第肆話 ルナマリア嬢の場合
ルナマリア。
俺がここの
確かにローラ嬢もリスティア嬢も、ルナマリアのいう事は基本素直に聞くしな。
ルナマリアよりも年上の嬢は何人もいるが、
それ自体が輝いていると錯覚しそうなほどの艶と、癖ひとつないサラサラの金髪。
それと同じ光を宿す左の金の眼と、グレン王家の紅とは違う紫が混ざったような蘇芳色の右目をもつ
子供の様な体躯に、不釣り合いな大きな胸。
表情が強気なものばっかりだからきつめの顔だと判断しがちだが、その造形は恐ろしく整っていやがる。
俺は活き活きとした意志が宿っている表情の方が好きだが、ふとした拍子に無表情になった時や、何回止めろと言っても聞きゃしない、俺の椅子で寝こけている時の寝顔はぞっとするほど綺麗だ。
俺みたいなガサツな人間でさえ、そんな月並みな感想がふと浮かぶくらいだ。
こいつに魂抜かれちまってる
――技も凄いとのもっぱらの噂だしな。
「あー、シルヴェリア王女殿下。大変申し訳ねえが話はまた今度って事にしてもらえるか。そこで痙攣してるカリン王女殿下も連れてってくださるとありがたい」
「……は、はい。ですけど先程のお話は、
最後の方はごにょごにょと聞こえなくなった。
何をトチ狂っておかしな条件出してきたんだかな。
俺をむりやり王配にしたところで、シルヴェリア王女が望む世界になる訳じゃねえことくらいはわかってるだろうに、思いつめすぎたか。
しかしカリン王女殿下は何しに来たんだか。
最初の台詞を言いきることもできずに、ルナマリアの餌食になった。
まさか癖になって、いじめられるために来てるんじゃあるまいな。
姉ちゃんは夢見るお姫様だわ、妹はマゾで色惚けだわと来た日にゃ、傭兵王禿げちまうんじゃねえかな。
「まーた来とったのか、お姫様は。飽きんのう」
しょんぼりと部屋から出ていくシルヴェリア王女殿下を横目で見送って、ルナマリアが呟く。
「いやそれよりもお前だよ、ルナマリア。なんでお前がこの時間に俺の執務室に来てんだ? 今日のお客様はどうした?」
「貴賓室のベッドで寝とるよ。朝まで目を覚まさんな、あれは」
ルナマリアも自分の部屋でけっして客を取らない。
そう考えると、うちのトップ3は全員自分の部屋では客取らないんだな。
というかトップ3の稼ぎであれば王都内に相当な屋敷構えられそうなもんだが、最上級の部屋とはいえ「
まあ
ローラ嬢、リスティア嬢、ルナマリアが独り暮らししている家が割れでもした日にゃ、トチ狂った馬鹿がなにやらかすか知れたもんじゃねえ。
そういう意味では、俺にとっても三人が部屋住み続けてくれてんのはありがてえ話だ。
たまにゃ一緒に呑めるしな。
――そうじゃなくてだな。
「いや寝てるって言ったってお前、一晩買われてんだから……」
仕事である以上、その辺はきっちりするべきだ。
たとえ相手が寝たとしても、買われている時間はその横におり、目が覚めたらきっちりお相手をする。
それだけの料金を、「一晩買い」のお客様は支払ってくださっている。
エロかろうがなんだろうが、ルールを守ってお金を出してくださっているからには、こっちもルールは守らにゃならん。
そこを外すと、艶売る商売なんざなり立ちゃしねえんだ。
そんなことくらい百も承知のはずなんだがな、ルナマリアは。
「許可はとっとるよ。自分が寝たら今日はそこまで。それで部屋に帰ってもいいとさ」
「今日のお客様は……」
そういう「勝負事」を仕掛けてくるお客様には、確かに数人心当たりがある。
今日の予約表で、ルナマリアの予約客は確か……
「ガイウス王弟殿下じゃな」
――それだ。
二年前の
三日三晩、単身でアズガルド渓谷の関を死守した、まあバケモンの一種だ。
三日三晩という戦闘継続時間もだが、相手にした
――ありゃもう人じゃねえ。
「救国の英雄様を、宵の口で撃破すんな」
そういう体力面においても人の域を超えてる相手を、こともなげに朝まで目を覚ませない状態にするなって話だ。
酒が入っていたとかそういう理由があるにしても無茶苦茶だ。
もはや技というより魔法の域じゃねえか。
「戦場とベッドの上は似て非なるものゆえな。私が本気を出せばこんなものよ」
でけえ胸を張るな。
無駄に揺らすな。
商売柄しょうがないとはいえ、お前らの衣装は目に毒なんだよ。
上等ではあるんだが、
男である以上ある程度はしょうがねえとはいえ、付き合いの長いお前らに
女ってのは怖ええもんで、こっちが
