第壱話 ローラ嬢の場合

支配人マネージャー~。今日の一人目終わった~。洗浄魔法かけて~」


 支配人室にノックもなしに入ってきたのは、うちの人気トップ3の一人ローラ嬢だ。


 金髪碧眼、俺の感覚からすれば絵に描いたような西洋美人だな。

 馬鹿でかいくせになぜか重力に従わない胸と、同じくらいでかいケツ。

 ほっそい腰でどうやってそれ支えてんだといいたくなるが、お客様スケベヤロー共受けはすこぶるいい。

 特に俺からみて東洋系に圧倒的な人気を誇っているあたりが、世界がどこであろうが野郎共の煩悩ってのはわりと単純に出来ているんだなと、妙な感心をさせてくれる。


「だから俺の部屋に入ってくるときゃ、隠すもん隠せって言ってんだろうがこの馬鹿女!」


支配人マネージャーひど~い。私の裸見る為だけにお金だすお客様もいるのよー。ただで見れるんだからラッキーじゃないー」


 ああもうこの女は何回言っても聞きゃしねえ。

 間延びした話し方だけ聞いてりゃほんとに馬鹿女に思えるが、頭の回転ははええし、付いてる客も極上の類だ。

 昼の顔はお堅いお仕事ばかりの上得意様たちを、きっちり骨抜きにしてるんだから馬鹿じゃ無理だろう。


 俺の前じゃ、どうみたってただの馬鹿なんだがな。


 いいからさっさとそのお高くつく胸とケツを隠せ。

 精神集中できないと、俺のユニーク魔法は発動できねーんだよ。


 もう長い付き合いだ、知ってんだろうが。


「はーい。支配人マネージャーは相変わらずむっつりスケベだねー。その気になったらいつでも言ってねー」


 やかましい。


 何やかやといいつつ、俺の魔法が必要なのはお互い解っちゃいるのでちゃんと隠すべきところは隠してくれた。


 ……これもう慣れちまってるけど、下手すりゃ今の格好のほうが扇情的だよな。

 不思議なもんで、全部放り出してるほうがかえってエロくないかもしれん。


「もー、アストリア伯ったら、全身舐めまわすからいやになっちゃうわー」


 そういう客の性癖情報を俺の前で話すな。

 そういうのは、それ専用のスタッフへ報告しとけ。


 金になる情報なのは確かだからな。


 要らんことを考えながら、ローラ嬢に洗浄魔法、疲労回復魔法、消臭魔法、芳香魔法、細胞活性魔法を五重発動してかける。


 洗浄魔法は、ローラ嬢にとって不必要な汚れを全て除去する魔法。

 疲労回復魔法は、ローラ嬢の肉体的疲労を回復させる魔法。

 消臭魔法は、ローラ嬢の本来の匂い以外を全て消す魔法。

 芳香魔法は、ローラ嬢の魅力を最大限に引き出す生物としての匂いを発生させる魔法。

 細胞活性魔法は、ローラ嬢の皮膚、その他あらゆる部分を活性化させ、ベストな状態に魔法。


 他にもいろいろあるが、俺がこの世界にすっ飛ばされて得た力、ユニーク魔法はこんな感じのいわば体調管理プラスアルファに特化された魔法だ。


 小憎たらしいことに、この手の魔法を使う分においては俺の魔力はほぼ無限に等しいと所有者オーナーが保証してくれている。


 ――意味ねえ!


 これが竜をも焼き尽くす火炎魔法とか、悪魔さえも氷漬けにする氷結魔法なら、男ならまあ誰でも一度は憧れる、派手な英雄譚が始まっていたかもしれねえのに。


 確かに便利な魔法であることは認めるが、戦場ではクソの役にもたちゃしねえ。

 お体キレイキレイしてる間に、頭カチ割られて仕舞いだ。


「ありがとー支配人マネージャーー。次のお仕事がんばってくるねー」


 ほわほわと微笑みながら、すぐに次の客の所へ行くような事を言う。

 「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」は完全予約制だし、客と客の間は可能な限り時間を取っている。

