第2話

深夜でも、繁華街だとこうも人がいるものなのか、と改めて思い知る。

 普段は、よほどのことがない限りこんな時間に出歩いたりはしないので、深夜のファミレスの客入りなんてものは想像したこともなかった。

「……そろそろ説明してくれるかしら?」

 ドリンクバーを取りに行って、一息ついたところで、花村はそう言った。

 すでにいつも通りの彼女であり、つまりは私服(ちょっとゴスロリ)姿の超絶的な美少女、と二人きりで深夜のファミレスにいるだけの話ではあるのだが、それはそれで落ち着かな過ぎる状態には変わりがなかったりする。

 噂によると、花村とツーショットで出かけられるのは、異性はもちろん、同性でもごく限られた人間だけだとか。

「ええと、何から話せばいいかな。説得力が出る話から話すのと、端的に君が陥っている状態を話すの、どっちがいい?」

 迷った挙句、俺はそう切り出した。

 花村はその綺麗な瞳を少しだけ細めて、俺を見た。

 ゆっくりと首を傾げ、眉を顰める。

「……端的にお願いできる?」

 そっちか。

 まぁ、そうだよな。

「あの、因みにこれは、俺が経験則で出した結論であって、研究所の研究員が出したものではない、ということを念頭に置いてくれ。だから、見誤っていることもあるから、正式な見解はしっかりと調べて貰わないとわからない。そこは、了承して聞いてくれ」

 俺はそう前置いて、静かに息を吸った。

「花村伊織。君はおそらく、UPO―0012『伯爵の秘密』に干渉、もしくは浸食されている、UPO保持者だ」

「…………」

 沈黙。

 彼女は何も答えず、答えるどころか、反応すらせずにじっと俺を見たまま微動だにしない。

 そしてそのまま、十五秒が流れる。

 綺麗な瞳をパチパチとさせながら、時間が止まったかのような気まずい静寂。

「……はぁ……」

 小さくも大きくもない、何かを押し込めるような花村のため息で、沈黙はようやく破られた。

「なにが……なんですって?」

「だから、君はUPO―0012『伯爵の秘密』に……」

「待って待って、それは聞こえているの。聞き取れなかった訳じゃなくて、私が聞きたいのは、そのUPO―00……なんだっけ? で、その、『伯爵の秘密』っていうのが、なんなのかってことよ」

 だろうな。聞きたいのはそこだよな。わかっている。ただ、俺も別に意地悪でこういう言い方をしている訳じゃない。

 俺が話そうとしていることは、普通の人間にはあまりにも怪しすぎて、突拍子もなさ過ぎて、どの角度から、どの方向性から話しても、信じて貰えない確率九割九分を軽く超えてくる超絶バカみたいな話の為、なるべく俺に対して、そして俺の話すことに対しての懐疑心を抱かせずに、純粋に興味だけを持って貰える様にと試行錯誤している真っ最中なのだ。

 だからこその、この説明の仕方なのだ。

彼女から『知りたい』と思ってもらうよう仕向けるのが一番の方法で、少なくとも、話の意味不明さから、次を知りたいと思ってもらえる。

「症状は、通常の空腹とは別の喉が枯渇するような飢餓感。日光へのアレルギー発症。何もしていないのに睡眠時間、いや、睡眠『期間』か……それが夜から朝、昼に逆転し、五感が鋭敏になる。そして、主に夜に現れる特性として、肉体の変化。瞳の色の変化、毛髪の色の変化、犬歯の異常発達。これらの肉体変化は、吸血衝動と連動していて、精神的な落ち着きによってある程度はコントロールが可能……」

 俺はツラツラと、まるでカンペでも見てるかのように語る。

 とりわけ、これはこの症状……いや、『現象』に関しては詳しかった。

 何しろ、この現象にみまわれた人物は、俺の周りでは彼女で二人目だったからだ。

「なんで、それを? 鷹司君……あなた、本当にこの状態のことを知ってるっていうの?」

 俺は頷き、

「俗的な呼び方だと『吸血鬼』や、『ドラキュラ』『ヴァンパイアウイルス』なんて言われるけど、俺たちはそれらの呼び方はしない。UPO―0012『伯爵の秘密』に干渉された人間は、吸血鬼の特徴を有してはいるけど、ニンニクや十字架、聖水はなんの効果もない。血だけを飲む訳じゃないし、伝説上の吸血鬼のように不老でもなければ、死んでもいない。相違点も案外に多いのが特徴だ」

