第36話

        ◆


「最後に、一つだけやりたいことがある」

 冬休みに入る少し前、先輩が言った。

 それが、心霊研究会の最後にして最大規模の活動であった。

 全校生徒を巻き込んだテレパシー実験。

 また終わったら、大目玉だなと苦笑いをした。

「本っ当にやるんですね」

「無論だ」

「まあ、分かってますけどね。……このやり取りもこれで最後ですね」

「うむ。そうだな」

 先輩は反省も後悔もしない人だ。先生に怒られようが反省文を何枚も書かされようが、関係ないのである。

「さて、そろそろだな」

 午後十二時四十五分。

 だいたいいつも、これくらいの時間に青山東中学のお昼の放送が始まる。お昼の放送は、給食時に各クラスの放送委員が担当し、その日の給食のメニューを読んだり音楽を流したりしている。

「それにしても、ここまで来るのに長い道のりだった」

 実は、この全校テレパシー実験は先輩が水面下で準備をしていたのだ。足掛け数ヶ月。

 先輩は後期の係・委員会決めで放送委員になった。放送器具の使い方を覚えるためだ。全てはこの実験を見据えてのことだそうだ。聞いた時はアホかと思った。

「ごめんなさい。抜けてくるのに手間取ったわ」

 白鳥さんが放送室に入って来た。

「間に合って良かったな。もうすぐ始める所だ」

 先輩はそう言って、手元の牛乳を一気飲みした。

 放送委員は放送室で給食を食べながら、放送を流す。

「先輩だけ、何かズルいですよね」

 僕と白鳥さんは給食を持って来ていない。

「君達も給食を持って来れば良かっただろう」

「そんなことしたら、怪しまれます」

 僕達は放送委員ではないのだから。

「放送委員って、二人組みで放送を流してますよね。もう一人には何て言ったんです?」

「ああ、児島君だから問題ない。今回も協力してもらっている」

 本当、何者なんだ、児島君……。

「白鳥後輩はマイクのON・OFF係だ。私が合図を出したら、その赤いボタンを押してくれたまえ。橘後輩は待機だ。扉の鍵は私が持っているし、つっかえ棒で一応固定もしてあるが、先生方が実力行使に出たら破られる。その時は君が足止め役だ」

「どうやってですか?」

「とにかく頑張れ。喋るのは基本、私。テレパシーを送るのも私だ。これから集中するので余計な話はするなよ。……では、スタートだ」

 先輩の合図で白鳥さんがマイクのスイッチを入れる。

「皆さん、こんにちは。お昼の放送の時間です。今日の担当は心霊研究会の鷲羽真琴でございます。……え~、さて、本日は特別企画、我が研究会による全校テレパシー実験を行います。紙とペンを用意して、是非ご参加下さい。ちなみに今日の給食は、カレーライス、リンゴサラダ、牛乳、デザートはフローズンヨーグルトです。……では、しばしお待ち下さい」

 そこで一旦マイクを切って、BGMを流す。

「テレパシーで何を伝えるのかは決めた?」

「ああ、この中に入っている」

 先輩は封筒を取り出して、僕達に見せた。

「何を書いたのかは君達にも教えん。……もう良いだろう。マイクの電源を入れたまえ」

 先輩が再び、マイクに向けて話し始める。

「紙とペンの準備は出来ましたでしょうか。ここで、実験の内容をご説明致します。……私の手元には一枚の封筒があります。その中には、私が今から皆様に伝えることを書いた紙が入っております。それは、言葉かもしれないし絵や記号かもしれません。何が書いてあるかは、この私、鷲羽真琴しか知りません。今から皆様にテレパシーで何が書いてあるかを伝えます。テレパシーを受け取りましたら、それを紙に書いて下さい。その紙は後日、三年二組の教室まで持って来てくれると幸いです。結果はまた後日に、下駄箱前の掲示板に掲示致します」

 そこで先輩は一呼吸置いた。

「……では、テレパシーを送ります」

 そう言うと、先輩は目を閉じ、集中を始めた。

 時折「うぬぬ」とか「はあああ」とか変な唸り声を上げながら、本人は大真面目にテレパシーを送っているように見えた。

 先輩自身、きっと成功するなんて思っちゃいない。

 ただ楽しいからやっているだけなのだ。

 数分して、廊下をドタドタと走る音が聞こえ、放送室の前に人が来たのが分かった。

「おい、鷲羽! ここを開けなさい! お前は本当に問題ばかり起こして! 何度怒られれば気が済むんだ!」

「鷲羽君、あなた、今は大事な時期でしょう。こんなことしてる場合じゃないでしょう」

「白鳥さんと橘君も中にいますね? 鷲羽君に乗せられてないで出て来なさい」

 扉の外から先生達の声がしている。扉を叩いているが、鍵が掛かっているため開かない。

「鷲羽ーー!! さっさと出て来んかーー!!」

 一際大きな怒鳴り声が聞こえた後、先輩がテレパシー送信を止めて、マイクに向けて一言。

「……実験は終了します。ご協力、誠に有難うございました」

マイクの電源が切られると、扉に向けて一言。

「今すぐ、参る!」

 あなたは侍ですかとツッコミたくなった。


 その後、毎度のことながら、先生にめちゃくちゃ怒られた。反省文ももらった。

 これで、心霊研究会の活動も終わりだ。

「有難う。君達のお陰で、充実した時間を過ごせた」

 こってり絞られた後の帰り道、先輩は本当に楽しそうな笑顔でそう言った。


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