 うちは稼いでくださる「いい女」を使い潰すような店じゃねえんだ。


「おいこら何回言ったらわかるんだ。俺のこの魔法は万全じゃねえ。お前らの基礎体力を魔法で利用してるだけだ。そういう意味ではちゃんと疲れるだけ体力を消費してるし、なにより俺の魔法はにゃ効かねえ。いいから規定の時間まで、ゆっくり風呂にでも入って旨いもん食っとけ。お客様スケベヤロー共の前に出る時に気になるってんなら、魔法はまたかけてやるから。解ったな?」


「はーい、ごめんなさーい」


 舌をぺろっと出して、自分に割り当てられた部屋へ戻っていく。


 本当にわかってんだかな。

 店の為に頑張ってくれるのはありがてえが、うちのトップ3の一角が無理して身体壊しましたってんじゃ支配人の立つ瀬がねえ。


 しかし不思議なもんだ、ローラ嬢は自分の部屋ではけっして客をとろうとしない。

 ローラ嬢ほどの上客持ちになれば、一晩一人、自分の部屋で客をとっても充分儲けが出るクラスだってのにも関わらずだ。


 駆け出しみたいに、時間いくらで売る必要なんて、まるでねえハズなんだがな。


 ルネサンス期のヴェネチアか、江戸時代の遊郭みたいに、この国の娼婦にゃ階級制度が設定されてやがる。

 店からの報告に従って、ご丁寧に国がランク付けしてくださっているわけだ。

 国内トップ店うちのトップ3の一人であるからには、当然ローラ嬢は五段階ある階級の最上位、「五枚花弁クインケ・フォリュムフロリス」に序されている。


 笑えることに、正式な位階なんだよなこれ。


 王宮で催される夜会にも参席可能な高級娼婦が時間売りなんてまず聞かねえ。

 しかも付いてる客は、時間買いなんて生まれてこの方したことも無いような貴顕の連中ばかりだ。


 まあ儲けさせてくれる「いい女」のやり方に、嘴突っ込むほど野暮じゃねえ。

 俺は俺のやるべき事をきっちりやって、嬢ちゃんたちそれぞれのやり方、稼ぎ方でも身体壊さないように気を配るだけだ。

 

 だからこそ、最低限のルールは守って貰わなくちゃならねえが。

 どうにもローラ嬢に限らず、うちの嬢たちは俺の「魔法」を過信し過ぎているきらいがある。

 便利であるこた確かだが、決して万能じゃねえんだけどな。

 

 とはいえこいつが、「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」がナンバーワンでいられる理由の一つってとこだな。


 この界隈ではよく知られてる俺のこの魔法目当てで、稼げる「いい女」の方から「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」で働かせてくれって言ってきてくれるのがでかい。

 全員雇うわけにもいかねえし、こっちが選ばせて貰ってる申し訳ねえ現状だ。

 俺の魔法も、魔力は無限とはいえかける手間隙考えると、人数も無限に出来るわけでは無いしな。


 他所の箱さんじゃ、その箱でナンバーワンになってうちに雇われるのが夢、なんていってるお嬢さんたちが結構居るらしい。

 ありがたいことだが、目標額さっさと稼いで足洗った方がいいと思うんだが、そりゃ余計な事か。


 ローラ嬢みたいな売れっ子になっても、駆け出しの時間売りの嬢たちと仲良くしてくれんのは正直言ってありがてぇ。

 ローラ嬢に付いてる上客からの新たなお客様紹介してもらって、一気に売れっ子に駆け上がる新人も中にゃあいるしな。

 トップランカーであるローラ嬢が、自分の事だけじゃなく、他の嬢や店の事まで気にかけて時間売り続けてくれてることには感謝しなきゃならん。


 しょっちゅう乳とケツまる出しで執務室に遊びに来るくらいは、安いものかも知れねえな。

 いや隠して来いよと言いたくはなるが。

 眼福とでもいっときゃいいのか。


 さあて、お仕事お仕事。


 まだ宵の口、稼ぎ時は始まったばかりだ。

 お客様が入れ替わる度に、俺の魔法は必要だからな。


 嬢たちが躰張って頑張ってんだ、俺が呆けてる訳にゃいかねえ。

 夜はまだなげえが、俺も頑張るとしますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る