第37話

  ◇


 卒業式の日。

「ついに私も卒業か……。長い様で短い三年間だった」

「卒業おめでとうございます、先輩」

「まあ、おめでとう」

「何だ、白鳥後輩。折角の卒業式なのにデレてはくれんのか」

「嫌」

 私、彼の前でデレたことなんてあったかしら。それと、人を勝手にツンデレキャラにしないで欲しい。

「それに、君達は私の卒業に涙も見せてはくれぬのか」

 周りには、部活動の先輩との別れを悲しんで泣いている生徒もいた。

「僕達に、感動出来るようなエピソードなんてありましたっけ?」

「皆無だな」

 私達の関係性は、他の部活のそれとは何か違う気がした。一緒に厳しい練習を耐え抜いた訳でも、大会で涙を流し合ったこともない。

「それにしても、先輩、卒業式にその眼鏡はないですよ」

 先輩の眼鏡はフレームが曲がり、レンズにひびが入っている。しかもそれをテープで止めている。

「昨日、足を滑らせて転んでしまってな。もうスペアもないので、応急処置をしておいた」

 タイミング悪過ぎでしょう。

「でも滑って転ぶなんて、受験生的には縁起悪いわね」

「そうですよ、もうすぐ受験本番なのに」

 卒業式が終われば、先輩はすぐに青森に引っ越す。引越しが終われば、受験である。

「なんとかなるだろう。それに、私は縁起とかそういう類のものは信じておらん」

 まあ、先輩が本番ミスるなんて、ないとは思うけど。

「何、青森とここなんぞ夜行バスですぐだ。一生、会えない訳ではない。君達が寂しがるといけないから、たまには遊びに来てやる」

「さ、寂しがる訳ないでしょ」

「また強がりを」

「強がりじゃない」

 悔しいことに、先輩には気持ちを見透かされてしまうのであった。

「では、そろそろ行くとしよう」

「……お元気で」

「さようなら。べ、別に帰って来なくてもいいのよ」

「ではな。……またいつか」


 それが鷲羽真琴を見た最後だった。

 彼の言った「いつか」はまだ訪れていない。


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