 

 王弟ガイウスのように、三日三晩竜種ドラゴアニールを倒し続け、しまいには八大竜王の一角「氷帝竜ジ・グラシエス」を斃し得るような存在にとって、数だけの「軍」など草を刈るのとそう変わらない。


 極少数しか存在しないとはいえ、個人vs国はこの世界では成立するのだ。


 それをよく知るグレン王としては、「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」に軽々しく手を出すわけにはいかない。


 ではなぜそのような一騎当千、万夫不当のつわもの二人が、たかが一娼館に手を出す程度でグレンという大国の敵に回ることをまるで厭わぬのか。


 それは「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」の所有者オーナーであるからだ。


 ライファル老師、ガルザム老の若かりし頃にパーティーを組み、その中心であったその人物は、限られた人だけが知る数多の伝説を持ちながら「通名」を持たない。

 

 ――知る人ぞ知る。


 そう言う存在には「通名」はつかない。

 「通名」とはその存在が巷間にのぼってこそのものだからだ。


 だがその存在を知っているものは、「通名」をどう付けていいかすら判らない実力をこそ知っている。


 グレン王もその存在と力を知る一人だ。


 二年前の「大海嘯戦役」において、グレン王も王弟ガイウスも人類を救った「英雄」と目されているが、実際のところ彼らを含む各国連合軍――汎人類統合軍はをしていたに過ぎない。


 今は「所有者オーナー」と呼ばれるその存在が全ての元凶を撃破するまで、人類に甚大な被害が出ないようにしていただけというのが真実だ。


 グレン王や王弟ガイウス、「賢者」ライファル老師や「神殺し」ガルザム老でも、それしかできなかったといった方が正しいか。

 

 人の手には負えない「災厄」すら鎧袖一触する「世界の守護者」

 国を相手取れる個人が束になっても一蹴される超越者。


 そんな存在が所有者オーナーである「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」に、誰が好き好んで要らぬちょっかいをかけるというのか。


 さわらぬ神に祟りなしとは、至言であるのだ。


 如何に「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」の支配人マネージャーが戦略級の特殊魔法の遣い手であり、その力を手に入れればテラヴィック大陸どころかこの世界のあらゆる国家に対して優位に立てるとしても――


 虎児を得んとして虎穴に入る程度であればまだしも、万一踏んだら国ごと吹き飛ばされる相手の尻尾にじゃれ付く趣味はグレン王にはなかった。


 所有者オーナーがどこからともなく連れてきた支配人マネージャーを、これ以上ないくらい可愛がっている事をグレン王は知っている。

 それこそ支配人マネージャーが現れるまでは、どこに居るのか把握する事すら叶わなかった存在が、最低でも年に一度はきちんと所有者オーナーとして「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」に顔を見せるほどなのだ。


 本来であればグレン王は、事情を知らぬ市井の者達や他国が知らず竜の尻尾を踏んで破滅する事の無いよう、少々行きすぎであっても「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」と支配人マネージャーを守護、優遇していく事に徹する心算であった。


 だがまさか己の愛娘シルヴェリアが何の打算もなく、その支配人マネージャーに惚れるとは。


 邪心を持って支配人マネージャーに関われば、所有者オーナーからいかなる鉄槌を下されても文句も言えないが、純粋に恋する愛娘シルヴェリアを支援するくらい、王とはいえ人の親としては当然の事だろう。


 たまたま偶然、その結果として己の愛娘シルヴェリア支配人マネージャーを射止めたとしても、それは国の思惑や欲望の故ではない。


 その上今ではシルヴェリアにくっついて、妹姫であるカリン第二王女や、長男であるアレン王子も支配人マネージャーとの繋がり築きつつあるという。


 娼館に王族が通う事を不問にすることなど、その益に比べれば問題にもならない。


 どさくさまぎれで王弟たるガイウスが「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」の人気娼婦にはまっているのはどうかとは思うが。


 掛け値なしに世界をどうとでもできる存在との誼を持てるのであれば、グレン王としては喜びこそすれ文句を言う筋合いではない。


 筋合いではないのだが、王としての判断と、父親としての想いはまた違ったものでもあるようだ。

 