 言い終えると、やはり彼女は何も答えず、さっきと同じように俺を見つめた。

 今度の沈黙は、いくらか短かった。

「嘘や冗談では、ないのよね?」

「え?」

「私の陥っている状態を、何らかの方法で知って、それを利用して担ぎ上げているわけではないのよね?」

 強気で淀みのない態度。だが、彼女の唇は、ほんの僅かに、震えていた。

「誓ってそんなんじゃない。ただ……ソレを知っている人間として、何か力になれるんじゃないかって、思ったんだ」

 今日遭遇してから、三度目の沈黙。

 やっぱり彼女の表情からは、何かを迷っているような戸惑いと葛藤が見て取れた。

 それでも、今度の沈黙もやっぱり短めで、五秒ほどで彼女は俺から視線を外して、唇を噛んだ。

「……やっぱり、放っておいて。あなたは、何も見なかった。そういうことにして、全部忘れて」

 そう言って、席を立つ。伝票を手に取って、颯爽と歩き出した。

「待って!」

 俺はそれを呼び止める。

「君のそれは、悪化する可能性が高い。今は抑えられてても、日を追うごとに、いや、下手をすれば、時間単位で、『衝動』が強くなっていく。君の中に沸き立つ衝動が、何を求めているのかは、君が一番よくわかっているはずだ。そして多分だけど、花村の性格上、それは望まないことでもあるし、容認できることでもない。違うか?」

 何とか彼女に信用してほしくて、俺は必死に繋ぎ止める。

 関わらないことには、どうにもできない。そして、差し伸べた手を取ってもらうには、最低限の信頼が必要なのだ。信頼の価値と難易度は、正直計り知れないし、コントロールできることでもない。俺に出来るのは、ただ純粋に誠実に、少なくとも自分が害をなす存在ではないことを知ってもらうほかない。

「君のそれを、なんとかできる人を知ってる。いや、研究中だから、断言はできないんだけど、それでも、そのまま放っておくよりは、遥かに良いと思うんだ」

 彼女は立ち止まり、振り返った。

「……本当になんとか、できるの?」

「俺がじゃない。だけど、俺の知人は、その専門家だ。だから、なにかしらの対策はできる。俺は……」

 その後の言葉を、すぐに口にすることは躊躇われた。

 本当のことを言ってしまえば、きっとまた警戒されてしまうからだ。

 それくらいには信じがたく、怪しすぎる肩書を、俺は持っているのだ。

「俺は、君のような現象に遭遇した人を、何とかするための研究所に所属する人間なんだ」

 出来る限り怪しまれないような単語で、なんとなく伝わるように言った。

 彼女はさらにいぶかしげな表情で俺を見たが、再び席へと座り直してくれた。

「あなた、本当に何者なの? 研究所って……なに? それじゃあ私をマークしてたってこと?」

「そうじゃないけど。でも、ここ二週間くらいは、気にはしていた。三日間学校を休んでから、どうも様子がおかしかったから」

「よく見てるわね。日頃から見られていたと思うと、少し気味が悪いけど」

 それだけ目立つ容姿を持っているのだから仕方ない、という意見は捨て置く。というか、彼女を見ている男子生徒は滅茶苦茶いると思うが

「違うよ。職業病みたいなものでね、違和感に敏感になっているんだと思う。俺たちが日常でふと感じる違和感、怪しさっていうのは、案外当たっているものなんだよ」

 俺が言うと花村は、また一口コーヒーを飲んで、大きく深呼吸をした。

「職業病って……あなたのそれ、職業なの? 働いているの? あ、いや、『それ』がなんなのか、さっぱり分からないんだけど」

 彼女は引き続き怪訝そうな表情をして、彼女が言う。

「ああ、あの、全部説明すると、結構面倒くさいというか、胡散臭いというか。時間がかかるなんだけど……今説明した方がいい?」

「今しないとなると、いつするのよ?」

 そう聞かれて、確かにな、と思う。まったくもって気は進まないし、説明したらしたで、怪しまれる可能性しかないけど、ここは誠実に、真摯に説明する他なさそうだ。

 とは言え、何をどう切り出すのが最善なのか、さっぱりわからないのだが。なんて、ことを言っていても仕方ないので、なるべく丁寧に誠実さが伝わるように言うことを心がける。

「花村は、『UPO』を知っているか?」

 それを聞いた花村は、少しの間黙って俺を見ていたが、やや首を傾げて眉を顰めた。

「UPO? さっきも言っていたわね? UPOって……」

 宙を見つめ、記憶を手繰るようにふと考えて、何かを思いついたように視線が戻る。

「まさか、あの『UPO研究所』の?」

 俺はそれに頷いた。

 それは中高生から大学生を中心に『そっち系』に興味のある人間の間で広まるメジャーな話題。あらゆるオカルトから、ほんの少しだけ現実に寄り添う、比較的2・5次元寄りの形而上学。それが、UPO及び、UPO研究所だ。

……まぁ、端的にいうと、ちょっと流行った都市伝説だな。

「あんな胡散臭い都市伝説がなんだというの?」

 何度も重ねられた怪訝そうな表情を、さらに上塗りして花村が言う。

 そうだよな。その認識は概ね正しいし、それが普通だ。

「もし、それが都市伝説じゃなかったとしたら?」

「え?」

「実在するとしたら?」

 俺は花村の目を見据えてそう言った。

この話をする時、いつも俺はこの感覚を味わう。歯切れが悪く、どこか後ろめたく、何をどう説明してもしっくりこない。そして、それがそのまんま、話す相手も感じるということが、手に取るようにわかるのだ。