――ほれみろ、今もなにやら自慢げな顔をしやがる。
ルナマリアも飲んでいるのだろう、少し酒の香りが薫る。
よく見りゃ少し、目が酔ってるか。
珍しいな。
「いやまあそうなんだろうけどよ。三日三晩ぶっ通しで、笑いながら死線に立てる男を一刻かからず朝まで撃沈って、お前の方がバケモンじゃねえのかルナマリア」
「試してみるかえ? こう見えてもベッドの上では可愛いものぞ?」
いや黙ってりゃ、そこでそうやって立ってても可愛いけどよ。
ほんとに珍しく酔ってやがんな。
てこた、まためんどくせえことを言われてたわけか。
「やめとくよ。腎虚で死にたかねえし、お前に魂抜かれっちまうのもぞっとしねえしな」
「根性なしめ」
うるせえよ。
そう言いながら俺のユニーク魔法を一通りルナマリアにかける。
「ああ、せっかくいい気分で酔っておったものを……無粋な」
俺のユニーク魔法は便利な反面、正常な状態に戻すことを基本としているので、酒や薬の類には相性が悪い。
その手のお香を焚き込めた部屋で盛り上がっている二人にかけでもしたら、大変興ざめなことになるだろう。
適度な酔いに名残惜しそうな表情を見せるルナマリアにゃ悪いが、一仕事終えた嬢に魔法をかけないって訳にもいかねえしな。
とはいえ気分よく酔ってたのを素面に戻されるのがつまらんと言うのは良くわかる。
この後時間が空いたってんなら、呑み直しに付き合ってもいい。
夜半過ぎれば仕事も落ち着くし、ローラ嬢もそのあたりにゃ手じまいするだろう。
リスティア嬢も今夜は空いている。
久しぶりに四人で呑むのも悪かねえ。
本来ならうちのトップ3侍らして呑むとくりゃ、それだけで相当な金額がすっ飛ぶが、その辺は
「で? ガイウスの旦那が勝ってたら、どうなってたって?」
予想はつくが、一応は聞いておく。
「いつもどおりじゃな。
「懲りんなあ、旦那も。本気で惚れられてんなルナマリア。何回目だっけかそういう勝負」
ガイウスの旦那に限らず、その手のお客様は多い。
ルナマリアの場合は勝負で不敗だし、リスティア嬢が困った顔をすると相手がキョドってひっこめるし、ローラ嬢は笑い飛ばして、しつこいと真顔になる。
だれも射止めることに成功はしてないわけだが、幾人かは冗談では済ませられないレベルで本気だ。
いつかこの三人が「この人と一緒になることに決めました」って言ってきたら、やっぱり相当寂しいんだろうな、俺は。
らしくない気もするが、多分そうだろう。
「数えとらんわそんなもの。まあ
さっきの話を指摘される。
「ああ、あれなあ。何考えてんだかな」
確かに
確かに上等な嬢たちのおかげで、客層も上等な連中が揃ってるたあいえ、王族はいくらなんでも行きすぎだ。
しかもガイウスの旦那はともかく、シルヴェリア王女殿下やそれにくっついてくるカリン王女殿下は女性な上に未成年ときてる。
いや、この国じゃ、シルヴェリア王女殿下は成人済にゃなるのか。
問題の本質とは関係ねえけどな。
「娼婦を正妻に迎えようという王弟殿下だの、娼館の
「――違いねえ」
ため息まじりに洩らしたルナマリアの疑問に思わず笑う。
まあだからこそ、俺らみたいなのが生きやすい国なのかもしれねえな、
「のお、
「なんだよ改まって」
酔いの抜けた、いつも通りの澄んだ瞳で俺の顔をじっと見てくる。
こいつの目はほんとにでかい。
吸い込まれそうになるけど、宝石みたいな金の瞳と、蘇芳色の瞳に自分の顔が映っているのを見ていつも笑ってしまう。
今回もその例に漏れなかった。
「ひ、人の顔を見て笑うとはひどいではないか
「すまんすまん。いや他意はないんだけどさ……」
じっと見つめれば大概の男が鼻の下伸ばすのが当然のルナマリアらにとって、自分の顔のアップで笑われるのは屈辱なのだろう。
常に落ち着いているルナマリアが珍しく顔を朱くして抗議してくる。
それが可愛らしくて笑いが止まらなくなる。
「ま、まあよいわ。
「いや、ほんとすまん。うん、ちゃんと聞くぜ、なんだ?」
百戦錬磨の娼婦とはとても思えねえ。
こうやって見てるとぶんむくれて拗ねてる、そこらの小娘と何一つ変わらない。
ただとんでもなく別嬪さんってぇだけだ。
「
「なんだよ、らしくねえ。俺は好きで
ほんとに珍しいこと考えてやがったんだな。
うんざりしたりすることももちろんあるが、俺は好きで
それは間違いない。
「本当に? ここに来た直後みたいに、実はまだ冒険者やらに憧れを持っておらんか?」
