第4話
花村伊織が目覚めたのは、次の日の昼だった。
丁度日曜だったので、学校云々はどうにかなったが、年頃の娘が夜中に家を抜け出したまま半日行方不明という事実は、どうしたって親が心配するに決まっている。
故に、翌日の早朝、つまりは俺が花村に襲われそうになってから六時間後には、国から説明係が彼女の家に派遣されたのだ。
「……そう。ごめんなさいね。それとありがとう」
目が覚めて、意識の途切れた後の話を聞いた花村は、なんともバツの悪そうな顔でそう口にした。
『伯爵の秘密』の飢餓による暴走状態は、意識が完全に途切れる訳ではない。まるで夢の中で行動する自分を見ているような、半覚醒状態であり、半俯瞰状態であるという。よって、詳細を精密にではないしろ、自分が何をしてどうなったのかのぼんやりとした記憶は残る。
「本当にUPO、なのね、私。あんな風になるなんて……」
花村は儚く消え入りそうな表情で、宙を見つめた。
研究所のベッドの上で上半身だけ起こしている彼女は、真っ白な肌も相まって、まるで病弱な深窓の令嬢のように綺麗だった。
「どうなっちゃうんだろう……」
「薬で抑えて、ある程度は意図的にコントロールすれば問題なく日常を過ごせる。色々不便なことはあると思うけど、慣れれば大丈夫だと思う」
「大丈夫、なのかな」
「干渉型や寄生型UPOを抱えて生きる人は、案外いるんだ。もちろん、絶対数が少ないから、普通の病気みたいな人数には程遠いけど、世界に数例っていうレベルの人がUPOの種類ごとにいる感じ。その人達も、研究を続けながら、なんとか症状を抑えて共存している」
その大前提が『未知』である以上、UPO保持者はトライ&エラーを繰り返して、最善策を模索するしかない。
「怖いわね。自分が自分でコントロールできなくなるって。しかも、あの時私は……」
「深く考えない方がいいし、思い出さない方がいい。実際、色々とセーフだった訳だったんだから」
好きでもないクラスメイトの男子に襲い掛かろうとした記憶など、男子からの告白を悉く断っているどころか、あまり人と関わらないタイプの彼女からしてみたら、許しがたいものだろう。
「それよりも、君の家族の方が心配だ」
「私の家族?」
もともと憂いている花村の表情が、さらに不安なものに変わる。
「ああ、ごめん、違うんだ。別に君の家族にUPOの脅威があるとかそういうんじゃなくて……UPO対する認識、偏見っていうのかな。そういう話。一応、専門の人が、すでに花村の家に向かって、君のことを説明しているはずだけど、それが少し心配でね」
「どういう、こと?」
怖がらせたり、驚かせるつもりなんて毛頭ない。
ただ、これに関してはある種の覚悟というか心構えが必要なのだ。
UPOは、とにかく他人からの理解が得られない。
超常のものは、大抵の人間にとって受け入れがたいものであり、それが実の家族であっても、それを容認できないケースは多い。
「昨日の花村のように、最初は信じられなかったり、疑ったりするのは当然だけど、それを信じた後はまた別の問題が起こることが多いんだ」
「別の問題……」
花村は鸚鵡返しにして、その後で小さく頷いた。
「この奇妙な状態に対して、受け入れらえないという可能性ね」
さすが、察しがいい。
「もちろん、受け入れて協力してくれる親御さんもいるけど、恐れてしまう人もいるからね。『未確認』のものは、それだけ恐ろしいってことだよ」
「もし……もし、そうなった場合は、私はどうなるの?」
「研究所が用意した施設で生活することになる、かな。そのまま学校にも通えるし、ある程度の生活も保障されるから、そのあたりは大丈夫なんだけど……」
「家族とは、離れて暮らすことになるわね」
「そういうこと」
もう高校生だが、まだ高校生だ。
ある日突然、望んでもいないのに独り暮らしをするなど、容易なことではない。
花村は、大きな目を寂しげに伏せてうつむく。
「まぁ、実際どう判断するかは分からないからね。ただ、最悪の可能性を考えておいた方が、心構えができているから、ショックを受けにくいっていうだけの話だよ」
「鷹司君、あなたは……」
花村は、ふと俺を見てそう言ったが、途中で言葉をやめてしまった。
「さて、そろそろ、ここを出よう。一先ず、家に帰って、家族と話し合わなくちゃいけない。ああ、薬も処方されるから、薬剤部に寄っていこう。案内するよ」
俺はそう促す。
花村は、「うん」とだけ答えて、ベッドから出た――。
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