第3話 受動的で消極的な前向きさ

 最近なんかハマってることある?

 

 登校時、俺の友人加君は聞いた

 

 うーん。時代劇とかかな

 

 ふーん。ちなみに俺は最近ギターに興味があってさぁ。あの指捌きとかかっこいいし、何より主役だし云々かんぬん銅鱈鋼鱈



 加とは通用口で別れ、それぞれの教室へと入った。

 教室の扉は錆びついていて少々入るのに手こずった。ガタガタと引っかかった音を出しながら扉をスライドさせると甘い芳香剤の香りと笑い声が押し寄せてくる。

 教室を見渡すと彼ら彼女らは群れに分かれていた。俺は手前の群れを掻き分けて自分の所属するグループに近づく。

 

 よぉ

 

 元気よくその集団に話しかけた。その中にはこのクラスのリーダーとも呼べる亜君がいる。

 

 うぃす

 

 亜君が口火を切って周りのやつらもオウオウと返事していく

 

 でさぁ

 

 俺はもどりつつある彼らの話題に入っていく。どうやらサッカーの話らしい。亜はサッカー部で今はキャプテンを背負っている。

 俺もサッカーをする。あまり得意ではないけど。彼らと遊ぶのは好きだから。

 

 おい来たぞ

 

 ハハまだ言ってんのお前

 

 くすくすと彼らは笑う。数分彼らに耳を傾けていた後、どうやら話題が変わっていた。またついていくべく、彼らの視線の先を追う。するとそこにはクラスメイトの江がいた。江はすぐに席にカバンを置いた後、教室から出ていった。

 

 あぁほら亜がまたいうから

 

 なんだよ俺なんか言ったか?ハハ

 

 亜は大げさに手のひらを上にして肩をすくめた。

 江は簡単に言うとクラスから浮いている。誰とも話さないし何か魅力的な特徴もない。中学二年の頃は結構いじめられていたらしく、不登校になりかけたとかなんとか。

 

 そういやなんでお前図書委員に立候補したんだよ。江さんが相方だろ?

 

 亜はニヤニヤしながら俺に聞いた。そう、俺は江がすでに席を取っていた図書委員に入った。

 

 あ、相方!やめてあげろよハハかわいそうだろ!そ、それにさん付けってお前!

 

 あ、あぁうん。いやなんでだったかな。なんか空いてた枠だったからなような気もする

 

 あぁ?本当かぁ?本当は江が好きとかじゃねぇのぉ?ハハ

 

 ち、ちげえよ!

 

 一同は笑う。俺も笑う。

 ひとしきり笑った後彼らは沈黙を作った。

 

 あ、そうだ聞いてよ。今日がその図書委員の活動日なんだよな。最悪だよマジで

 

 お前マジか!かわいそうに……よしよし

 

 亜は少し大きな声で慰めて俺の頭をなでた。

 

 あ、そういやさ

 

 話はサッカーに戻った。

 

 

 チャイムが校内に響き渡る。いつもならなぜか疲れをどっと感じるこの音だが、今日はなんだか心地よい。

 

 亜が俺のところに来る。腕と腰にボールをはさみながら。

 

 サッカーするべ

 

 いやいやこいつ図書委員だって

 

 隣にいた亜グループの一員は言った。

 

 あぁそうだったそうだった。じゃあ委員終わった後こいよ

 

 あぁその図書委員って最終下校の時間まで居残らないとだめなんだよな。本当めんどくさいけど

  

 えぇマジ

 

 亜は一瞬眉を細めたが、まぁしょうがないかと言って教室から出ていった。

 俺はほっと胸をなでおろす。

 なんで?

 俺は自分の行動に驚いて手をポケットに突っ込んだ。

 

 別館にある図書室へと向かう。本が好きというわけではない。本当に彼女に好意を抱いているわけでもない。委員会なんて、やらないといけないからやっているだけだ。しかし嫌いではなかった。

 俺は図書室の、利用人数があまりにも少ないにも関わらず改修工事で前衛的なデザインになった扉に力を入れた。扉はかなり軽く、音もなく開いた。俺は入り口そばに設けられたカウンターを見る。カウンターの上にはパソコンやおすすめ本があるが使用された記憶はない。そしてカウンター内にはやはり江がいた。

