二章(一)
私は高校の最寄り駅までの道を歩きながら、今日一日のことを思い出していた。 午前中は集会に参加した。午後からは授業を受け、夕方に清水さんと小野寺先生と話をした。ざっと振り返るとこんな感じだ。学校の雰囲気はどうだっただろうか。午前中は緊張した雰囲気が感じられていたが、午後にはもう緩んでいた。
私はそれに馴染めなかった。人が一人、それも私たちの同年代の高校生が一人生死をさまよっているのだ。笑いたい気分になどなれなかった。テストや授業に集中などできなかった。チャットアプリで冗談を言い合うこともできなかった。教師もそうである。どうして、集会で淡々と話せるのか分からなかった。どうして、普段と同じような授業ができるのか分からなかった。報道陣もなぜ若者の自殺を一面やトップニュースにできるのか、なぜ学校の前で群がれるのか。 私は今日一日、何度も違和感を持った。
私と高校生、私と大人とで、違う点がそれぞれあると思う。私と高校生では、「親の死」を体験したことがある点が違いだ。私は中学校一年生のとき父を亡くした。それも、加害者がいない不慮の事故で「急」にだ。これが大人と私の違いだ。多くの人間は、親の死をある程度自分が年をとったときに、老いていく親に死期を感じ、心の準備をしながら体験するものだ。私はこれができなかった。
あの日、私は学校にいた。六限の確か数学の授業の途中だった。
反比例の式について数学教師が説明しているとき、急に後ろの扉が開き、担任の声が響いた。
「桂さん、いますか。至急職員室に来てください。」
私も含めて、全員が一度後ろの扉を見た後、その視線は一斉に、正面を振り返った私の方へ移された。
私は救いを求めるように、後ろにいる担任の方へもう一度振り返った。
「あ、と…とりあえず、職員室に来て」
担任が走り出したので私もそれについていった。教師が全力で廊下を走り階段を飛び降りる姿は少し滑稽だった。
職員室の扉を開くと、明らかに空気が違った。校長、教頭が固定電話の前に揃っており、泣いている教師もいた。
「桂さん、早く。」
一度も話したことが無い校長が私を急かす。私は受話器を受け取る。
母が電話越しで、号泣していた。母の泣き声などこれまでの人生で聞いたことがなかった。私は父に何か起こったと悟った。そして、これから聞くことは、悪い話であって、何か私の人生に大きな影響を及ぼすのではないかと直感した。
「お母さん、何があったの」
母につられて、私も声が震え、のどの奥から何かがこみあげてくる感覚があった。しかし、最悪なことはあえて考えることを避けていた。「重傷ではない」、「生きている」、「また会える」と繰り返し、自分に言い聞かせていた。
「お…おと、う」
「え、聞こえない。お父さんに何かあったの。」
自然と大きな声が出た。職員室で叫んだ。退室していった先生が何人かいた。母の唾を飲み込む音が聞こえた。そして、母は、大きく息を吸い込み、吐き出した。 「お父さんが、」
「うん」
お父さんが、急な事故にあったが、命に別状はないのだろう。そう言ってよ。お母さん。今年の夏に家族で初めて行った伊勢神宮を思い出し、本気で願った。
「死んだ。」
視界が傾いた。窓越しの地面が、左に。空が右にあった。そして、世界からは色が無くなり、灰色の世界が目の前に広がっていた。私は、近くにいた校長に支えられた。
「何を言ってるの?」
「死んだの」
母は、落ち着きを取り戻しはじめていた。「父の死」という娘に伝えるには最もハードルの高い言葉を口に出したからかもしれなない。母は私が自分より取り乱していると思い、娘の前で慌ててはいけないと思ったのかもしれない。私は、また聞き返した。
「お父さんは死んだの?」
「そう、死んだの」
私は現実を受け止められなかった。ただ、「父の死」という事実が突然、私の人生に現れ、まだぼんやりとだが、私の周りを煙のように包んでいる。私はそれをつかんで一つ一つを丁寧に理解することはできない。つかんでは逃げ、つかんでは逃げを繰り返し、その逃げて行った煙がまた、「父の死」という事実を作り私を包んでいく。
