春夏秋冬の恋物語

桜森よなが

さくら大嫌い

 桜が嫌いって言ったら、「えー」って言われるでしょうか。

 歌でも文学でも絵画でもなにかと桜は題材になる。

 が、それらに私は何の興味もわかない。

 また桜が題材か、とうんざりするくらいだ。


 そんな私ではあるものの、花見には毎年来ている。

 べつに私の意思ではない、周りが行こうっていうから仕方なく付き合っているだけだ。

 花見には毎年多くの人が来る。なぜ桜が咲いただけでこんなにも人が集まるのか、私には理解できない。

 暇人なのだろうか?

 まぁ、朝早くから花見の場所取りをしている私も同じく暇人ではあるのだが。


「人、集まってきたねぇ」


 隣で一緒に場所取りをしていた私の親友がぽけーっとした顔で言う。一時間くらい前からこんな感じだ。

 しかたない、もうかれこれ五時間以上は場所取りをしているのだから。


「そうだねぇ」


 と私も適当な返事をしてしまう。

 もうちょっと面白みのあることを言うべきだっただろうか?

 彼女は本来、私一人だけ場所取りをするはずだったところを、一人はかわいそうだと言って一緒にやってくれているのだから。

 だが、今は何というか、ただただだるい。

 べつに彼女も何か文句を言ってくるわけではない。

 それに、こうやって何の面白みもない会話を気兼ねなく話せる関係というのは、心地のいいものだ。

 ただこの静かな場所で、彼女と二人でいたい、そう思った。

 しかし、徐々に周りの花見客たちがぞろぞろと集まり、宴会をやり始めて騒がしくなってきてしまう。


「うるさいねぇ」


 と私が言うと、彼女はうんと同意してくれた。


「なんていうかさ、宴会って自分たちがやってる分には楽しいけど、周りがやっているのをこうやって見ていると、ただただうるさくて不快なだけだね」


 とうんざりした顔の彼女。

 私もそれに同意するが、そもそも私は自分が宴会に加わるのも嫌いだ。

 まぁそれは口には出さないが。


「花見をする人たちって大半は飲んだり食ったり騒いだりしたいだけだよね、花自体には興味ないんだよ」


 と私が言うと、彼女は笑った。


「あはは、そうかも。でも、ひねくれた見方だね」

「そうかな」

「そうだよ」


 そんな会話をしているうちに、うちのところにも人が集まってきた。

 二人だけの空間はおしまい。

 サークルの仲間たちが続々とやってきて、宴会がはじまり、どんちゃん騒ぎ。

 食べたり歌ったり踊ったり、周りの迷惑なども考えずに。

 まぁ周りの花見客たちもそんな感じだからここはもうそういうのが許される場なのだろう。

 親友の彼女も一緒になって騒いでいたが、私はずっとこのノリについていけなかった。

 花見が終わって、サークルメンバーが次々と帰っていく中、新人の私たち二人は、片づけを頼まれていたため最後まで残ることになった。


「ひどくない? 場所取りをしていた私たちに片づけまでやらせるなんてさー」


 とぶつくさ言いながら、親友はごみ袋に空き缶などを入れていく。

 私も燃えるごみの袋に紙のコップや皿などを放り込みながら返事をした。


「わたしたち、面倒なことばかり押し付けられてるね」

「上下社会っていやね、就職してもそうなのかな?」

「きっとね」

「あーあ、将来に希望が持てないなぁ」


 はぁっとため息をついて、彼女は夜空を見上げた。

 私もなんとなく顔を上に向けた。今宵は満月。月の周りで星たちが輝いていて、なんだか空でも花見をしているみたいだと思った。

 顔を正面に戻すと、親友が私をじっと見ていた。

 なによ、そんなに見つめられると恥ずかしいじゃない。


「な、なに?」

「ね、たかこさ、花見、つまんなかったんじゃない?」

「なんで?」

「なんでって、ずっとつまんなそうな顔してた」

「そう? 私、笑ってたでしょ?」

「笑ってたけど、心から笑ってない気がしたっていうか……」


 腕を組んで彼女はうーんとうなる。

 なかなか鋭い。


「そうだよ、つまんなかった。わたし、花見の何が楽しいかわからないの」

「そっか。まぁでも、そういう人がいてもいいんじゃない、たかこはそれでいいと思うよ」


 そう言って彼女は眩しい笑顔を私に見せてきた。

 初めて自分を誰かにちゃんと肯定してくれた気がした。

 だけど、同時になんだか寂しいな、ともこの時感じた。


 それから月日が経って、次の春。

 先輩たちが全員卒業してしまった。

 サークルメンバーが私と彼女だけになり、新人も入ってこなかったため、事実上私たちのサークルは解散した。

 卒業式のとき、「卒業しちゃったけどみんなまた会おうね、約束だよ、絶対だからね」なんて先輩たちはみんな言っていたけど、私たちはあれから一度も先輩たちと会っていない。

