終章

 この後、桂恵がお見舞いに来るというのを母から聞いていた。

 僕は、今リハビリを終え、待合室のソファーに座っている。母は、受付にて来週のリハビリの予約をしている。

 入り口の自動ドアが開き、見覚えのある顔が入ってきた。

 このまま彼女が病室に行ってしまうのは申し訳なかったので、僕は立ち上がって軽く手を振った。

 彼女はすぐに気付いてくれた。

 彼女は、「久しぶり」といって、僕の隣に座った。そして、これ、作ったんだといい、可愛らしい袋に入れたクッキーをくれた。

「ちゃんと話すのは初めてだね。」

 彼女は優しい笑みを僕に向けた。そして、ふーと一息ついた。

「お母さんから聞いてると思うけど、あの時の言葉の意味を知りたいんだ。」

 彼女は、いきなりでごめんねと顔の前で小さく手を合わせた。


 僕は全て話した。僕と母親の十年間のこと、彼女と母がカーテンの向こうで話しているときに少し意識が戻り話を聞いていたこと、通夜のときの彼女の母の顔に既視感があったこと、その正体は、独りになったときの自分の母の顔だったこと。その顔をしていた自分の母に僕は何もできなかった、だから彼女には母親と一緒に寄り添って、大切にしてほしかった。だから、あの言葉をかけたと。


 僕が言い終わると、彼女は「そうだったんだ」と呟いた。しかし、どこか怪訝な表情をしていた。

「どうしたの?」

 彼女は少し考えこんだ。 そして、話し始めた。


「あなたは、何もできなかったと言ったけど、優しい母親に戻って欲しいから勉強に励んだんじゃないの?」


 喉が渇く、体中の水分が抜けていく感覚がある。鼓動も早くなる。


「でも、どう頑張っても戻らない。それなのにあなたの母親は、もっと強く縛るようになる。だから、あなたは、あの行動をしなければいけないまで追い込まれたんじゃないの?」  


 彼女の問いかけが、水分が無くなった僕の心を粉々にする。


 僕の中の何かが回転し、粉々になった僕のそれはざらざらと音を立てながら、下へ下へと落ちていく。


 鼓動が、さらに早くなる。心音が鼓膜を内側から激しく揺らす。


 誰かがこちらに来る。手を振りながら、笑顔で。

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