 進展することを王としては期待しながら、蝶よ花よと育てた可愛い年頃の愛娘シルヴェリアが、男の事に夢中なのを見せつけられるのは父として結構つらいグレン王である。


 とはいえ止めるという選択肢はないのだが。


「――で、どうなのだシルヴェリア」


 黙っていれば、愛娘シルヴェリアがいつまででも怒りなんだか賞賛なんだかわからない事を飽きもせず語り続ける事はもうよく知っているので、確認の言葉でそれを止める。


「ど、どうとは?」


 何を聞かれているのか理解はできているのだろう、俄かに軽く赤面して口ごもるシルヴェリア王女である。


「お前の理想をいつも通り笑い飛ばされたことはよくわかった。で、その、なんだ。なんの進展もないのか? 我は汝が女として支配人マネージャーを口説くことの一切を許可したぞ?」


「ええとですね……」


 笑い飛ばされたという言い方にかみつく余裕もなく、言いよどむ愛娘を見て大体の予想はついた。

 まあ進展していれば先の愚痴よりも先に大騒ぎになっているであろうからまあ予想通りとは言える。


「……まるで進展しておらんのか」


 ほっとするような、天を仰ぎたくなるような気持ちになるグレン王。


 心酔しているといっていいほど惚れこんでおきながら、その上王たる自分の許可までとっておきながら、なんの進展もないとは俄かには信じがたい。


 グレン王は己の愛娘をじっと見る。


 ――にさっきのような熱意で口説かれてもおちぬのか。支配人マネージャーにはキン○マついておるのかのう。


 親の欲目を置いても綺麗な娘だと思う。


 王族という立場は人によっては良し悪しであろうが、この娘に本気で口説かれて笑い飛ばせる支配人マネージャーに、男として感心するべきか、呆れるべきか悩ましい所ではある。


 父親としては上手く行っても腹立たしいくせに、自慢の娘をあしらわれるのも腹立たしいという勝手極まりない思いもありはする。


 とはいえ――


「なさけないのう……」


 思わず本音が口をつく。


「だって! 支配人マネージャーの周りにはものすごく綺麗で大人っぽい女性がたくさんいますし、ひゃ、百戦錬磨ですし、新品サラの私だと太刀打ちできないのです! 教えてくださいと言っても躱されましたし、私、恥ずかしくて……」


 反射的に激昂するシルヴェリアの言葉に、思わずグレン王の口が開く。


 ――ちょっとまて。


 新品サラとか言うスラングを年頃の王女が口にしたことは聞かなかったことにする。

 百戦錬磨の娼婦たちに囲まれている支配人マネージャーに、己の魅力が通用し難いという泣き言もまあよかろう。


 ――教えてくださいと言ったのか? それでも躱されたのかうちの娘。


「そんなことしたら、お父様に細切れにされちまう、って……」


 少々しまったという顔をして、シルヴェリアが口ごもる。

 反射的に余計な事を言ってしまったと後悔しているのだろう。


 確かに王女にほいほいと手を出すわけにはいかない、という判断は至極真っ当だ。


 だが真っ当な判断が出来る程度にしか、シルヴェリアの魅力が通用していないところに驚くやら腹立つやら、曰く言い難い気持ちになるグレン王である。

 

「私には女としての魅力が無いのかしら、お父様……」


 本気でしょんぼりしてしまった愛娘が何やら哀れだ。

 大国と言っていいグレンの王女に生まれ、これだけ美しく育ちながらなぜうちの娘はこんな思いをしているのか。


 望めばどんな国の王子でも、どんな大貴族の嫡男でも手に入るだろうに。

 何故に一娼館の支配人マネージャーに袖にされて涙目にならねばならぬのか。


 王としてよりも父親としての想いの方が強くなりつつあることをグレン王は自覚する。


「そんなことありませんわ!」


 ノックもなしに突然王の執務室の扉が開き、カリン第二王女が乱入してくる。

 王族にあるまじき不作法だ。


 こればかりは娼館に通い出してからの悪癖であることは確かだ。

 まさかグレン王も、己が当の支配人マネージャーと同じ悩みを抱えているとは思いもしない。


 ――何でノックせぬのかしないのか


「だってお姉さまはあの男を赤面させられますもの! 口では砂糖菓子頭とか寝言は寝て言えとか言っていましたけど、お姉さまに「一生懸命覚えます」といわれて顔が真っ赤でしたわあの男。いやらしい! ケダモノ! 娼館の支配人!」