私は、声をあげて泣いた。死を受け止めることは出来なかったが泣いた。母も声をあげて泣いた。私は膝から崩れ落ち、机に突っ伏して泣いた。もう私を支えていた校長はいなかった。職員室に、教師はいなかった。母の機械音からなる泣き声と私の泣き声が職員室に響いていた。私以外誰もいない職員室にその声はよく響き、私の耳に反響してくる。泣き声しか聞こえない灰色の世界がゆらゆらと揺れていた。
その後、私は、校長の車で病院へ向かった。私の世界に色は戻っていた。だが、色は薄く、淡く、水を多分に含んだ絵具で塗られたようだった。
病院へ入ると、看護師にこちらですと治療室に案内された。治療室に入ると、母がベッドのそばに立っていた。ベッドには、人工呼吸器を付けられた父が寝ていた。ドラマで見る心電図を示す医療機器には、一直線の波形が出ていた。私はそれを一目見た後、医師に視線を移した。
「お父様、娘さんがいらっしゃいましたよ」
一声かけた後、彼は、母と私の目、次に腕時計の順にみて、うなずいた。
「十六時二分、ご臨終です。」
そういい、医師は父に白い布をかけようとした。
母は、医師の手をつかみ、救いを求めるように彼の目をみた。彼は、母の手を優しく解き、私の方をみた。私は母の手を握り、肩を抱いた。そして、彼は父の目をすっと撫で父の目を閉じさせ、白い布をかけた。これで父は遺体となったのだ。正式に死んだのだ。白い無機質な治療室に母と私のすすり泣く声が静かに響いた。
ときが戻ってほしいと切に思った。何か伝えたいことがあるとか、やり残したことがあるとかではなく、当たり前のように朝ご飯を家族揃って食べたあの時間に戻ってほしいと思った。思春期の娘にどう接していいのか分からず、少しぎこちなく接してくるあの父と母親が作った朝ご飯を食べたあの時間に戻りたかった。
ときは当たり前のように来ると思っていた。父が「ただいま」といって、玄関の戸を開け、私たちに「おい、おかえり位言ってくれよ。」と悲しそうに、でも、我が家に帰ったことがどこか嬉しそうに少し微笑んで言ってくるときが。私に「学校はどうだ」と聞いて、「いつも通りだよ」と私が返事をし、返す言葉に困り「いつも通りが一番だな」と言って、母が注いだビールを煽るときが来ると思っていた。
しかし、時間は戻らないし、時間はどんなことが起こったとしても冷静に、ただ冷静に一秒一秒を積み重ねて、一分、一時間、一日、一週間、一か月、一年、一世紀へと段々大きなものになっていく。その積み重ねのうちに、人は死ぬのだ。それは、父や母、私にとっても同じだ。私はこの積み重ねをこれからも父と母とともにしていくと当たり前のように思っていた。高校入学、そして卒業。大学入学、そして卒業。成人式、就職、結婚、出産、などと節目を父と母と私、そこに私の夫やその両親が加わることがあるかもしれない。 18 このような積み重ねの内にある節目をともに過ごすと思っていた。だが、これからの時間の積み重ねに父の姿はない。絶対に、確実に、明確にないのだ。
私と母は、医師、数人の看護師とともに、父の遺体が載せられたベッドとともに霊安室に向かった。そこで、一通りの儀式を行ったあと、葬儀社の提供する霊柩車が来るのを母とともに待った。母も私も少し落ち着きを取り戻し始めていた。いや、お互いがお互いのために、平静を保っていたのかもしれない。
「これから、私たちどうなるのかな」
人生がという意味では無かった。お通夜とか告別式とか、私の学校やお母さんの仕事とかがどうなっていくのだろうか、という意味だった。
「恵は何も心配しなくていい。お母さんが強くなればいいのよ」
母は、涙で腫れた目を細め、涙の跡がついた顔をくしゃくしゃにして私に微笑んだ。
私は、また泣いた。母の胸に顔をうずめて。
「そうじゃない」
「そう意味じゃない」
「私もいる」
「私も強くなる」
母には、聞こえていただろうか。私は口から声を出せていただろうか。
母は私を抱きしめる腕に力を入れ、私の小さく、震える声を母の小さくも強い体が優しく受け止めてくれていた。私はそれに甘えてしまった。今は聞こえてなくていい、いつか言おうと。
母と私は、肩を抱き合い、父の冷たく、大きな右手を一緒に握りながら、霊柩車がくるのを待っていた。
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