 自分が怪しいことを言っている自覚はある。

 俺も相手の立場だったら、こんな話をするのは、完全に頭のイカれた奴か、相当イタイ中二病患者だと思うだろう。

 だが、それでも、俺は説明を続けなくてはいけない。

「真実は『無数の嘘』の中に、その『無数の嘘』と酷似した形でまぎれているものだ。なぜならそれが一番、『本当の事』を浮き彫りにさせにくいから」

「ちょっと待ってよ。それはいくら何でもおかしいわ。あんな典型的で圧倒的なオカルトの派生が実在するなんて、ありえない」

 彼女は焦りと驚き、そしてほんの少しの怒りを抱きながら、そう言う。

「私も、中学の頃、一時期ハマっていたからわかるけど、『STP』とか『GGG』とか『UPO』とか、あれらはよくできた作り物。大人やそれなりに賢い人達が本気で作ったエンターテインメント。お遊びでしょう?」

 なるほど。花村も、そっちが好きだったクチか。しかもフィクションとして常識的に楽しんでいたタイプだ。

 ならば、尚更信じられないだろうな。

 俺は満を持して……という訳ではないが、心して説明を始める。ここから先は、ある意味事務的な説明で、情報量も多くて何よりこれまで以上に胡散臭い。

「UPO研究所は2008に作成されたとする架空オカルトサイト『STP財団』から始まる架空のオカルト組織ブームの一つで、所謂二番煎じ、三番煎じの架空の組織だ。始まりとなった『STP財団』とその次の『GGGセンター』は完全な創作だ。だけど、『UPO』だけは違う。UPOに関わった人間だけが知ることを許され、また余儀なくされる超常を研究する機関。それが『UPO研究所』だ」

 嘘は一つもない。全て事実で、全て真実。

 俺は肌身離さず持っている特殊なカードケースから、IDカードを取り出して見せる。

「これが俺の入所許可証であり、IDカードだ。名前もちゃんと書いてあるだろう?」

「『UPO研究所、対UPO特別隊員B級、鷹司武光』……」

 彼女はカードに記載されている情報を小声でつぶやくように読み上げる。

 このIDカードにはかなり高度な技術が使用されていて、カードの一部で静脈認証を行い、それが適正と判断された場合のみ、証明内容が浮かび上がるというものだ。つまり、僕がスキャナー部分を触っていないとちょっとおしゃれな何も書かれていないプラスチックカードになる。そのあたりの仕組みを、実演しながら説明すると、彼女はそれをマジマジと見つめて、小さく感心したように頷いた。

「まぁ、これらを全部、君を騙す為に巧妙に作ったものだといわれてしまえば、そこまでだけどね。でも、俺にはここまでして君を騙すメリットがない」

 これが、俺に出来る精一杯誠実な説明だ。

「『UPO』……『Unidentified Paranormal object』。つまりは『未確認超常物体』の略、か……」

 ふっと、目から力が抜けて、花村はそう告げた。

「正直まだ半信半疑だけど、一先ず信じたことにするわ。そもそも、私の身に起きていること自体、半信半疑もいい所だもの」

「今はそれで十分だ。で、出来ればこれから、研究所に来て欲しい。さっきも言ったように君のその現象、今はまだコントロール出来てるみたいだけど、いつ暴走するかも分からない。現に、花村はその強い衝動に突き動かされて、こんな時間にあんな所にいたんだろう?」

 彼女は答えなかった。

 多分、自分の置かれている状態、UPO―0012に遭遇、浸食されている現実を思い返したのだろう。

「……わかったわ。あなたの言う通りにしてみる」

 花村は渋々といった感じで、そう言った。

「一応緊急事態扱いだから、車を手配するよ」

「研究所から迎いが来るってこと?」

「これでも、UPO研究所は国が支援してるからね。それなりに資金は潤沢なんだよ」

 俺が特別回線から連絡して、ものの十五分でファミレス前に黒塗りのワゴンが到着する。

「うわぁ、滅茶苦茶怪しいんだけど……」

「それはいつも、俺も感じてる」

「万が一、あなたが悪い仲間とあのワゴンで私を連れ去って……って可能性も捨てきった訳ではないけど……でも乗るわ。一応あなたを信じることにしたし、鷹司君はどう見ても善人、だものね」

人は見かけによらない、っていう真理は、今に限っては言うべきじゃないか。穏便に研究所まで行けそうなところを、わざわざ荒立てる必要はない。

「信じて貰えたことに感謝するよ。何しろ、そうしないと何も始まらないからね」

 俺たちは車に乗って、研究所へと向かった。


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