 江は俺に気付き、こちらを一瞬見たが、すぐさま手に持っていた本に顔を戻した。手に隠れてよく見えないが、おそらく料理の本だろうか。ハンバーグのイラストがちらっと顔を覗いていた。

 …意味のない

 いくら個性がないからと言って、本から入っていても何も解決はしない。彼ら彼女らに対抗するにはもっと直感的に動かないとだめなんだ。知識じゃダメなんだ。

 俺はカウンター横に設置されている簡易的な扉を押して内側に入る。中には教室にも使われている定番の椅子が二つあり、空いている手前側の椅子に座った。俺は軽く会釈したが、横を見ていなかったので返答されたかはわからなかった。ふぅとわざとらしい溜息を吐いた後、自習室としても使われている図書室全体を見渡す。やはり誰かいる気配はなかった。本が好きなわけでもないので誰もがこうやって図書室を利用しないことに対して悲しみを抱きはしないが、こうも閑散としているとなんだか情が湧く。

 放課後一時間半ほど。図書委員は本の貸し返しをしたい生徒のためにこうやって一か月に二回ほど拘束される。先に言った通り利用人数がかなり少ないのであまり役立ったことはない。しかし必ず委員会に入らないといけないわが中学校において、それは入るのに十分な魅力だった。運動会に駆り出される体育委員や朝に校門に立って挨拶をする生活委員や、定期的に学校周辺の掃除をする美化委員よりも。それに暇というとなんだか悪い印象を抱くがなぜかこれが心地よく感じたのだ。

 

 ……どうして放課後の委員会なんてうざったらしいものに心地よさを感じるんだ。あいつらとサッカーすることが好きなんじゃないのか?なんであいつらから離れることができると分かった時、ほっとしたんだ?

 

 静かな図書室にはペラペラとページをめくる音がよく聞こえる。

 うっとうしい

 俺はゆっくりと首を横に回す。カウンターの上には本が何冊か積み重なっていた。誰もいないので貸し返し用の本ではないのはすぐにわかる。江のだ。背表紙がいくつかこちらを向いており、そのすべてが料理本であることに気づいた。

 

 なぁ

 

 俺は話しかける。自分でもなんで話しかけたのかわからなかった。

 彼女はぴたりとページをめくるのをやめ、いつもよりも目を大きくして俺に顔を向けた。

 

 ……はい

 

 彼女は右手の人差し指を先ほどまで読んでいただろうページに差し込んでいた。

 

 ……俺さ。ぶっちゃけ疲れてんだよね。人間関係に。

 

 何言ってんだ。俺はどうかしてしまったのか。

 

 ……そうなんですか

 

 彼女は今にも消えそうな声で答えた。それはここが図書館だから、だけというわけでもないのだろう。

 俺は止まらない。

 

 あいつ知ってるだろ。亜。面倒くさいんだよな。正直。何でもできるからって俺にさ、アピールしてさ。比べてんだよ。そんで優越感に浸ってるんだよ

 

 彼女は黙って聞く。いい子ぶりやがって。お前には関係のない贅沢な話だろ。なぁ

 

 ほかにもさ、趣味とかなんだか文化人気取りのやつとかさ。うっとうしいんだよね。

 

 ……

 

 江さんはどう思う?

 

 彼女は一度視線を落としたかと思うと、黒目を四の一ほど回転させまた俺の顔を見た。

 

 ……そういう風には考えたことはなかったです

 

 彼女はまた視線を落とした。

 だろうな。お前には感じることのない高尚な世界なんだ。友達のいない、何も取り柄のないお前には全く分からないだろうな。

 俺は小さい溜息をもらす。

 

 そうだよね。ごめん。急に

 

 俺は前を向く。自分で聞いておいて実は何も期待していなかったことに気付く。

 しかしその瞬間あろうことか彼女は口を開けた。

 

 でもそこまで悩むことじゃないと思います

 

 え?

 

 彼女の眼は相変わらず俺の首元を向いていたが、動きはしなかった。

 なんだ。なんでこいつは喋ってんだ。俺は何も求めていない。

 しかし彼女は続ける。

 

 得意なことができたり、楽しいことができるのは幸せなことだと思うんです

 

 そ、そうだな

 

 俺はぎこちなく答えた。考えてもいないことが起きて半分頭が追い付いていない。

 彼女もそれに気づいてかすぐに言い直した。

 

 その、私が言いたいのは、幸せは「良い」、じゃなくて幸せは「運」ということで……

 

 彼女はまた目を泳がす。

 俺はだんだんと思考を取り戻していく。

 それがどうしたというのだ。こいつは俺に説教をしたいのか?

