第46話

「なあ、白鳥。前々から気になってたんだけど、この変なぬいぐるみ、何かのキャラクター? 魔法使いの帽子を被ったお化け……。まあ、お前らしいっちゃ、らしいけど。おまけに眼鏡まで掛けてるし」

 私の下僕、高村君が、棚の上に飾ってある「心霊君」ぬいぐるみを見て言う。

「ああ、それ。前にセバスチャンに作って貰ったのよ。何かのキャラクターじゃなくて、オリジナルよ。ゆる可愛いでしょう?」

 デザイン、鷲羽真琴。

「ゆる可愛いって何だよ。……あっ、この眼鏡よく見ると、レンズ割れてテープで補修してんじゃねえか。それにフレームも曲がってるし……」

「どっかのバカ超能力者が曲げたんじゃない?」

「はあ? 何でいきなり超能力が出て来んだよ。これは多分、あれだな。ドッジで顔面直撃したんだな」

 勝手な推測をしているようだけど、はずれよ。

「それよりも、僕はこの眼鏡が誰の物なのかが気になるんだけどね」

 ここに来て、烏丸君の登場である。

「……さあ、誰のでしょうね」

 私は悪戯っぽく笑ってみせた。

 烏丸君が頭を抱えて、ぶつぶつ呟いている。

 彼も変わった。少なくとも、目に見える範囲は。

「……烏丸君」

 少しして烏丸君を呼んでみる。

「ん? 何、白鳥さん」

「いえ、ちょっとね。……あなたが昔の知り合いに少し似ているなあと思っただけよ」

「む、昔の知り合いって誰っ⁉」

「さあ、誰でしょうね」

「もしかして、いや、それは……」

 烏丸君が、更に深く頭を抱え思い悩む。

 正しくは、思い悩む振り。

 多分、彼は心の奥では何とも思っていない。

 彼の秘密、複雑な事情を暴いてしまったのが、私と高村君である。私達と関わったことで、多少の心境の変化はあったでしょうけれど、まだまだリハビリが必要なのだ。人はすぐには変われないから。

 実際、烏丸君と鷲羽先輩はそんなに似ていない。

 顔も性格も仕草も話し方も、丸っきり似ていない。

 ただ、成績優秀、家庭の不和、それに嘘を吐くのが上手い。これらが重なっていた。

 彼の事情を知った時、助けようと思った。

 たとえ、烏丸君が望んでいなくても。

「大丈夫よ、烏丸君。あなたが想像しているような人ではないから」

 まだ唸っている烏丸君に声を掛ける。

 鷲羽真琴は、ただの先輩だ。

「そう。それなら良かった」

 烏丸君が安堵の表情を浮かべる。

 彼は今こうして、私の隣にいてくれている。

 今度は失敗しなかった。


 鷲羽先輩と烏丸君では決定的に違うことがあった。

 それは楽観的であったか、そうでないかだ。

 先輩はいつも、へらへら笑っていて、たまに心から楽しそうに笑うことがあった。対する烏丸君に、それはない。作り笑いはプロ級。嘘を吐き続けながら生きるのに疲れて、自殺を図ったほどだ。

 それに、先輩は人間が好きだが、烏丸君は人間が嫌いなのだ。先輩は世の中には様々な人間がいて面白い。烏丸君は自分を理解してくれる人なんていないから、世界も人間も嫌い。

 烏丸君も先輩みたいな考えが出来たのなら良かったのにと思うが、それは無理だ。それこそ、どうしようもない。烏丸君は、それを受け入れて生きて行かなければならないのだ。


 先輩も橘君も私も、今は別々の道を歩んでいる。

 いつか道が交わるかもしれない。

 その時がいつか来ることを信じて……。


「散歩に行くわよ」

「フィールドワークはどうしたよ?」

「その前に行くのよ」

「行きたくないなら、高村君は来なくていいよ。むしろ来るな」

「いやいや、行くけどさ。……本当、白鳥お前っていつもいきなりだよな」

「今日は気分が良いのよ。ケーキでも買って祝いたいくらいに」

 誰かの誕生日でもないのに、不思議だ。

 もしかしたら、空が綺麗だからかもしれない。


         


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