第参話 シルヴェリア王女殿下の場合

 自分の部屋に戻って、こればっかりは上等な椅子にふんぞり返ったところで、またぞろ店員スタッフがノックもなしに部屋の扉を開けやがる。


 どっちかってぇとしっかりした奴が多いんだが、如何せん起こる事態がでかすぎて、礼儀とかマナーとかがすっ飛びがちになるのは、もうあきらめるしかねえのかな。

 お客様スケベヤロー共にはきちんと対応しているし、慌てた時の対応にまで文句を言うのも気が引ける。


 ――それで辞められても困るしな。


 とはいえ今度はなんだよ、全くもう。

 ついさっき、うちの店でも比較的でかい騒ぎが収まったばっかりじゃねえか。


「そ、それがシルヴェリア王女殿下が見えられまして、支配人マネージャーに会わせろと……」


 また来やがったのか、あの夢見るお姫様。

 あんたみたいな宝石箱入り娘が来るような所じゃねえって、何回言ったらわかるんだ砂糖菓子頭女め。

 

 だいたい王宮の警備はどうなってんだ。


 年頃の第一王女殿下を、まだ宵の口とはいえほいほい色街に来させてんじゃねえ。

 最近はうちの嬢たちといつの間にか仲良くなって、妙に耳年増になって来てやがるし、それでいいのか傭兵王。


 知らねえぞ、夢拗らせて妙な男に引っかかったりしても。


支配人マネージャー! 今夜こそわたくしの提案に耳を貸していただきます。今回の提案は父……王陛下の承認も得ていますから、わたくしの一人よがり、夢物語ではありません」


 なあ第一王女様よ。


 立場上、幼いころから礼儀礼節は叩き込まれているはずだよな?


 それとも何か。

 俺の執務室の扉はノックしたら呪われるっていう噂でも出回ってんのか。


 仮にも王族の女性ともあろう者が挨拶すっ飛ばして、仕事場とはいえ男の部屋に入ってくんじゃねえ。


 グレン王家特有の紅い瞳と、豪奢に広がる金髪。

 あのくるんくるんしてる髪は、何をどうやったらああなるんだかまったくわからん。

 英雄色を好むを地で行くグレン王家の歴代王が、代々どえらい美人を王妃に迎え続けた結晶とでもいうのか。

 いずれも歴史に名を残すような美妃達の遺伝子がしっかり仕事して、うちのトップ3とタメ張れるくらいの美貌の持ち主だ。


 百戦錬磨のうちのトップ3と違って、新品サラでこの色気ってのはお世辞抜きでもすげえと思う。

 あと一年もすりゃ各国の王子様方が、傭兵王の顔色伺いながらも求婚の列をなすのは間違いないだろう。


 バカでけえ乳とケツはローラ嬢に勝るとも劣らない。

 まあローラ嬢のと違って直接見たこたねえが、豪華なひらひらした服でも隠しきれないくらいにはご立派だ。


 顔だちはグレン王家にしちゃ優しげで、現王妃様の遺伝子が勝利した結果だな。


 グレンの王は傭兵王と呼ばれるが、当代は男前っちゃあ男前だがめちゃくちゃ厳つい面構えで、まさに傭兵の首領って方がしっくりくる感じだ。

 妹姫はとーちゃん似で、きつめの美人って感じなんだがな。


 ――まだジャリだが。


「シルヴェリア第一王女殿下」


「な、なんでしょう支配人マネージャー


 椅子から腰を上げることなく、机に肘をついて腕を組み、口の前で指を絡ませた体勢で重々しく口を開くと、シルヴェリア姫がビクッとする。


 ――いい娘なんだよな、確かに。


 王族であっても威張り散らしたりせず、甘ったるくはあるが他人の事を考えて行動を起こせる娘だ。

 

 王国一とはいえ、言ってしまえばたかが娼館の支配人マネージャー風情が椅子に座って偉そうにしている前で、王女殿下を立たせたままにしているってのは言うまでもなく大概不敬だ。


 それで怒り出すどころか、怖い声出されてビクつくってんだから、微笑ましいっちゃ微笑ましい。


「何度も申し上げているのですが、王女殿下の提案が「甘い」というのは、王陛下の許可を取っているとか、そういう事ではないんですよ」


 出来るだけやさしい声で言って聞かせる。

 あれこれ地雷だったかな。


「この場ではいつも通りの言葉にしてくださいと、何度も言っているではありませんか支配人マネージャーわたくしは確かにこの国の王女ですが、ここへ来るときは対等な交渉者としてきています。丁寧に扱われるいわれはありません」


