異世界娼館の支配人 ~夜噺百花~

Sin Guilty

序章 娼館 胡蝶の夢

 宵闇。


 消えていた灯りが店々に灯り、今日も王都グレンカイナの夜が始まろうとしている。


 まあが突然ぶっ壊れでもしない限り、当たり前の話だ。

 この星とやらが地球からどれくらい離れているのか、そもそも異世界なのか、そんなことはとっくの昔にどうでもよくなっている。


 はっきりとわかっているのは、夜は俺達にとってだという事だ。


 テラヴィック大陸一の大国グレン、その王都グレンカイナ。


 詩的には「大陸の夢源郷」、直接的には「大陸一の性都」だの「世界で最も淫らな都」だのと呼ばれているこの街で、ナンバーワンと目されている娼館「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」を取り仕切っている支配人マネージャー


 それが俺だ。


 店の所有者オーナーは当然別に居るんだが、どこで何をしているやらは俺にも謎だ。

 年に一回会えばいいほうだからな。


 とにかく「この街で買えない人種の女は居ない」とまで言われるここで、ナンバーワンを維持していくのはそれなりに大変だ。


 時の傭兵団が大陸を席巻し建国に至ったグレン王国。

 建国後百年経ってもその特徴を色濃く残し、正規軍も豪放、傭兵や冒険者といった荒くれ者も好んでこの街に居付いている。

 「大陸一の性都」を目指してやってくる、下半身に脳が付いてるのかと疑いたくなる金持ちも大勢居て、客に困ることはまったく無い。


 だがその分競合店も掃いて捨てるほどあり、入れ替わりは激しい。

 を大量に集め、安価で安心のサービスを提供しなければ生き残れない。


 と一言で言うのは簡単だが、実際に集めるとなるとこいつはまあ大変だ。


 大陸中から集まる女を買いに、大陸中から集まるお客様スケベヤロー共と見做す人種、体型スタイル、年齢、プレイスタイルは当然のことながら千差万別だ。

 傍から見ている分にはおもしろいが、お客様スケベヤロー共の欲望に応える為に揃えようとなったら一筋縄じゃいかない。

 またこの世界はやっかいなことに標準的なヒューマン種にだけに止まらず、獣人セリアンスロープ亜人デミ・ヒューマンもしっかり存在するときてやがる。

 同族の需要が高いのかと思いきや、目の色変えて高値でも買うのはやはりヒューマン種がほとんどなのが現実だ。


 そりゃヒューマン種が世界で一番多くなるわな、と妙な納得をするしかねえところだ。


 当然ってやつは他の店からも引く手数多で、雇うにしても人件費コストが高く付く。

 そりゃまあ、俺達にとって「いい女」ってのは、かかる人件費コスト以上に稼いでくれるから「いい女」なんであって、そこは構わない。


 見てくれだけはお綺麗だが、客を馬鹿には娼婦は務まらねえからな。

 

 問題はそういう「いい女」、つまり稼げるお嬢さんってのは、店を選べる立場に居るってこった。

 彼女らも目的や理由があって、己の魅力と躯を売り物にしてるからには、絶対に安売りはしない。

 見た目も床技術も上等で、客がすでに付いてるような上玉は、金だけの待遇をよくしただけでは店を移っちゃあくれない。


 自分なら稼げるのは当たり前。

 店がそれにどんな条件をプラスしてくれるかこそが、重要になってくる。


 王国の法律で、娼婦が店を選ぶ権利は保障されているから表立って派手なこたできないとはいえ、でかいは大概、裏系のおっかない組織の直営だ。

 売れ筋の嬢が移籍なんてした日にゃ、移籍先の店にもその嬢にも有形無形の嫌がらせをやってくるのはまあ、当然の展開といえる。

 で、頼りの官憲様にゃ、みて見ぬ振りをされるのがこの街の通常運転なわけだ。

 ちゃんと取り締まって貰うためにゃ、官憲様に小金入り饅頭でも送らにゃならんが、そのあたりのやり取りでうちみたいな単独経営がでかい箱に敵うはずも無い。


 その中でなぜ「胡蝶の夢パピリオ・ソムニウム」がナンバーワンを維持できているのか。


 その理由は俺のもつ能力が大きく関わっている。


 俺はいわゆる異世界転移者だ。

 ガキの頃に突然、何の脈絡も無くこの世界に放り込まれたのを鮮明に覚えている。


 魔物モンスターや魔法が存在し、そんな中で飽きもせず大国同士が戦争を繰り返すこの世界に放り出された俺に、そこで好き勝手に生きて行けるだけの「力」はなにも与えられていなかった。

 強力な攻撃魔法が使えるわけでも、素人が扱っても魔物モンスターを一刀両断できるような武器を与えられていた訳でもない。


 みたまんまの、ただ地球産ってだけの非力なガキだった。


 神様とやらが本当にいるのであれば、俺をこっちへ送り込んだ理由を一度じっくりお聞かせ願いたいもんだ。

 

 偶然、この店の所有者オーナーが通りかかっていなければ、俺は自分に与えられたユニーク魔法の存在に気付くこともなく、名も無いオークにぶっ殺されて終わっていたはずだ。


 まあそのオークは、所有者オーナーの火炎魔法で跡形も残らず焼き尽くされた訳だが。


 くっそう、俺も所有者オーナーみたいな圧倒的な魔法がありゃあな。

 冒険者として、あるいは宮廷魔法使いとして華々しい人生を送っていただろうに。


 まあ今の暮らしが、そんなに気に食わないというわけでは無いんだけどな。

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