第2話

「今日から宇宙も中学生だね。新たな人生の門出ってやつだよねぇ」

「父さん、大げさ過ぎ。たかが中学校に入学するだけだよ」

 中学の入学式に向かう車の中。

 父の無駄に陽気な声に対し、僕は冷めた態度で応じていた。

「わざわざ仕事休んでまで、僕の入学式に来なくてもいいのに……」

「何を言ってるんだい、宇宙。入学式は大切な行事だよ、仕事なんかよりも、ずっと。……それに僕が行かなかったら、一体誰が行くんだい?」

「…………」

 こう返されると何も反論出来ない。たしか、小学校の卒業式のときも同じように返され、僕はずっと黙っていた。

 僕は父と二人で暮らしている。

 母は、いない。僕が六歳の頃に死んでしまったから。

「こらこら、暗くなるのはNG。入学早々こんなに暗くてどうするの。大切だよ、第一印象は」

 バックミラー越しに、僕の表情を見ながら父は続ける。

「それに、その前髪……。美容院に行けって言ったのに」

 あの頃の僕は前髪が長かった。

 前髪で片目が隠れていた。「鬼太郎」みたいな感じといえば、どんな髪型か分かってもらえるだろう。

「……大丈夫。ちゃんと見えてるから」

 髪と髪の間から視線は通せる。

「いや、そういうことじゃなくて。こっちから宇宙の表情が分かり辛いんだよね、顔の半分が隠れてて。……今日はもう手遅れだけどさ、式が終わったら即美容院に」

「行かない」

 即答である。

 理由は面倒臭いからだ、美容師との会話が。

「美容院が嫌なら僕が……」

「嫌だ」

 さらに強い拒絶。

 昔、父に髪を切ってもらったことがあった。その翌日から、僕が「キノコウチュウジン」というあだ名で暫く呼ばれていたと言えば、拒絶する理由も想像出来るだろう。

「何で、そんなに嫌がられるかなぁ?」

 父にとっては上手くいっていたのだろう。髪をキッチリと揃えられたのだから。

「まあ、髪型がどうであれ、宇宙が楽しく学校に通ってくれるなら、それだけで僕は嬉しいんだけどね」

 父が振り返って、朗らかな笑顔で言った。

「……ちゃんと前見て運転してよ」

 本当に、自分は冷めてるなと思う。


 ふと窓の外を見ると、満開の桜の木に目が留まった。

 まるで、何かを祝福しているかのように咲き誇っている。

 父の言う「新たな人生の門出」を祝福しているのかもしれない。

 別に、祝福なんてしてくれなくてもいい。

 どうせドラマチックなことは何も起こらないだろうから。

 毎日はただ平凡に過ぎて行くだけなのだから……。

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