 ああそうだ、そういうめんどくさいお姫様だった、この方は。


 どんな男でも魅了できそうな、真紅の瞳に涙を浮かべている。

 こんなことで涙目になってるようじゃ、交渉もへったくれもないと思うんだがな。


「あー、はいはい、解りましたよお姫様。だから王陛下の許可とったとか、嬢たちの働き口確保できたとか、そういうこっちゃないんですよ」


「なぜですか! 確かに収入は減ります。ですが女性が、あの、身体を……その」


 娼館廃業の交渉に来ておいて、こんなことで口ごもってる時点で論外なんだがな。

 遊び半分じゃなく、本人は至って真面目なのが救いなのか、救えないところなのかは微妙なところだ。


「よそ様の店は知らねえが、うちの嬢たちゃ自分で決めてこの仕事をしてる。去る者は追わねえし、来るものは申しわけねえが選ばせてもらってるけどな。たとえ王族でも、そこに嘴突っ込む権利はねえって話なんだよ」


 傭兵王も百も承知のはずなんだがな。

 国としても本気で娼館なくすなんて政策は取れねえだろう。

 この国にとっちゃもはや一大産業なんだ、夜の街ってのは。

  

「で、ですけど借金のかたに無理やり働かせたり、それどころか攫ってきた女の人を働かせたり……」


 ああ、確かにその手の胸くそ悪い話はある。

 そしてどれだけ努力してもなくなりゃしねえ。

 

「あのな? 確かにそういう店も、そういう嬢もいるんだろうけどな。それこそそっちは国が責任もって取り締まってぶっ潰しゃいいし、不当な金貸しを禁止したり、被害者を救済するのはそれこそ国の仕事だよ。どんどんやってくれて構わねえ」


 そんな外道と一緒にされたかねえが、だからと言ってうちが上等な店だというつもりもない。

 嬢達の覚悟とお客様スケベヤロー共の欲望で稼がせてもらってる、所詮同じ穴の貉だ。

 ルールを守っているという建前振りかざすだけ、性質タチが悪いと言えるかもしれねえ。


 無くせるもんなら、きれいさっぱり無くなったほうが良いってのは否定しないし、出来きゃしない。


 どれだけ覚悟を決めていようが、辛い仕事だってのも間違いじゃないからな。


 だけど「胡蝶の夢うち」が無くなったって、この手の商売がなくなる訳じゃない。

 お国が法律で禁じれば、地下に潜るだけだ。

 そしてそうなりゃ、間違いなく今よりひでえ事になる。

 まず人が変わらない限り、法律で縛ったってどうにもなりゃしねえんだ。


 俺はそれをもう


 だったら自己満足と言われようが、自己欺瞞と言われようが、せめて俺の手が届く範囲だけでも出来るだけ真っ当な店で在りたい。

 お姫さんみたいに、全てを救おうなんて上から目線で大それたこと言えないし、言いたかないんだ。


「ですけど……せっかく綺麗な女性ばかりなのに……お金の為に、好きでもない殿方に躰を許すのはどうしても認められません」


 わからないでもないけどな、お姫様。

 市井の人間は理想語ってるじゃ、生きちゃいけないんだよ。

 

 認められない、そりゃ結構。


 そうしなくて済む奴は、貞淑に、理想を守って生きていけばいい。

 それを馬鹿にしたり、子供だと笑うつもりもねえ。

 それだって一つの誇り高い生き方だ。


 だけど勘違いするなよお姫様。


 確かにうちの嬢たちは、お金をいただいて自分の躰と時間、技を売ってる。

 だけど目的は金そのものじゃねえ、その金で実現できる、それぞれがどうしても譲れねえの為に売ってんだ。


 ――笑い飛ばしたり、涙こらえたり……歯を食いしばったりしてな。


 それを「金の為」って一括りにしちまうのはいただけない。

 まあ確かに中にゃあ、お気楽に、俺にも理解できない理由でやってる嬢もいるけどな。


 それだって他人が口出すことじゃねえんだよ。


 食うためだけにやってんじゃねえんだ、どうしてもやめさせたきゃそれを叶える方法を提示できなきゃ、はいそうですかとは言えない。


「それに可哀想です。いいですか、女性というものは……」


 ――ああ、そいつは最もいただけねえなお姫様。


「シルヴェリア王女殿下」

 

