第4話 解けない心

 私はかわいい

 小さいころから言われてきた

 どんな服を着てもどんなことを言ってもどんな場所にいても私は輝いてみんなの目に映っていた。

 だからもっと可愛くなれるように努力してきた。

 私は賢い

 小さいころから言われてきた

 テストから会話術に至るまで褒められた。

 だからもっと褒められるように努力してきた。

 私は気づいていた。それが周りに合わせるという、あまり称賛されることではないって。でもしょうがないじゃない。私の一番の幸せは人から認められることで、他人を無視してでも自分の道を行くことじゃなかったんだから。

 だから私はそうやってみんなの目を気にして生きてきた。快感だった。自分を犠牲にすることで周りから称えられることが気持ちよかった。

 でも、と。

 私は目の前のボウルに入った板チョコを見る。溶かしやすいようにチョコは粉々に砕かれていた。

 こと恋愛に関してはどうなのか、と。

 私は夕べ、友達の幾ちゃんに言われたことを思い出す。

 

 本当に好きなの?

 

 と。これが私の本質を見抜いて助言をしてくれた言葉なのか、それともただ嫌味で言いたかった言葉なのかは定かではないが、私を十分に苦しませるセリフなのは確かだった。

 私でも、他人に合わせることが趣味の私でも彼に告白されたことはうれしかった。いろいろな場所に連れて行ってくれたりいろいろな話を聞かせてくれたり、彼といるといつも私は笑っていた。だけど思い返してみればいつも気にしているのは彼ではなく私の周りで、結局私は彼と付き合うことに幸せを感じていなく、彼と付き合う私に幸せを見出していた。例えば、彼の純粋なる悪行を目の当たりにしても、角が立ちたくないので咎めなかった。もし私が本当に彼を愛していたのなら、身を呈して止めたであろう。やはりそこには打算的な考えと、人ごとだという無関心しかなかったということになる。

 彼は私を昇華させてくれるただの道具。そういう風にもとらえられる。

 チョコのかけらたちは徐々にその境目を失いつつあった。

 それはこんな自分でもまだ直感的に幸せを感じられる能があったという喜びを、全く無くしてしまう毒の言葉なのだ。そして幾ちゃんの毒はまだ私の内部を侵していく。

 

 それは彼も犠牲にしているのではないか

 

 どろどろのチョコレートをハートやら熊やら星やらの型に落とし込む

 私はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。今まで自分を犠牲にするまでにとどめておいたこの快感であったが今回は、こと恋愛においてそれは人間として愚かを通り越して、ただの悪だ。彼に申し訳ない。

 私は水道で、チョコレートで汚れた手を洗い、スマートフォンに触れる。そして十一ケタの数字を打ち込んだ後、耳に近づけた。むろん彼に電話をするのだ。

 

 プルル

 

 コールがいつもより大きく聞こえる。

 

 彼への罪悪感がこのコールのせいでなくなるのではないかと思い、焦りが募る。

 四回目だろうか。コールは鳴りやみ、スピーカーから雑音が混じった。

 

 どうしたの

 

 あ、ご、ごめんね。急に

 

 私は落ち着いた心を揺さぶって返答する。今から別れ話をするというのに不思議と、いや予想通り、そして愚かにも涙が出てくる気配はなかった。

 

 もうすぐバレンタインじゃん

 

 ……そうだね

 

 それで思ったんだけどね

 

 私は、本当はあなたを好きではないということ。それが申し訳ないということ。そして別れたいということを自分でも驚くくらい建設的に言い間違えないようにゆっくりと彼に説明した。彼は終始黙って聞いてくれた。

 彼は怒るだろうか。みんなに言いふらすのだろうか。すべて話したのは失策だっただろうか。

 私はここまで来て周りへの影響を気にしていていた。呆れる。しかし彼の帰ってきた言葉は私の予想を大きく外れていた。

 

 大丈夫だよ?別れなくて

 

 へ

 

 私は今まで出したこともないような、素っ頓狂な声を出したと思う。

 

 え。え?どういうこと……

 

 だから、このまま付き合おうよ

 

 私はいったんスマートフォンから顔を離して、今話している相手を確認した。うん大丈夫。亜君だ。間違っていない。私の彼氏だ。いや間違っているのもおかしいけど

 私はもう一度耳につける。

 

 わ、私、亜君のこと好きじゃないんだよ?ファッションとしか思ってないんだよ?

 

 私はもう一度言った。予想外の胸の高鳴りを押さえつけながら。

 

 もし、もし君が本当に俺のことを気にかけてくれて悩んでいるのなら心配する必要はないよ。俺は構わない。このまま付き合っても良い

 

 …………

 

 私はクラスメイトに言いふらされる危機から逃れられた安心感とは別に、おさえきれない熱が込み上げてくるのを感じた。

 彼は続ける。

 

 どうして悩むんだよ。君が一番理解してるはずだよ

 

 彼は一呼吸おく。その間の沈黙は私の演技と同じような空気が流れた。

 

 俺は君と同類だよ

 

 私は初めてチョコレートを豪快に口へ捨てた。やはり板チョコのままがいいと思う。

 よかった。畿ちゃんは私に気付かせてくれたのだ。彼の悪を。そして私の正義を。

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