一章(二)
今日は平日だが、学校は休みだ。
緊急連絡メールが早朝に来ていた。詳細は書かれておらず、「諸事情により休校」としか記されていなかった。私は、ラッキーとしか思わず、二度寝をしてしまった。起きたときには、SNSのトレンドは私の高校名や、飛び降り、ホットラインなどのワードで埋まっていた。何事かと思い、とりあえず、高校名のトレンドをタップする。そこには「生徒飛び降り 自殺未遂か」という記事があった。
生徒の名前などは、どの記事をみても出てこなかった。SNSには、原因に関して色々な憶測がたっていた。イジメ、家庭環境、未来への失望、失恋などがあったが、現時点では、どれも第三者の勝手な憶測であって、正解などは分からない。
私は通知が貯まっているメッセージアプリを開いてみた。ほとんどがクラスのグループラインだった。今回の事件の話題が主であったが、確信に触れるような情報は無かったので、サッとスクロールして画面を閉じ、一階へと降りた。
親は、仕事に出ていたため、家にはいなかった。とりあえず、テレビをつけてみると、事件の話題を取り上げていた。しかし、詳しくはやっておらず、十分ほど概要を取り上げたあとでホットラインの紹介をしていた。そして、流行りのお洒落なイタリアンの紹介に移った。確かこういう、刺激の強い話題は報道制限がかかると聞いたことがある。それが原因で少し短めなのだろうか。
お昼を過ぎると、少しずつ詳細が分かってきたらしく、グループラインに情報が書き込まれていった。どこの集団にも野次馬根性の強い人間はいるものだ。飛び降りをした生徒と同じクラスの友人から教えてもらったらしい。 生徒の名前は、「一三 村雨繁」暗い雰囲気の子で、目立つタイプではないようだ。また、クラスにイジメなどもなく、原因は分からないらしい。私は、この子を知っている。同じ中学校出身の子だ。それに、一度だけ声を交わしたことがある。
夕方になり、母が帰ってきた。私が「おかえり」と言う暇もなく、あなたの高校何かあったのかと聞いてきた。母は勤め先へ向かう際必ず、高校の前を通る。そのときに、報道陣や学校に入れない生徒の群衆を朝みたらしい。
「生徒が自殺を試みたらしい。SNSで話題になってた。」
「じ、自殺って…。飛び降りたとか?」
驚きながらも、母は私に質問した。
「多分、そうだと思う。だけど概要は分かんない。」
「何か、事情があったのかしらね…。」
「私も詳しくは知らないから。」
「その生徒さんは、誰か分かってるの?」
ドキッとしたが、すぐに「…分かんない」と答えた。
村雨繁だとは、とてもじゃないが言えなかった。特に母には。
母もそれ以上はこの件には何も聞かず、空気を変えるように、パンっと手をたたき、「さ、夕食の準備するからあなたも手伝いなさい。」と言い、普段の休日のような夕方を過ごし、夕食を食べた。
私の家庭では、週に五回ほどは、家族で揃って夕食を食べる。たまに、母が仕事で遅くなることがあるが、夕食はダメでも例えば、食後のコーヒーなどを揃って飲むことで補う。一日一回は必然的に家族が集まる習慣がある。私は、煩わしいとは思うが嫌いではない。親も年頃の子どもとコミュニケーションを図りたいのだろうと思い、付き合っている。
夕食を終えて、スマートフォンを見てみると、明日の日程について学校からメールが届いていた。一限が全校集会になり、二限が学年集会に、そして三限が学活へ変更になるらしい。また、北校舎への進入禁止と、報道陣への対応について書かれていた。報道陣へは、何も答えないよう注意が書かれていた。クラスのグループチャットには、二限の数学が無くなったことで課題がどうなるかなどが話されていた。同学年とはいえ、クラスを越えての関わりはまだ一年生だから希薄である。それに、今は、まだ四月中旬であるから尚更だ。また、クラスや学年の枠が関係ない部活動だとしても関係性はこれから出来上がっていくだろう。
個人チャットには、隣席の畑優衣からメッセージが届いていた。
「数学の課題やった?」
「一応やった」
「五の問一だけ見せて」
「合ってるか分かんないけど」
前置きしたうえで、私は自分で解いた解答の写真を送った。
「マジ助かるよー」
「ホントに合ってるか分かんないって」
「全然、いいよ」
「あ、そういえば、恵、村雨君と中学校同じじゃなかった」
一瞬息がつまった。出身中学校なんて二回程しか言ってないのに覚えられていた。それに、彼の出身中学校がもう出回っているらしいことに驚いた。私は、冷静に「そうだね、同じだよ。」とだけ返した。
「やっぱり。どんな子なの?」
「目立たない子かな、私も入試のときしか会ってないんだ」
「そうなんだ」
「うん、何があったんだろうね」
「本当にね…じゃあ、また明日ね、お休み。あ、課題ありがと」
「うん、お休み」
私は嘘をついた。多分優衣にはバレはしないだろう嘘を。この高校で同じ中学校出身の子は私と村雨繁しかいないのだ。決してバレないだろう。
私は、彼と一年生のときクラスが同じだった。それに、ゴールデンウィーク頃だっただろうか。大型ショッピングセンターへ遊びに行く計画のメンバーにその名前があり、母親にその名を一度だけ口にしたことがある。母が「かっこいい名前ね」と言っていたのを覚えている。それからも、母親からは『名前がかっこいい子』として、たまに名前があがることがあった。
ただ、私は彼との関係は全く無かった。そもそも、彼はグループの内の男子が誘ってきたので、私は、当日初対面ではないが、初絡みで会う予定だった。しかし、その計画を彼は、キャンセルした。
そして、その後、彼は何故かクラスの女子を避けていき、それが原因で段々と男子にも距離を置かれ、孤立していったことを覚えている。ただ、その後、私は一度だけあの場で彼に声をかけられた。そのことだけは、鮮明に覚えている。とはいっても、彼と仲がいいわけではない。
そんな子が自殺をしたのである。私は自分がどのような感情なのか分からなかった。「悲しい」「悔しい」「何も思わない」どれもしっくりこなかったし、頭や心が落ち着かなかった。感情を落ち着かせようと、いつものように、仏間へ降り合掌をした。毎日していることなので自然と落ち着くことができる。自室へ戻り、明日の準備をして、明かりを消し、床についた。
「自殺」というセンシティブな言葉をよく聞いた一日だった。しかし、いつも通り、私の家を普段と同じような月明かりや近くの街灯が薄暗く照らしていた。さらに、行き交う車の音や間の抜けた蛙の鳴き声もよく聞こえた。私はこれらに心地の良い安心を感じながら眠った。
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