ラムネ瓶のビー玉
幼いころ、ラムネ瓶のビー玉を取ろうとして、取れなくて泣いたことがある。
今振り返ると、恥ずかしい思い出だ。
ラムネを飲んでいると、そんな昔のことを思い出した。
暑い日のラムネはおいしい。
好きな人のチームが勝っていると、なおさらだ。
観客席からグラウンドにいる彼を眺める。
今日は母校の公式戦、これに勝てば甲子園という試合。
愛しの彼はエースとして相手チームを見事に抑えきって、甲子園の切符を勝ち取った。
「昨日の吉武君、すごかったよねー、三振を十個も取ってさ、三振を取った後のガッツポーズがかっこいいのなんのって」
「うんうん」と向かい側の席でうなずく彼女は、私の親友で野球部のマネージャーである素花舞華ちゃん。
彼女からは、吉武君の野球部での様子をよく聞かせてもらっている。
「ほんと、喜美子は吉武君が好きねー、どこが好きなの?」
「え、背が高くて、野球に真摯で努力家なところとか、顔も好きだし、全部好き」
「ふーん、全部ねぇ、でも、うかうかしてていいの?」
「と言うと?」
「吉武君、もてるんだよ、この前もラブレターもらってたし」
「え、うそうそ!?」
「まぁ、断ったみたいだけど」
「よかったー」
「ホッとしちゃだめよ、いつまでも待ちの姿勢でいると、誰かに取られちゃうよ」
「う、そうかも……」
「少しは焦りなさいよ」
「でもね、今は、野球で忙しい時期じゃない、今は野球に集中しててほしいの」
「へー、相手のこと考えてるんだ」
「当然よ、私はそこら辺の自己中な女とは違うのよ」
そう言って私はミルクティーを一口飲んだ。甘い味が口の中で広がる。
舞華はちらっとスマホを見ると、なにやら焦りだした。
彼女はコーヒーを一気に飲み干すと、バッグを担ぐ。
「もうこんな時間、行かなくちゃ」
「忙しそうね」
「遠征の準備しなくちゃ」
「もうすぐ甲子園が始まるものね」
「うん、今年の夏は忙しいの」
「勝つといいね」
「勝つよ、うちにはいいピッチャーがいるから」
とウインクして、舞華は自分の分の料金を置いて、喫茶店を出ていった。
私もマネージャーになればよかったかなぁ、そうしたら彼をもっと近くで見れたのに。
でも、まぁ今更か。
私はゆっくりとミルクティーを飲んで、それから喫茶店を出た。
帰りに、近所の神社に寄った。
そこで私は願った。吉武君がナイスピッチングをすることを。そして母校が優勝することを。
甲子園が始まった。
私はスタンドから吉武君を応援した。
彼は強豪校からばったばったと三振を築いていく。
決勝戦でも快投をし、私の高校は甲子園を優勝した。
よかった、願いが叶った、と私は喜んでいた。
これで、彼にようやく告白できる。
夏休みが終わり、新学期が始まった。
今日の帰りに、吉武君に告白しよう、と決意した。
彼への思いをつづった手紙もすでに用意してある。
ドキドキしながら家を出て、学校へ向かう途中、私の前を二人の高校生カップルが手をつないで歩いているのを見た。
いいなぁ、私も吉武君とあんなふうに……
あれ、あの二人、なんだか見覚えが……。
二人は立ち止まって、キスをした。
そのとき、二人の横顔がはっきりと見えた。
吉武君と舞華だった。
私は来た道を急いで引き返した。
どうして、どうして!?
いったいいつから付き合っていたの?
舞華、どうして!? あなた、私が吉武君を好きなの知っているでしょ、なのに、どうして……?
その日は学校をずる休みした。
生まれてきて初めて、私は学校をさぼった。
次の日の放課後、私は舞華を空き教室に呼び出した。
舞華は少し遅れてやってきた。
手にはラムネ瓶が二つあった。
「喜美子、これ好きでしょ? あげる」
片方のラムネ瓶を差し出され、私は受け取ると、栓を開けてすぐに飲んだ。
相変わらず甘ったるい味だ。
「話って、何?」
「ねぇ、舞華、あなた、吉武君と付き合っているの?」
「……気づいていたの?」
「昨日、登校途中にあなたたちがキスしているところを見たのよ」
「そっか……見られてたか」
「いつから付き合っていたの?」
「……去年から」
「去年!? じゃあ、なに、あなたは去年からずっと私が吉武君が好きなのを知っていて、ずーっと私の知らないところで彼といちゃいちゃしていたっていうの!?」
「……ごめん」
「信じられない……」
「言おうとは思っていたんだけど、言い出せなくて、ほんとにごめん、それじゃっ!」
「あっ、ちょっと!」
彼女は走って教室を出ていった。
夕日が窓から差す教室に、ラムネ瓶を持つ私だけが残された。
こんなことなら、もっと早く告白しておくんだった。
神社で別のことをお願いしておけばよかった。
でも、もう今更だ。
ラムネを飲み干すと、瓶の中はビー玉だけになった。
やっぱり、ラムネ瓶のビー玉は取ることができなかった。
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