 ――最期のは悪口ではあるまいに。

 

 いや問題はそこではない。


 ――「教えてください」などという遠回しな言い方ではなく、「一生懸命覚えます」だと? なにそれ? 我も王妃にそんなこと言ってもらったことないが。


 ――ようしわかった、敵だなあの男。


「カリン? カリン? あのことは内緒にってあれほど……」


 さすがに父親にここまで聞かれるのは恥ずかしいのか、ここしばらく見たこともないほど真っ赤になったシルヴェリアがカリンをなんとか宥めようとしている。

 

「だってお姉さまばっかりずるい! 私は何を言っても何をしても「ジャリ」「ジャリタレ」って苦笑いするだけですのに! お姉さまはあの男にちゃんと「男の顔」をさせたのですわ! ずるい!」


 興奮状態になっているカリンに、慌てふためくシルヴェリア。


 ――おのれ支配人マネージャー


 ――シルヴェリアだけではなく、カリンもなのか。

 ――我も一度「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」行くか。


 ――王として、父親として一度支配人マネージャーと膝つめて話すか。


 その前に……


「汝はほんとうにそこまで言ったのか……」


「お父様? それはあのその、場の勢いと申しますか、珍しく話の流れであの方が隙を見せたので便乗したと申しますか……」


「言ったんだな」


「……はい」


「それでも躱されたのか……」


「……」


 今度こそグレン王は天を仰いだ。


 この綺麗な癖に駆け引きの一つもできない娘では、本当に支配人マネージャーはどうにもならないかもしれないなと思案する。


 父親としては憤懣やるかたないが、王としては適切な援護をするべきかとも思う。

 頼りになる第一王子のアレンにも協力を仰ぐべきかもしれない。


 カリンの言葉からすれば、シルヴェリアが思っているほど全く通用していないという訳でもなさそうだ。


「絶対、絶対「ジャリ」や「ジャリタレ」ではなく、カリンと呼ばせてみせますの!」


 こっちはこっちで頭が痛いが、まあまだそう呼ばれている通り「ジャリ」なので大丈夫だろう。


 子供は子供なりの自尊心はあるようで、カリンが敬愛するシルヴェリアに「ずるい」と言うなど相当のものだ。

 シルヴェリアにはまるで苦労しなかった淑女レディ教育を効果的にカリンにするにはいい傾向かも知れない。


 世界の権益を左右し得る案件であるはずが、王としてよりも父としての悩みが増えるばかりのグレン王である。


 当の支配人マネージャーは、そんなことを知る由もないのではあるが。





 一連の騒ぎを終えて、後宮へ戻ったグレン王が深くため息をつく。

 せめて王妃に愚痴でも聞いて貰わなければ、王としても父親としてもさすがにやっていられない。


「娘というのはつまらんな。どれだけ大事に育てても、結局はどこかの男に掻っ攫われる」


 己も王妃をそうやって掻っ攫ったことを棚に上げて、深くため息をつく。

 それをシルヴェリアの姉といわれても通じるような、儚げな美しさを持った王妃がくすくす笑いながら聞いている。


「王陛下。娘というものは遅かれ早かれ嫁いでゆくものなのです。相手があの「支配人マネージャー」であればまだよいではありませんか。情勢次第でどうなるともしれぬ他国の王子や大貴族の跡取りに嫁ぐのに比べれば、多くの娘と競う事になっても彼を勝ち得た方が幸せだと思いますわ」


 未だ愛の冷めぬ、最愛の妃にそう言われて強面で剛毅なグレン王はため息をつく。


 泣く子も黙るグレンの傭兵王は、王としても父としても憂鬱なのである。

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