 俺の声に躰をすくませて、シルヴェリア王女殿下が言葉を止める。


 自分でもちょっとびっくりするくらい低い声が出た。

 だけど今のは聞き流すわけにもいかねえ。 

 

「うちの店で働く嬢たちゃ、それぞれ譲れない目的なり理由なりがあって、ここで自分の技と時間と躰を売ってんだ。嫌うのはいい。蔑むのだって自由だ。自分なら死んだ方がましだと嘯くのも好きにしたらいい」


 そんなのは個人の自由だ。


 嫌わないでやってくれ、蔑まないでやってくれなんて言うつもりは毛頭ない。

 そう言う仕事だと、わかった上で、それでもやるしかねえから自分で決めてやってんだ。

 そういう事も込みで、覚悟が無きゃやれるもんでもねえ。


「だが憐れむのだけは赦さん」


 正しいとか、正しくないとかは知らん。

 だが俺がそれだけは赦せねえ。


 そう言う考えのやつとは会話もしたくない。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりでは……」


「二度目はないぞ、お姫様」


 再び涙目になって謝罪するお姫様。

 悪気が無いこたわかっちゃいるが、そこはどうしても譲れないんでな。

 大人げないこた自覚してるから、勘弁してくれとは言わねえ。


「……わたくしの様な世間知らずが、口出しするのはやはりおこがましいのでしょうか……」


 思わずこぼれた俺の怒気に触れて、すっかり萎れてしまっている。


 ここで「無礼者!」と言えるメンタルがあればまた違うんだろうけど、どこまで行ってもやさしい、宝石箱入りのお姫様だ。

 まあそこがこの娘のいい所でもあるんだけどな。


「……んなこたねえよ。俺らが当たり前だ、しょうがねえんだと諦めちまってる事に、お日様の下で生きてる人間の常識をぶつけてくれるのは正直ありがたい。やっぱり基本的に正しいのはそっちだとは思うしな。実際、お姫様の提案で救われてる嬢がいるこた、他店からは結構聞いてる」


 涙目で俯いてしまったお姫様を見ながら、頭をかく。

 こういうフォローは俺には向いてねえんだよ、本来。

 

 御付の爺やとかいねえのか。


「けどな。掲げる理想は立派だが、そういうのはもうちょっと人々に共感されやすいもんにしとけ、お姫様。理想を掲げて現実の道を歩むっつっても、エロ方面規制しようってな無理筋なんだよ、新品サラのお姫様にゃピンと来ねえだろうけどな。ある方面じゃこの世界よりずっと進んだ世界でもなくなりゃしなかったんだ、人が人である限りまだ無理なんだよそりゃ」


 科学万能。


 貧富の差も、人種差別さえ基本的には解決してしまった世界でさえ、夜の街はなくなっちゃいなかった。

 拡張現実や仮想現実に留まらず、ほとんど人間と区別がつかないヒューマノイドが開発されてさえそうだったのだ。


 魔法があるとはいえ、今のこの世界で無くなるなんてことは、人が人である限りあり得ない。

 ある日全員が解脱して、人類が群体生命体へでも進化すりゃわかんねえけどな。


 お姫様の立ち位置なら、もっと現実的なところへ注力してくれた方が、結果として救われる人間は多くなるはずだ。

 幸いなことに基本善人で、その上ちょいと四角四面だが有能でもある。

 

「い、今は新品サラで、ですけれど、支配人マネージャーが教えてくだされば、一生懸命覚えます。こう見えても覚えはいい方ですから、すぐ満足して……いただけると……おも、う、んです、けど……」


 ほんとに発火でもするんじゃねえかってくらい、顔を真っ赤にして妙なことを口走り始めた。


 おい、どこに喰いついてんだこの王女殿下。


 つか誰だ、王女殿下という、こう見えても貴顕中の貴顕と言っていい宝石箱入りお姫様に新品サラなんていうスラング教えたのは。


 理解してんじゃねえかこの耳年増。

 理解した上でなに口走ってんだ、この王女殿下。


 自分の立場わかってんのか。


「あほか。そういうのは王陛下が決めた婿さんか、自分の立場すべて捨ててもいいと思えるほど惚れっちまった男に仕込んでもらえ。俺がおぼえさた日にゃ、傭兵王に自慢の紅蓮剣で細切れにされちまうわ!」


 ほんとに王女様とか雲の上の人間の思考はよくわからん。

 賢者モードに入ったお客様スケベヤロー共とタメはれるわ。


「お父様……王陛下はお怒りにならないと思うんですけれど……」


「んなわけあるか、この砂糖菓子頭! だいたい俺はここの仕事で忙しいんだ、んな暇あるか」


 もうこの人の頭の中どうなってんの?

