第35話

 ある日の昼休み。

 先輩が放送で呼び出しを食らっていた。

「三年二組の鷲羽真琴君。至急、職員室へ来なさい」

 この放送を聞いた時は、また何かやらかしたのかと思っていた。先輩は、成績は学年トップ、見た目だけなら真面目そうな顔をしているのに、行動が滅茶苦茶なのだ。

 グラウンドに自作のミステリーサークルを描いてみたり、宇宙人との交信をしようと屋上で念を送ってみたり、悟りの境地を開くとか言って突然瞑想を始めたりと、上げたらきりがない。本人は実に楽しそうにやっている。

 とにかく、常人の考えの斜め上を突っ走る変人である。


「どうしたんですか、その怪我!」

 先輩は左頬を大きなガーゼで覆い、右目に眼帯を付け、その上に眼鏡を掛けた姿で現れた。痛々しい。

「誰かとケンカでもしたの?」

 この怪我の具合からして、誰かに殴られたと思われる。

「ああ、これか。説明するとだな……」

 先輩の話はこうだ。

 昨日、学校から帰る途中で、中学生が高校生にカツアゲされている現場を見てしまった先輩は、その中学生を助けようと思い中に割って入った。それでケンカになって怪我を負ったとのことだ。

「それで、ボコボコにされたって訳ね」

「いや、どちらかといえば、私の方が優勢だった。高校生は二人いたが、私も負けていなかった。相手に渾身の蹴りを食らわせてやったら逃げていったぞ」

 見た目だけなら大人と大差ないが、先輩はまだ中学生である。高校生相手に本当に優勢だったのか。

「意外ですよね。先輩がケンカ強いなんて」

「勉強は出来るけど運動はダメそうなのにね」

 実際、先輩は運動神経が良い。体育祭のリレーの選手にも選ばれていたし、借り物競争ではブッチ切りだった。

「あまり私を見くびってくれるな」

 勉強も運動も出来る、顔だって多少大人びているだけで別に悪くはない、むしろ良い。これで、あの性格じゃなければ絶対にモテるのに。残念だ。

「でも、眼帯って素敵よね。何か発動させそう」

「何、馬鹿な事を言っておるのだ。これを取った所で青痣が出てくるだけだ」

「青痣、痛そうね……」

「それで呼び出し食らって、事情聴取ですか」

「ああ。青春していた、と言っておいた。場所も河川敷で丁度良かったからな」

「……どこの漫画の青春ですか」

「しかし一つ残念だったのが、カツアゲされていた中学生が私を身代わりに逃げたことだ。二人で協力して撃退しようと思ったのに。夕日を見ながら『やるじゃないか』『お前もな』ごっこをしたかったのに」

 かなりベタだけど、青春といえば青春。

「僕だったら逃げますね。高校生相手にケンカしようなんて馬鹿げてる。怪我なんてしたくないですし」

 橘君はケンカも弱そうよね。

「相変わらず冷めてるわね、橘君。……それで、その高校生と中学生の顔は覚えているの?」

「実はあまり良く覚えておらん。中学生はすぐに逃げて行ったが、あの辺りならウチか青山西の生徒だろう。高校生の方は……。どの高校がどの制服なんて知らんからな、何処の高校かも分からん。しかも、眼鏡を真っ先に割られてしまい、顔を覚える時間もなかった。ちなみに今掛けている眼鏡はスペアだぞ」

「ってことは、あなた、その状態でケンカしていたの?」

 先輩は目が悪い。眼鏡を取ると視界がぼやける、と前に言っていた。

「ああ。でも輪郭は分かるから、それ目掛けて蹴りを食らわせれば良い」

「……ある意味凄いわよ、その根性」

「彼らは金目的でカツアゲをしていただろうから、私は財布だけは死守しようと必死だったのだ」

「自分の身をもっと大切にして下さい!」

 先輩は家庭の事情もあり、貧乏性なのだ。

「それにしても、今時カツアゲなんて、ねえ」

「しかもウチの校区で、珍しいよね」

 犯罪発生率は極端に低いのに。

「まあ、そんなこともあるだろうさ」

 自分が当事者であるのに、楽観的である。

「……先輩、そんな時期に大丈夫なんですか。……受験生だし」

 内申書のことを心配しているらしい。

「私はカツアゲを止めようとしたのだぞ。逆に褒めてもらいたいくらいだ」

「高校生を蹴ったくせに」

「それに、色々問題行為を起こしてますよね」

「君達もな」

「うっ」

 その通りである。計画を練るのは主に先輩だが、ほとんどの活動に私と橘君も加わっている。

「私は現在、無遅刻無欠席、もうすぐ皆勤だ。成績だって申し分ない。おそらく先生方もそこは考慮して下さる。内申書は大丈夫だろう」

 先輩は普段の生活は至って真面目なのだ。

「それに筆記試験なんて余裕そうですしね」

 何しろ、不動の学年トップだから。

「そういえば志望校は何処なの? あなたの成績なら緑ヶ丘も余裕かもしれないわ」

 緑ヶ丘高校は、県内でも上の方の学校だ。ここからなら少し遠いけど、先輩にとってはベストではないか。

「ああ、言っておらなんだか。……私は県外受験をする予定だ。母君が実家の青森に帰ることになり、高校もそっちで通うことになった。卒業したら引っ越す」

「……そうなんですか」

「……もうあなたも卒業なのね」

 もう卒業なのかと思うと、少し、本当に少しだけ寂しいような気がした。


 先輩の数々の問題行動に巻き込まれながらも、私が心霊研究会を辞めなかったのは、結局は彼らといるのが楽しかったからだと思う。

 きっと、それは橘君も先輩も同じだったはずだ。

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