 

 だから、その……趣味や得意なことを見つけるのって難しくて…その上みんなに受けいれられるような事を自分が好きになれるというのは運だと思うんです

 

 は、はぁ…

 

 今度は俺を貫くような目線でまっすぐこちらを見てきてた。

 

 えぇと。そのつまり……自分に何も取り柄がなくたって咎めることじゃないと思います

 

 は?な、何言ってんの

 

 え、あ。ごめんなさい…

 

 俺は内から舞い上がる熱を感じた。

 こいつは、こいつは俺が何も取り柄がない人間だといいたいのか。いや俺が言いたいのはそこじゃない。俺が言いたいのは——

 

 で、でも本当のことだと思います。だ、だから。そ、そのもし…それで人間関係が怖くなっても迷わず逃げて良いと思います…

 

 彼女の声は震えていた。

 

 じゃあなんだよ無視すりゃいいってのかよあいつらを

 

 い、一旦話し合ってみてはいかがでしょうか……そ、それでも難しいなら距離を置けば良いと思います。だ、誰もそのことを責めはしないと思いますし、もし蔑む人がいたとしても悪いのはあなたじゃなくてその人―――

 

 ば、馬鹿じゃねぇの。そ、そんな生き方じゃあ舐められるじゃないか!もっと……もっと自分らしさをさ!ださねぇといけねぇんだよ。そんで嫌でもあいつらと付き合わないとけないんだよ!みんなとやっていくには。生きていくには。それがたとえ嘘の気持ちだったとしても!

 

 俺は勢いよくカウンターの扉を開けて出た。図書室の閉めたはずの扉は開けられており、あっ、と一瞬思ったがすぐに先ほどの熱さを取り戻した。

 

 俺は、俺は、間違っていない。間違っていないから俺は亜たちと喋れる。間違っているから江はクラスで浮いている。そうだ。俺はあいつみたいにはなりたくなんてない。人からいじめられ無視される、そんな人生。いやに決まっている。俺は、俺は……

 嫌われたくないからあいつらとつるんでいる。

 俺はだんだんと足を遅くする

 そう。あいつらと喋るのは嫌われたくないから……じゃあつるみたくてつるんでいないのか俺は……?いや。そんなことはない!

 あいつらは話が面白くて、サッカーが出来て、優しくて、賢くて、クラスでは人気者で……でも人を悪く言う。あいつらは……人を蔑む……

 足はいつの間にか止まっていた。校舎すら出ていない。

 俺は人を見下したくない。いじめなんてしたくない。江はちゃんと話し合えって言ってたけどあいつらはそれで解決できるほど出来た人間じゃない。

 俺は振り返る。ちょうど最終下校のチャイムが鳴った。

 だけどそれは俺もだ……

 俺には何もない。特技も趣味も。でもみんなと対等になりたくて、俺という人間を認めてもらいたくて。俺の周りにはそんな願望で作った個性ばかり。そしてそのメッキをはがされるのが怖くて上塗りしていく。いずれ俺自身もその行為に気づかないようにしていった。

 あいつは……江は、それを……いや。たぶん彼女はそこまで考えていないだろう。俺を浅はかな人間だと見抜いてここぞとばかりに説教をした、そういうわけでもないだろう。彼女はただ……俺の相談に乗ってくれただけなんだ……

 俺は図書室のある別館の入り口に目を向けた。すると二人の影が見えた。一人は江だ。

 

 正直になろう

 

 俺は重い、だけど確かにしっかりとした足取りで前へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 いやぁ昨日楽器屋いったけどさ。やっぱギター難しいわ。高いし。指……いや手が届かないし

 

 加はため息交じりにそう言った。

 

 そういや時代劇ハマってたんだよな。どうなの。なんかおすすめある

 

 ……俺は最近―――いや、今考えてみればそんなに興味なかったかも

 

 あっそう。ちなみに俺はギターはやめてドラムなんてどうかなって思ってき始めたんだよねぇ。だってさ裏方というか縁の下の力持ちというか―――――

 

 いやお前どうせすぐ飽きるだろ

 

 そうかもなぁ

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