 あっけないものだ、人の絆なんて。軽いものだ、約束なんて。薄っぺらいものだ、絶対という言葉なんて。


 先輩たちとはそれっきりになったが、彼女との友情は続いた。

 でも、私はこの関係は大学の時だけなんじゃないかと不安だった。

 私のそんな懸念をよそに親友は能天気な笑顔をいつも浮かべている。

 その笑顔に私は内心少しイラついているなんて彼女は知る由もないのだろう。


 サークルは解散しても、花見だけは毎年やっていた。

 彼女と二人だけだが。

 それはあまりにも静かな花見だった。ほかの花見客たちが騒がしいからか、余計に私たちの花見は静かに感じた。

 ただ、酒をちびちびと飲みながら、彼女と「あの教授、いじわるでさー」とか「あの講義、楽に単位が取れるらしよー」とか「あの人、最近恋人出来たらしいよー」とか、そんなような他愛もない話をするだけだ。

 でも、これはこれでべつに悪くないかな、とそう思っていた。


 あれよあれよという間に、私たちが卒業するころになった。

 卒業式の日、桜が大学の学内で咲きほこっている。

 卒業式が終わると、大きな桜の木の下で彼女は言った。


「ねぇ、私たちはずっと一緒よね?」


 親友は私の手を握り、言う。


「ええ、一緒よ」


 と、私は手を握り返す。

 でも、彼女はまだ不安そうな顔をしていた。


「約束だよ、絶対だからね?」


 と念を押してくる彼女に私は苦笑しながら「ええ、もちろん」と言うと、ようやく彼女はほっと息をついた。


「帰ろっか」


 と歩き出す彼女の少し後ろを私はついていく。

 彼女は知らない、今、私がどんな顔をうかべているかを。

 ねぇ、私ね、実はあなたのこと、全然信じていないのよ、知ってた?


 卒業して一か月後、卒業したというのに、私はまた大学のキャンパスにきていた。

 なんだかまた来たくなってしまったのだ。

 もう仲のいい人はここには誰もいないというのに。

 ああ、桜ってなんて儚い花なんでしょうね。

 あれだけ咲き誇っていたのに、もう散ってしまったなんて。

 一月前、あの視界を覆いつくしていたこの公園のピンクは、ただ緑が広がっていた。

 親友とは、卒業式の後、一度も会っていない。たまにトークアプリで少し会話をするくらいだ。


 それからさらに時が流れて。

 社会人になってから三年がたった。

 またあの季節が来た。もう私にとっては何のイベントもない季節だ。

 花見なんて大学を卒業してから一度も行っていない。

 親友だった彼女ともしばらく会っていない。

 連絡すら全然していない。


 と思っていたときに、ちょうど彼女から連絡が来た。

 久しぶりに会わないって、話したいことがあるの、だってさ。

 呼び出されたのは、二人で花見をした、あの公園。

 大学生の頃に花見をした時と全く変わらない景色だった。

 少し遅れて親友が来たが、その隣には知らない美形の男がいた。誰が見てもお似合いのカップルに見えるだろう。


「この人、私の彼氏なの」


 て幸せそうな顔で言われた。

 来月、二人は結婚するらしい。

 はいはい、そうですか、お幸せに。

 まぁいつかはそうなるだろうなと思っていた。

 もう彼女とは会いたくないし会うつもりもない。

 ああ、でも、最後に一つだけ彼女に伝えたいことがあったな。

 だから、私は彼女と会うことにした。昔二人で場所取りをしたあの公園で。

 会うのは一か月後だ。その頃にはもう桜は散ってしまっているのだろう。


 その日、少し遅れて、彼女は待ち合わせ場所に来た。


「なつかしいね、大学の時ここで花見をしたよね、今日は何の用?」

「結婚おめでとうって言いたかったの、この前、言い忘れたから」

「それだけ? ふふふ、わざわざ会って言わなくてもよかったのに」

「もちろん、それだけじゃないわ、他にあと一つだけ、直接会って言いたかったことがあるのよ」


 緑あふれる公園の木々を見る。

 ああ、あの満開だった桜はあっけなく散ってしまったのだ。


「ねぇ、私ね、実はずっと前からさくらが大嫌いだったの」

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