「それ言うなや、若かったんだよあの頃は。今はもうそういうのはねえよ。俺の使えねえ妙な魔法が、お前らに取っちゃ役に立つことが嬉しいんだよ。嘘じゃねえ」
黒歴史をさくっと掘り返すんじゃねえ。
たしかにこっちに来た直後はそういうのに憧れてたし、そういう方面に全く役立たずな自分のユニーク魔法を嫌ってた時期もある。
また
まあほんとにガキだったんだよ、あの頃は。
「本当じゃな? 信じるぞ」
「ああ、信じてくれて構わねえよ。なんだよ小娘みたいに、らしくねえ」
親に嫌われそうになってる小娘みたいな、不安そうな顔すんな。
似合わねえ。
ほんと、どうしたんだ今夜は。
「わ、私も感傷的になる夜もあるのじゃ。先の事を考えたりするとな……」
「そういうもんか」
まあ時間は確実に過ぎて、誰もが歳を取っていく。
今は数多の男にちやほやされる春から夏の時期であっても、いずれ秋は訪れ、冬に至る。
断ったとはいえ、
娼婦っていうのはそういう仕事だ。
愛や情も全て金に換算されてしまうし、してしまう。
それだけじゃあねえこた知っちゃあいるが、
普通の恋人同士が歳を重ねりゃ、失っていく若さとは別のもんが二人の間にゃ積み上がっていく。
だけど客にとっての娼婦は、歳を重ねりゃ価値が下がっていくだけだ。
世知辛れえ話だが、厳然たる事実でもある。
逆に今、いわゆる「玉の輿」にのってしまわない彼女らが不思議でもある。
そこまで嘴突っ込むつもりもねえけどな。
「そうじゃ
「おっと随分上からの
また妙な事を言い出したぞ、この人も。
さっきのシルヴェリア王女殿下に影響されたんじゃあるまいな。
つか人気絶頂期のルナマリアを俺が嫁にしましたとか、
「ぬう、うちの嬢全てを敵に回すのはさすがに避けたいのお」
まあいきなり俺が「ルナマリアの旦那になるから店辞めるわ」となったら、俺のユニーク魔法を頼りにしている嬢たちから、ルナマリアは恨まれるだろう。
ルナマリア自身が、店の嬢たちを大事にしているのは知ってるから、そんなことを選択するわきゃねえんだけどな。
――これは会話の流れでの、ただの
「まあ心配すんな。お前らがもう稼げなくなって、のんびり暮らしたいと思った時に相手がいなけりゃ、俺でよければ嫁に貰ってやるよ。お前だけって訳にゃいかねえかも知れねえけどな」
安心が必要な心理状態だっていうなら、それをケアするのだって
仕事としてだけじゃなく、実際そういうのも悪かねえと本当に思っているしな。
「この私をハーレムメンバーの一人扱いかえ。
「ハーレムって言われてもなあ。その時は歳くったのばっかりだけどな。つか
お互い笑いながら馬鹿な話をする。
おそらく――いや間違いなくそんな未来はこない。
俺はじいさんになるまでここで
リスティア嬢やローラ嬢にしたって同じことだ。
娼婦が貴顕に嫁ぐっていう、シンデレラストーリーを傍で見られるってんなら、それはそれで悪いもんじゃねえ。
主役は張れねえが、とびっきりの観客席ではある。
「うむ、そういうのも悪くないかもしれぬな。……言質はとったぞ
リップサービスが過ぎるなルナマリア。
まあこういう流れも嫌いじゃねえ。
「男に二言はねえよ、どんとこい。とりあえず今日は時間空いてんだろ? ローラ嬢も夜半で手仕舞いだろし、リスティア嬢も今夜は空いてる。久しぶりに呑まねえか? 酒は秘蔵のを俺が出すぜ?」
今夜はちっと飲みたい気分だ。
付き合ってくれるってんなら有り難い。
「珍しいこともあるもんじゃな、
ルナマリアに限らず、リスティア嬢もローラ嬢も、俺は簡単に自分の部屋に上げる。
彼女らにとって
「お前がそれでよければな。まあ夜半まで待て。適当に部屋に行くからそれまでゆっくりしとけ」
「承知した、つまみでも準備して待っておるわ」
めったにゃ見ねえとびっきりのご機嫌顔だ。
俺が酒に誘うくらいで見せてくれていい代物でもねえと思うんだがな。
この顔見れるってんなら金に糸目をつけねえお得意様はいくらでも居るだろう。
金で買えないものにこそ価値があるってなおためごかしも、こういうのを見た瞬間にゃ納得できなくもねえと思えちまうな。
柄にもなくといやお怒りになるが、ルナマリアの料理は一級品だ。
せっかくのいい酒出すんだ、それに合う美味いつまみを用意してくれるってのは有り難い。
「たのむ」
さて時間売りの嬢たちが一巡するな。
そろそろ俺の出番だ。
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