 娼館の支配人マネージャーごときが、王女殿下の純潔散らして無事で済むとでも本気で思ってんの?

「本人に頼まれたんだ、信じてくれええぇぇぇぇ!」なんてマヌケな台詞を最後に、傭兵王の紅蓮剣で焼き尽くされるのはまっぴらごめんだ。


「ひ、暇がないという理由で抱くのを拒まれるなんて……ひどいです。で、ですけど支配人マネージャーは毎晩毎晩、魅力的というか魅惑的というかいやらしいっていうか綺麗な女の人達に囲まれていてふ、不潔です。わたくし一人では我慢できませんか? わたくしをお嫁さんにして王配となれば、支配人マネージャーが理想とする夜の街の在り方を実践できますよ?」


 ほんとにこの人何言ってんの?


 不潔って、嬢たちじゃなくて俺のこと言ってんのか。

 こんなに頭抱えて仕事に精出してるってのに、お姫様の頭の中は桃色の妄想で一杯か。


 俺が夜な夜な店の嬢たちと、酒池肉林の宴をやってるとでも思ってんのか。

 

「あのなあ。どこの世界に元娼館の支配人マネージャーを王配に迎える国があるってんだよ。寝言は寝て言えお姫様。だいたい激情型のカリン第二王女ジャリタレくらいならどうとでもなるが、沈着冷静なアレン王子殿下が万一切れたら大変なんだよ。滅多な事言うな」


 シルヴェリア王女殿下はちょっと頭がおかしいくらいでいい娘なんだが、その妹と弟は厄介だ。

 何が厄介って二人とも極度のシスコンで、崇拝するお姉さまにちょっかいをかける「下賤な害虫」を大変嫌っておられる。


 つまりこんな会話を聞かれたらえらいことに……


「話は全部聞かせてもらったわ! お姉さまを振るなんて何様のつもりなのかしら、いやらしい娼館の支配人マネージャー風情が! 息をするだけで害になる害虫はこのわたくし、グレン王国第二王女カリン様が、自慢の魔法で焼きつくしきゃあああああああああああああ!」


「カリン様? うちの支配人マネージャーにそういう口きいたら、次は途中で止めぬと言っておいたはずじゃな? 覚悟はよいか?」


「や、ぎゃ、やあめて、ごめんなさ……あ、ああ、や……やめ」


 うわあ、一気にカオスになった。

 どいつもこいつもノックすることなく俺の執務室に乱入しやがって。


 シルヴェリア王女は、今の会話を聞かれていたことに顔を真っ赤にして俯いている。

 案の定乱入してきたカリン王女殿下は、うちのトップ3の一人につかまっておもちゃ状態だ。

 えらく感度がいいのを気に入って、この前からずっとこんな調子だな。


 乱入してきたカリン王女を速攻で捕獲して、イケナイおもちゃ状態にしているのがうちのトップ3の一人、ルナマリア嬢だ。


「おいこら、エロ娘、やめて差し上げろ。カリン王女殿下はそういう直接的な刺激にゃなれておられないんだ。うちの店ごと不敬罪になるからすぐやめろ」


「お? あと数十秒もあれば「やめないで」と言わすことも可能じゃぞ、支配人マネージャー。その方がよくないか?」


 ああ、たしかにこいつならそれ位はするだろうな。


 うちのトップ3の中で見た目は一番幼いのに、技術ではひとつ抜けている、らしい。


 骨抜きどころか魂まで抜かれてる、やんごとない立場のお客様スケベヤロー共が掃いて捨てるほどいる。

 予約はいつも順番待ちだ。


「いいからやめろ、すぐやめろ」


「ち、つまらん」


 たかが数十秒ですでに体を痙攣させて言葉もないカリン王女殿下を開放する。

 おい、仮にも王族を床に転がすな。


 しかし何でこいつ、今くらいの時間に俺の執務室にこれてんだ。

 こいつに客が付いてない日なんて、休暇日以外にありえないんだけどな。

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