第34話
白鳥さんの熱中症は、次の日にはすっかり治っていた。
しかし、大事を取ってその日は逢坂家で過ごすことになった。僕達も、暑いので外に出るのはやめた。
「ねえ、暇だからトランプでもしましょうよ。負けた人が罰ゲーム」
白鳥さんがやけにノリノリだ。何か怖い。
僕は、いやいや参加させられた。
「はい、橘君の負け。初の罰ゲームよ」
ていうか、白鳥さんと先輩が強過ぎるのだ。白鳥さんは運を味方に付けて、先輩は作戦勝ちといった所だ。
今回の大富豪では「2」を三枚も持っていて、白鳥さんの勝ちだった。強運過ぎる。でも先輩はもっと凄くて、特にダウトのタイミングは絶妙なのだ。七並べや大富豪では、いつどのカードを出せばいいのか全て知っているようだった。「何で、そんなに強いんですか」と聞いたら「逆算しているから」と答えられた。真似出来ない。
それとは逆に、逢坂君は驚く程、弱い。今回、僕が負けるまでずっと負け続けていた。「パソコン相手なら負けへんのになぁ」と言っていたが、それは無いと思う。
「次こそは百人一首にせぇへん?」
「駄目よ。あなたの一人勝ちになるじゃない」
このやり取りは、ゲームが終わる度に繰り返された。
逢坂君はそんなに百人一首が強いのだろうか。
「では、罰ゲームよ、橘君」
うわ、ついに僕か。今までの逢坂君の罰ゲームは一発芸とか歌を歌うとかモノマネだった。逢坂君は、全てちゃんとこなしていた。お笑い芸人とかいけそうだ。
僕、こういうの無理なんだよな。
「えっと、そうねえ。じゃあ、暴露話。テーマは初恋」
僕に一発芸は無理と判断したのか、罰ゲームの路線を変えてきた。こっちの方が有難い。
「宇宙の初恋話、気になるわぁ」
「あっ、もしかして冷めた橘君はちゃんとした恋なんてしたことないのかしら。初恋は奈良の大仏かしら」
白鳥さんって人をイジる時、生き生きしてるんだよね。
「ちゃんと人間に恋してたよ。……幼稚園の先生にね」
「それはまた、ベタだな」
「その先生は優しくて綺麗で」
「それで恋に落ちたわけね、単純」
「幼稚園児の僕は先生の絵を書いたり、摘んできた花を渡したり」
「でも駄目だったのよね、残念」
「先生はお嫁に行っちゃって」
「幼いあなたは失意の中、仏像という新たな恋の相手を」「見つけてません」
仏像は恋愛対象じゃないし。
話に一々、口を挟まないで欲しい。
「かわえぇやん、幼稚園の頃の宇宙」
「今の冷めた橘君からは、想像出来ないわね、フフフ」
「全くだな、年月とは恐ろしいな、ハハハ」
何故か、白鳥さんと先輩には受けている。
「そ、そんなに笑える話じゃないでしょう」
「いやあ、済まんな。……まるで修学旅行の夜のテンションのようだな」
先輩の言葉通りだった。
「せっかくだから、怖い話でもしましょうか」
その夜。白鳥さんの提案で怖い話をすることになった。
「何でそうなるの」
「気分的に」
本当に修学旅行の夜みたいじゃないか。
「まあ、白鳥後輩の変なテンションに付き合うのも面白いかもしれん」
「そやね、今夜は寝かさへんで~」
「ちょっと、旅行に来てまで徹夜なの!?」
もう恒例じゃないか。
「橘後輩、君は修学旅行では一番に寝るタイプだな。修学旅行の楽しみは友達との夜のお喋りだよ。私も先日の修学旅行で、児島君と朝までこの国の政治について討論していたよ。何しろ国会議事堂の近くだったのでな」
「何、討論なんてしてんですか。ていうか、児島君って本当、何者なんですか」
「私の友だが。ちなみに、次の日は私も彼もバスの中でぐっすりだった」
「でしょうね」
先輩にツッコミを入れるのは疲れる。もしかして、児島君も僕と同じ様な立ち位置かもしれない。そう思うと顔も知らない彼に同情の念が湧いた。
「漫才みたいやね」
「そうよ、漫才はその辺にして早速怖い話を始めましょう。最初は誰から?」
「私から行こう。……グリム童話は知っているな。あれの初版は実は……」
「ちょい待ち。それは怖い話やなくて、グロい話やん」
「えっ、グリム童話の初版ってグロいの⁉」
グリム童話っていったら、「赤ずきん」とか「シンデレラ」とかだよね。
「そうよ。血みどろで恐ろしいのよ~。あれは駄目よ、とても子どもに読ませられる内容じゃないわ~」
白鳥さんはトラウマを思い出したように怯えている。
そんなに怖いのか、グリム童話初版。見付けても読むのは止めておこう。僕は無駄な冒険はしない主義だ。
「美和子、怖いのは平気やのに、グロいのは駄目やから」
「だから、この話をしようと思ったのに。他の怖い話ではつまらんぞ、白鳥後輩」
「いいのよ、それで。グロいのと痛いのよりはマシ」
その後は真面目に怖い話をしていたが、白鳥さんが飽きて、いつの間にか雑談になっていた。
結局、徹夜だった。でもなんやかんやで楽しかった。
このまま、時が止まればいいのにとさえ思った。
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