第8話

中学校の初登校日。

 クラスには何人か見知った顔も居た。そして思っていた通り、彼らは私の変わり様に驚いていた。

 まあ、無理もない。今の私は、前の私とは百八十度違うのだから。

 表と裏。陰と陽。

 今は私が主人格だ。元の私が何と言おうと。

 そんなことを考えながら、放課後の学校を探索していた。

 学校探検and部活動見学である。

 どうやら私の担任は、部活動推奨派らしく「とにかく何処かには入っておけ」と言われた。

 私の性格上、運動部で青春の汗を流すというのは無理そうだ。

 強いて言うなら音楽部に入ろうか。歌を歌うことは嫌いではない。むしろ、前の私は歌うことが好きだった。

 しかし今、歌うことを楽しめるだろうか、いや、無理だろう。

 ……さて、どうしたものか。

「おーい、そこの一年生」

 もう今日は帰ろうかと、下駄箱に上履きを入れようとした時だった。

 周りに自分以外居なかったので、私が呼ばれたのだと気付く。

 声の聞こえた方向、掲示板の前に、その人は居た。

 私が気付いたことが分かると、此方に近づいて来た。

 その人を始めて見た時、何故この男性教師は学生服を着ているのかと思った。

 上履きと名札の色から二年生、私の一つ上だと分かるが、中学生に見えなかった。

 だって、その人は同年代とは思えないくらいの長身で、眼鏡を掛けた大人びた顔立ちをしていたから。

 私が黙っているので、その人が口を開いて言った。

「いやなに、君を呼び止めたのは少々、手伝って貰いたい事があるからなのだよ。このポスターをここに掲示したいのだが、大きく作り過ぎてしまってな。私一人では貼るのが困難と見えたので、人手が必要だと思った訳なのだよ」

 い、今「私」って言った? 一人称が「私」? 男子中学生の一人称なんて、僕か俺の二択ではないの?

 それに、言葉遣いも何かおかしい。ここは現代日本のごく普通の中学校のはずよね?

 こんな中学生なんていない。というか、こんな中学生なんて嫌よ……。

「あなた、何者?」

 きっと、何かの組織の一員だ。

「私か? そういえば、まだ名を名乗ってなかったな。これは失礼した。二年五組、出席番号三十五番、鷲羽真琴だ」

「ワシュウ?」

 珍しい苗字だ。聞いたことがない。

「鷲の羽と書いて、ワシュウと読むのだ。瀬戸内海の近くに鷲羽山という山があるが、まあ知らぬだろうな」

 そんなマイナーな山、知る訳がない。

 というか、名前が聞きたかった訳ではない。

「さて、話はそれくらいにして。そろそろ、ポスターの掲示を手伝ってはくれまいか。私が画鋲で留めている間に、紙を押さえていてくれるだけで良いのだが」

 私の名前は聞かないのか……。

 まあ、いいけど……。

 私は、コクリと頷いた。

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